どろぼう★猫の二次創作『くもの糸(前編)』


 
昔、カンダタという男が居た。子供のころから努力が嫌いでわがままな性格、腕っぷしが強く変に頭の回るところもあり、子分として慕う者の二、三人もない訳ではなかったが、逆にそれが災いしたのか、彼はいつしか盗賊の親玉になっていた。わがままで馬鹿な人間が権力を持つと、決してまともな事はしないというこの不幸な原理が、山賊の場合にもあてはまり、カンダタは強姦を筆頭に殺人、恐喝、詐欺、放火、無銭飲食、無賃乗車、裏切り、いじめ、所かまわぬ脱糞と、心の赴くままにありとある悪道をし倒した。そしてある日、村の不具者から強引にむしり取ったあんころ餅をむしゃぶり食っている時、その餅が喉に詰まりあっけなく死んだのである。
 
死んだカンダタの魂は、四十九日を待たずして、実のところたったの二日で、地獄へと招き寄せられた。そこは噂通りの非道い場所で、死ねない魂を何度も何度も殺し、それはそうすることで極悪非道の魂から少しでもまっさらな何かを搾り出そうとする、閻魔大魔王さまの極大なる慈悲心の発露なのだった。ところが、障害者をいじめた結果としての死はもちろんのこと、血の池、炎暑、極寒、刃物、針山、いかなる魂=身体の苦しみをもってしてもカンダタの歪んだ心に後悔の二文字は浮かばず、それどころか地獄の管理者たちを欺こうと、少しは涼しげな顔をして見せる始末。ところが、仙界の蓮池から千里眼で遥か十億光年真下の地獄を定点観測しておられた大日如来様は、このカンダタの様子にむしろ興味を覚えられ、果たしてこのカンダタのような者でも、生前に何一つ他者の為になることをしなかったなどという事があるだろうかと思案なすった。するとすぐに、大日如来の眼前に一つの画像が浮かんで来て、それがご存じの通り、生前カンダタが一匹のくもを助けてやったことがあるという逸話だったという次第。
 
 大日如来様は、仙界の桃の木の陰で巣を編んでいた件のくもをお呼びになり、「くもや、お前にカンダタを助ける気持ちはおありかい?」とお尋ねになった。くもが答えるに、「ありますとも。あのお方は実に親切な方で、日々のお仕事で疲れてもおられたろうに、わざわざわたしが巣を編む切り株を避けて、もう一つ向こうの切り株にまで足をお運びになったのですよ」大日如来様はこの答えを聞いてにっこり微笑まれた。
 
 くもが蓮池の蓮の葉にまたがり、十億光年下の地獄に向かって銀色の糸を垂らすと、その糸に向かい大日如来様はなにやら呪い(まじない)の言葉を唱えられた。すると糸はするするするにわかに勢いづき、地獄の底にねそべって変わらずうわごとのようなことを呟いていたカンダタの目の前まで一気に下りて行った。
 
そのカンダタの心は、どうだったであろうか。本物の地獄は心の中にしかないという意味で、彼の心はまさに地獄であった。『持たざる者として産まれた事で、おれが悪かったというのか?ありあまる富、産まれながらの才能や知能や美貌。誰はばかることもなく、こうしたものを使い倒して無責任に死んでいった連中こそがおしなべてこのおれに対する罪がある!!なのになぜ、なんの為に、このおれが地獄で苦しまなきゃならん?!殺人?おれが殺さずとも、あいつはいつか死んだはずさ。強盗だ、破壊だ?ものは無常だってことをお説きなすったのは、どこのどなたでしたっけねえ。差別?おれは正直なだけである。このおれに、何をどう反省しろというのか。それを言うあんたは、完璧な存在だとでもいうおつもりかい?!』
 
 あたかもカンダタの血を吐くような問いへのお応えででもあるかのように、一本の銀色に輝くくもの糸がついさっき彼の前に下りて来て、ゆうらゆうら揺れてる。(糸・・・)無意識のうちに彼は上を見上げ、この糸が視界も及ばぬほどの高みから降ろされていることを知った。(これは・・・)こころみに糸を引っ張ってみると、思いのほか強い。もう一度ひっぱる、今度はもっと強く。そしてもう一度。(いける!!)ふいにカンダタの顔が輝いた。彼は素早く辺りをうかがうと、ぱっと糸に飛びつき、するするするっと猿のような俊敏さでたちまち糸を登っていった。


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