新年のご挨拶
新年明けまして、おめでとうございます。 にょびたです。 2024年が始まりました。
2024年は十二支でいえば辰年ですが、十干十二支(じっかんじゅうに し)でいえば甲辰(きのえたつ)になります。
自分の干支が何なのか、子供の頃から両親や周りからよく言われるので、十二支はとても馴染み 深いものですが、十干は占いが好きな人以外には、あまり馴染みがないものですよね。
十干をWikipediaで検索してみると、次のような説明がされていました。
つまり、十干は甲から始まり、癸で終わる10個の要素があり、今年が甲なら、来年は乙という具 合に十二支と同じように、その年々に当てられるものということです。
そして、この十干は十二支と組み合わされて、今年は甲辰の年ということになるのです。
ちなみに、高校野球や阪神タイガースのホームグラウンドで有名な、甲子園は甲子(きのえね) の年に建てられたことから名付けられたそうです。
また、十干と十二支を組み合わせた十干十二支は六十干支(ろくじっかんし)とも呼ばれ、これ は60年で一巡し暦が元に戻ることから、60歳を迎えることを還暦というのです。
では、甲辰の今年はどのような年になると言われているのか?ネットで調べて見ました。
ネット印刷のラクスルのホームページでは、
とありますし、 朝日新聞デジタルでは、
「常識を超えた力が働き、新たにまいた種が大きく美しく成長して花開く1年に」
という見出しの記事がありました。
このことから、「今まで我慢していたものが実を結び、力強く勢いがつく」という感じの年にな りそうですね。
前回の甲辰の年である1964年には何があったかというと、東京オリンピックが開催され、シャー プが世界初の電卓を発売したりと、日本にとって社会が変化し、勢いのつく出来事があった年の ようです。
2024年は日本にとって、良い方向に大きく勢いのつく年にしたいですね。
お正月といえば何をイメージしますか?
お正月といえば「凧上げ」「お節料理」「門松」など、人によって様々なイメージがあると思い ますが、私は初詣をイメージします。
私は人混みが苦手なので、毎年初詣は正月を避けて行くか、 近所の小さな神社に行くことにしています。 初詣に神社やお寺に行くと、お参りのついでにお守りやお札を縁起物として購入するという人も 多いと思います。
そのお守りやお札には、大抵の場合、文字が書かれています。
もちろん、神社やお寺のお守りやお札は、神主や僧侶が祈祷したもので、お守りやお札自身にも 神仏の力が込められていると思っているのですが、文字自体にも力があると思います。
なぜなら、文字は言葉であり言葉には力があるからです。
日本では古来より言葉には言霊が宿っていると考えられており、神社では祝詞を奏上します。ま た、仏教においても、言葉や文字には力があると考えられていることから、真言や陀羅尼やお経 を声に出して読み上げたり、写経したりするのです。
ちなみに、私が持っている不動明王のお守りには日本語ではなく、いわゆる梵字と呼ばれる文字 でおそらく不動明王真言が書かれています。
梵字は古代インドで使われていたサンスクリット語の文字であり、現代のインド人が観光で日本 のお寺に来た時に、その梵字を見てインドでは失われた文字である梵字が、遠く離れた日本に 残っていることにビックリされるそうです。
このように、お守りや護符などのお札には、「魔除け」や「○○祈願」のように文字による分類 がされているだけでなく、文字による言葉の力によっても、そのご利益や功徳が発揮されるのです。
現代に残る魔法
祝詞やお経は、大昔から現代に伝わる魔法の呪文の様なものですが、その力は現代の日本語にも あると思います。
現代の日本語というのは、祝詞やお経のような奇跡的で、摩訶不思議な効果を持つものではあり ませんが、現代の日本人は皆、日本語の読み書きができるので、日本語という言葉を使って多く の人に影響を与えることができます。
すなわち、言葉一つで人を励ますこともできますが、逆に言葉一つで人を傷つけることもできる ぐらい、他人に影響を与えることができます。
そういった観点から、我々が使っている現代日本語も「現代に残る魔法」だと思うのです。
還著於本人(げんじゃくおほんにん)
次は現代人が忘れがちな法則を与えてくれるお経の一文をご紹介しましょう。
観音経というお経の中に、「呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人」という一文が あります。
その意味は、「呪いをかけられても、観音様に念じれば、呪った本人にその呪いが跳ね返りますよ。」ということで、そこから「還著於本人(げんじゃくおほんにん)」は、
「本人の身に帰り着くこと。他にさし向けたものが逆に自分に帰ってくること。」 (コトバンクより引用)
という意味になります。
観音経の中では、「悪いことを他人に向ければ、悪いことが本人に帰ってくる」という部分だけ が書かれていますが、あるお坊さんによると、逆に「良いことを他人に向ければ、良いことが返ってくる」というのも成り立つそうです。
要するに「因果応報」や「情けは人の為ならず」や「返報性の法則」と同じような事を意味しているのです。
現代の日本人はもちろん、世界の人々もこのことを知っておくべきですし、もっと意識されるべ きことだと思います。
なぜなら、現代は嘘や悪意や憎悪に満ちた世界に見えるからです。そのことについて、もう少し詳 しく見ていくことにしましょう。
嘘だらけの現代
AI(人工知能)やSNSなどが登場し、私たちを取り巻く環境は、日々進化し便利になっていきま すが、その反面、ネット上ではフェイクニュースが溢れかえり、人々を騙そうとする人が多く現れ ています。
また、SNSでは誹謗中傷や他人への侮辱行為が横行しており、それによって自ら命を絶ってしま う事件が起きるほどです。
さらに、人類の進化を考えれば不安に感じるニュースや恐怖を煽るニュースには、人は敏感に反応 するので、そのような悪意に満ちたニュースや投稿が特に目立つということもありますが、ネット人口がスマホの登場で爆発的に増えた今では、その様な悪意のある情報の絶対数も確実に増えて いるのではないかと思います。
このような不安や恐怖を煽るニュースは、人は敏感に反応するがゆえに、テレビなら視聴率、 Youtubeなら再生回数が取れます。取れるので、テレビなどのメディアはこぞって不安や恐怖を煽 るニュースを発信しているのです。
そのため、この様な不安や恐怖を煽るニュースを意識的に見ない様にすることが、現代人には必 要なのではないかと思います。
なぜなら、その様な不安や恐怖を煽るニュースに触れるたび、自分 でも知らぬ間に心がすり減っていくからです。
必要最低限の情報を見て知っておくことは必要ですが、不安や恐怖を煽るニュースは繰り返し流れ てくるので、必要以上には見ないようにしないといけないと思います。
どのような想いで言葉を発するのかが大切
今までは情報を受け取る側からの視点で話を進めてきましたが、ここからは情報を発信する側か らの視点で話を進めていこうと思います。
情報を発信する時に、最も大切なものは何だと思いますか?
読者を惹きつけるヘッドコピーや記事の見出し
心を動かすコピーライティング
AIDMAやQUESTや三幕構成などの型
などが思い浮かんでくるでしょうか。
しかし、私はこれらは違うと思います。なぜなら、これらは全て「テクニック」だからです。
もちろん、私はこれらの「テクニック」が要らないと言っているわけではありません。「テクニック」を適切に使わなければ、読者に興味を持ってもらえないですし、文章を読んでもらえないのも事実です。
ですが、この様な「テクニック」ばかりを重要視しても、あるものが抜け落ちていると空回りす るだけです。
その「あるもの」とは・・・
「なぜ文章を書くのか?」
ということです。
また、
「なぜ、その情報を発信するのか?」
ということでもあります。
すなわち、「どのような理由で情報を発信したいのか?」という、あなたの内側から湧いてくる 根本的な理由を今一度、自問自答して明確にしてもらいたいと思います。
そこには、あなたの「考 え方」だけでなく、「想い」や「情熱」といったものが反映されているはずです。その「想い」 や「情熱」に悪意がないものにしていただきたいのです。
なんとなく書いた文章から、傷つく人がいたとすると、先ほどご紹介した「還著於本人」や「因 果応報」という観点から見れば、あなたに必ずその報いが返ってきます。
一見、良いことをしていると思っていたり、そのように見えていても、結果的に誰かを傷つけた り、困らせたりすることを「偽善」と言いますが、現代はこの「偽善」がひどく横行しているように思います。「偽善」は本人が自ら気づくことは難しいですし、何が「善」で何が「偽善」か ということも非常に難しい問題です。
例えば、
昔、駅前で募金活動をしているのをよく見かけましたが、その中に事件としてニュースになった団 体があります。何をしたかというと、その団体の代表がその善意であるはずの募金を、どこにも 寄付することなく自分のものにして私腹を肥やしていたのです。
厳しい見方かもしれませんが、その募金活動に参加していた人も、善意で募金した人も、その団 体代表の私腹を肥やす手伝いをしていたことになります。すなわち、知らぬこととはいえ、良い ことと思ってやった行動が、悪いことに繋がっていたため、結局は「偽善」になったわけです。
この様に、知らず知らずのうちに「偽善」を働いてしまっていることや、いつの間にか詐欺の片棒 を担がされていたといったようなことは、往々にしてあるので本当に気をつけなければいけない と思います。
特に、ネットで知らず知らずのうちに他人に迷惑をかける様な情報を発信すると、見たり読んだりする人数が多いので、そこから返ってきてしまう報いも大きくなります。
しかし逆に言えば、本当に良いことや、人を励ましたり勇気付けたりする言葉や情報をネットで 発信すれば、あなたには大きく良いことが返ってくるということです。
だからこそ、あなたが発する情報が「悪」や「偽善」でないことを意識することが、現代のネッ ト社会ではとても重要だと思いますし、その情報を発する前にどの様な「想い」を持っているか が非常に大切になるのです。
人の役に立つ
日本ではよく「他人に迷惑をかけてはいけない」と言われます。かく言う私も、両親からその様 に言われながら育ちましたし、それ自体は間違っていないと思います。
ただ、「生きていれば必ず他人に迷惑なんてかけるものですし、それはお互い様だ」というのも 真実だと思います。だからこそ、積極的に「人の役に立つ」という意識を持つことが、必要なの ではないでしょうか。
その様な「想い」で皆が暮らしていれば、そこはある意味「浄土」だと思います。
仏教において「浄土」と「穢土(えど)」という言葉・概念があります。もしかしたら、NHK大 河ドラマの「どうする家康」でも登場した、徳川軍の旗印にも「厭離穢土欣求浄土(おんりえどごんぐじょうど)」と書かれていたのは有名な話なので、「浄土」だけでなく、「穢土」も知っ ている人もいるかもしれせんね。
阿弥陀如来の西方「極楽浄土」はとても有名ですが、この「浄土」は「清らかな世界」という意 味で本来は「仏の世界」のことです。逆に「穢土」というのは「穢れた不浄な世界」という意味で、我々が生きている煩悩やエゴにまみれた「この世」を表します。
先ほどの徳川家康の「厭離穢土欣求浄土」では、家康は「浄土」は戦乱のない「平和な世」で、「穢土」は家康が生きた戦国時代である「戦乱の世」と定義していた様です。
では、「浄土」と「穢土」を生み出す違いは何でしょうか?
「心地観経」というお経によると、「心清浄なるが故に世界清浄なり、心雑穢(ぞうえ)なるが 故に世界雑穢なり」と書かれているそうで、それはつまり、心清らかな人が住んでいる場所が「浄土」になり、心が汚れた人が住んでいる場所が「穢土」となるということです。
よって「浄土」と「穢土」との違いは、その場所に住んでいる人々の、心によって生まれるのです。
以前、旧ツイッターのXで、「日本は世界で最後の浄土」であるとポストしている外国の方がいま した。
「日本は世界で最後の浄土」とまで言ってくれていますが、先ほどの話を踏まえると、「日本に住んでいる我々日本人は、清らかな心を持っている」ということになります。
しかし私は、外国と日本とでは相対的に日本人の倫理観や価値観がマシ、という程度の話だと思 います。それは、日本でもネット上の誹謗中傷や侮辱行為を見ていると、「日本人の心が清ら か」とは到底思えないからです。
特に旧TwitterのXは、本名でなくとも利用できるので匿名性の高いSNSです。
そのため、積極的 に他人に対して誹謗中傷している人もいますし、「自分が誰かバレないからいいや」ということで、他人に悪意を向ける人も多くなる様です。
なので、特にネット社会は今や「穢土」というべき状態になっていると感じています。
全てはバランス
私が大切にしていることの一つに、「バランス」があります。
元々、何かやり出したら徹底的にやらないと気が済まない質の人間なのですが、それが原因で健康を害してしまい、やりたいこともできなくなった経験があります。noteで自己紹介として書い た「初めまして元研究員コピーライターの、にょびたです。」の中でもご紹介したように、うつ病になったのです。
その経験から、私は何事も「バランス」を重視するようになりました。
例えば、私がうつ病になった原因の一つは、仕事による「過労」がありましたが、今ではバランスをとるために「休息」の方を意識するようにしています。
この様な「バランス」を重視する考え方というのは、古来より日本にはありました。それが、安 倍晴明で有名な陰陽道の中にある「陰陽思想」です。
「陰陽思想」とは、この世の全てのものが「陰陽」の二つの要素から成っており、そのバランス が大事だという考え方です。この考え方は、「善」と「悪」のような二元論的な考え方ではなく、 「光」があるから「影」が生まれるといった、二つの要素は表裏一体のものという概念です。
その為、「善」と「悪」の様な二元論的考えでは、「悪」を排除すれば「善」しか残らないとい う考えとは違い、「光」があれば必ず「影」が生まれ存在するので、その二つのバランスが何よりも大切なのです。
このように、「バランス」が大切という観点から見れば、実社会も同じですが、特にネット社会ではバランスが崩れているのではないでしょうか。
そして、そのバランスをとる為に必要だと思うのが、我々のような情報を積極的に発信する者 が、他人を励ましたり、勇気づけたり、楽しませたりと、人の役に立つ情報を発信することが必 要だと思います。その様な、「想い」を忘れずに情報発信することが、「穢土」を「浄土」へ近 づけ、バランスを整えることができる唯一の方法ではないかと思います。
また、人間一人ができることには限界があり、影響力も小さいですが、この様な「想い」を持つ 人間が一人、また一人と増えていけば、少しずつではあっても必ず良い方向に変化していくことができると思います。
身近にできる事から始める
次に私たちが自分が住んでいる環境を良くするために、今すぐにでもできる事をご紹介します。 「想い」を持っていても実践しなければ、何も変化はしません。その為、身近にできる事から始 めることが大切になるので、ぜひ実践してみてください。
「ありがとう」を伝える
感謝の気持ちを言葉で伝えることは、恥ずかしさや、照れや、プライドを無くせば、誰でもすぐに 無料でできることですよね。
私が特にやっている場面は、スタバだったり、コンビニだったり、バスに乗った時などに従業員 の方に、「ありがとう」と言うようにしています。その時に、相手の目を見て、笑顔で「ありがと う」と言えば、お店のスタッフの方も気持ちよく仕事ができるのではないかと思います。
対価としてお金を払うのに、なぜやるの?
と思う人もいるかも知れませんが、そのお店のスタッフが働かなければ、商品は購入できないで すし、その裏には商品を作ったり、商品を運んだりと多くの人が仕事をしてくれたおかげで、お金 を払うだけで、欲しい商品が私たちの手に入るのですから、それに対して感謝することは自然な ことだと思います。
毎日笑顔でニコニコ暮らす
お布施といえば、「お金を寄付する」というイメージがあると思います。しかし、仏教では和顔施というお布施の方法があります。これは簡単に言えば、「毎日笑顔でニコニコ暮らす」というものです。
笑顔は人の心を和ませます。
科学的にみても、笑顔の人と一緒にいると、自分も笑顔になるので脳内では「エンドルフィン」 という物質が産生されます。
このエンドルフィンは、麻薬のモルヒネの数倍の鎮痛効果があることがわかっており、ランナーズ ハイの原因物質と考えられています。そして、エンドルフィンは鎮痛作用だけでなく、幸福感や気 分を高揚させる効果もあることが知られているのです。
その為、自分が笑顔で日常生活を暮らして、他人と接するだけで相手も多少なりともエンドルフィンの効果により、気分が良くなるのです。
さらに、ニコニコ笑顔で暮らせば、相手にエンドルフィンを分泌させると言いましたが、もちろん 笑顔でいる自分が一番エンドルフィンが分泌されるので、笑顔でいる時間が長ければ長いほど、幸福感を味わうことができるというわけです。
自分の気持ちをコントロールできるのは、自分だけです。どうしてもイライラする事があって、気持ちをコントロールできないのであれば、「瞑想」や「サウナ」や「運動」など、あなたに合ったコントロール法を探して、いつでも笑顔でいられるようにしたいものです。
○○という魔法の言葉
都市伝説系のYoutubeチャンネルのコヤッキースタジオの過去動画を見ていたら、芸人であり、手相占いで有名な島田秀平さんとのコラボ回がありました。
1年程前の動画ですが、島田秀平さんが「呪いの言葉、魔法の言葉」と言うテーマで話をされていました。
その中で紹介された「魔法の言葉」とは・・・
「大丈夫!」
の一言だそうです。
人は他人の話を聞いたり、相談を受けている時というのは、ついアドバイスをしたくなりますし、多くの人がしてしまいますよね。しかし、その良かれと思って言ったアドバイスによって、アドバイスを受けた本人のパフォーマンスが下がってしまうことがあるとのことです。
動画の中の例で言えば、 母親から「あなたは『おっちょこちょい』だから、気をつけなさい』と言われて育ってきた人というのは、「おっちょこちょい」という言葉に引っ張られて、無意識に「おっちょこちょい」な行動をしてしまうという、アメリカの研究結果があるそうです。
その為、ごちゃごちゃとアドバイスするよりも、「大丈夫!」という一言で単に背中を押してあげた方が良いとのことです。
これは、私も実際に経験があります。
うつ病で実家に帰ってきた時に、「この先、病気が治るのだろうか?」「仕事ができるようになるのだろうか?」「将来はどうなるのだろうか?」と、とても不安で不安で仕方がなかった時、
中学校時代の友達にその話をすると、その都度
「大丈夫」
と言ってくれました。
言われた私からすると、落ち着いたトーンで力強く「大丈夫」と言われると、不安な気持ちが全 くなくなるわけではありませんが幾分マシになったのと、何だかとっても嬉しかったのを覚えています。
今から考えれば、これが「言葉の力」なんだなと思います。
特に、根拠があるのでもなく、めちゃくちゃ励まされたのでもないのですが、その「大丈夫」と いう一言で、当時の私は本当に助けられました。
だから、何か不安を口にしている人に対しては、この「大丈夫」という言葉を積極的にかけていこうと思っています。
最後に
お正月ということで、仏教や神道の話題に触れてみました。
ここ数年、新型コロナウィルスの流行や、戦争や、大企業の不正・政治不信など、混沌とした世 の中になりつつあります。一方で、ネット社会も嘘や誹謗中傷が横行している状態です。
このような混沌とした世の中に、良い方向に変化をもたらす第一歩として私は「人の役に立つことを、一人一人がやっていく」という意識が非常に大切だと思います。
コピーライティングやセールスライティングを勉強し、実践すれば、商品やサービスは売れやすくなりますし、売り上げは上がります。それは別の観点から見れば、「言葉の力」によって他人に影響を与えたということでもあります。
つまり、それは「自分の伝えたいことが他人に伝わる」という他人に対する影響力が大きくなるということです。私は、その影響力を少しでもネット社会、そして実社会を良い方向に変化させるために使いたいと思うのです。
ただ、私一人の影響力など、たかが知れています。しかし、「自分の取り巻く環境を少しでも良くしたい」という「想い」を持った人が、一人、また一人と増えていけば、今の悪い方向にバランスが崩れた日本社会に、変化を生じさせバランスが取れた社会にすることができるのではないでしょうか。
そして日本、さらには世界が少しでも浄土に近づくことが出来ると私は信じています。
「千里の道も一歩から」
「継続は力なり」
だと思うので、コツコツとやっていくことにしましょう。
今年も「言いたい事を的確に伝える」をテーマに、コピーライティングを中心とした情報発信して いきます。そのスキルを使って、ぜひ人の役に立つ情報発信をしていただければと思います。
2024年があなたにとって良い年になりますよう、お祈り申し上げます。
2024年 元日
にょびた
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