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オバハン矯正日記9 猫足

4回目。保険適用。

歯型の3Dスキャンと説明、
そしてついに来た支払い予定日。

先日おだてられながら撮った写真とレントゲン、
そして歯形を見ながらの治療方針説明日である。

オバハン歯科医と正対して説明を受ける。

明らかに広すぎる教授風の大きなデスクで、
私の歯形を持って
ふんぞりかえるオバハン歯科医。

「そちらにおかけください」
と示された椅子は
何故か猫足。
よく見ると教授机の後ろの椅子も
ナポレオン風の猫足椅子だ。
猫足のインテリアに憧れるお年頃なのか。

さては好きな映画は
プリティ・ウーマンか、いや、
セックス・アンド・ザ・シティかも。

ジュリア・ロバーツに憧れて
泡風呂入っちゃったことがあるか、
ニューヨークで紙袋ぶら下げて歩いた、
または歩きたい
(治安的に危ない)に違いない。

などと
腰を下ろす1秒ほどの間に
妄想が駆け巡る。

レントゲンと歯型を見ながらも
足を組むオバハンが気になる。
憧れは誰なんだ。

ガタガタ歯並び模型を見ながら猫足がチラチラ。
全く集中できない。

「お伝えしたとおり、4本抜くことになると思います。
あと親知らず」
抜く歯の模型にペンで×印をしていくオバハン歯科医。

苦楽を共にしてきた歯に×されるのは切ない。

どうにか今後の治療方針を聞き終え、
処置椅子に移動。

いつになく真面目な顔をした
オバハン衛生士がやってきて
3枚にも及ぶ契約書を2人で読み込む。
時刻は昼下がり、いい感じに眠気が来る時間帯だ。
いかん、これはちゃんと読まねば。

「何か不安なこと、ありますか?」
はっ!
我に返る。
意識が飛ぶところだった。
いや一瞬飛んでいた。

不安も何も、全部が不安だ。
でも後戻りはできない。

署名を3箇所。ついに契約締結である。
とにかく1日でも早く終わらせるのだ。

署名するや否や、
猫足デスクから歯科医がやってきて
「歯の隙間をあけるゴムを入れます」
と言う。

惣菜パックにかかっているような
青い(にしか見えない)ゴムを
歯の隙間に引っ掛けていくオバハン衛生士。

「あら、ちょっと手強いですね」
独り言か、相手が必要か?
微妙な音量で呟く。

結局ゴムが入る隙間がなかったらしい。

再びオバハン歯科医がやってきて
「ちょっとゴムが切れちゃうので
昔ながらの方法で行きますね」

昭和の歯、恐るべし。
本当にガタガタなのか?

オバハン歯科医が取り出したのは針金のような物体。
「これ、しんちゅうです」
「昔は全部これだったんで大丈夫ですよ」

真鍮!!
久々に聞いた単語である。
銅と亜鉛の合金。
なぜか配合が頭に浮かぶ。
歯の隙間に5円玉を挟まれているイメージが浮かび
挟む前から痛い。
黒ずんだりしないのだろうか。

しかし特に痛みもないまま鏡を渡され
「こんな感じで挟まってます」

あれ?全然痛くない。
なんなんだこのフィット感。

次にオバハン衛生士が
バーコードリーダーのようなものを
取り出し、
「これで型をとりますので」
と言う。
「あ、痛くないですよ!」
流石に見ればわかる。

口内をこねくり回されると、
モニターにはみるみる
3Dの模型データが出来上がる。
便利な時代になったもんだ。
過去は知らんけど。

処置が終わると
いよいよミケタ万円の支払いである。

一括払いでコワゴワカードを切る。

きっとカード会社から問い合わせが…

全然来なかった。

信用されすぎである。
もうちょっと心配してほしい。
私に迷いを与えないためだろうか。

いつものコーヒーをセルフで味わっていると。
「今日はたくさん作業も大きなお支払いも
ありましたから、ゆっくりリラックスして帰ってくださいね」
とオバハン衛生士が声をかけてくる。

濃縮された1日だったが、その分時間を食い、
残念ながらもう時間がない。

急ぎ足の帰り道。
意を決して
かかりつけの歯医者に電話をする。

「矯正することにしたんで、抜いて欲しい歯があるんです」
頭の中で繰り返しながらコール音を聞く。

「本日の営業時間は終了しました」

……休診だった。

勢いでなんとかしようとした勇気が萎んでいく。
やっぱり抜くのやめられないかな……。

続く

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