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それは神の“応援”だったのか
真っ白なシャツに黒いインクが一滴、ポトリと落ちた。
小さな小さなそのシミは、少しずつ少しずつ広がっていった。
インクの濃度を、誰にも気づかれないほどの淡さに変えながら、静かに、ゆっくりとしたスピードで――。
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白かったはずのシャツが、人知れず淡いグレーに染められ始めていたことを知らされたのは、あまりにも突然のことだった。
彼が受けた衝撃の大きさは、想像するにあまりある。
心血を注いで闘い続けた6年間の努力の結晶は、すべてどす黒いインクに化けていた。
「彼が自分で決めたことは、野球の神様が応援してくれる」
恩師の言葉を、この時ほど実感した瞬間はない。
所属球団の移籍は、彼を取り巻く環境を一変させた。
FAがなければ、薄墨色に変わり始めていたシャツは、さらに速く、色濃く染まり、気づくことなく袖を通したままの彼を、深い闇へ飲み込んでしまっていたかもしれない。
2滴目のインクが落とされそうになる寸でのところで、野球の神様が、彼を守ってくれたのだと信じている。
選手生命を終える日まで、そばで見守るだ?
依存症だ?
謝罪だ?
吐き気がする。
共に渡米したのは、実は彼の依頼ではなく、相手からの申し出だったと明かされた話に驚いたが、それなど些細なことだった。
知りたくもなかった山ほどある事実が、私たちにまで届けられるたび、これらを知らされねばならなかった彼の心中を思う時、切なさや悲しさ、苦しみ、同情などという言葉では、とうてい覆い切れないやりきれなさと、無力感に包まれた。
私たちが日々見てきた相手は、信じてきた相手は、なんだったんだろう。
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捜査が終わり、疑いもしなかった通り、彼の潔白は確かなものとなった。
しかし、いつの日にか、野球界のレジェンドと呼ばれる日が来ても、口の端に上る事件として、どこまでも彼の足跡の一つとしてつきまとうのだろう。
野球の神様は、それも計算の上なのか。
それもまた、彼がとことん強くなるための試練として与えたものなのか。
清も濁も飲み込んでこそ、真のスーパースターだというのだろうか。
まぶしいほどの白さが誇らしかったシャツを、染めてしまった薄墨色のシミは、とことん淡くすることはできても、完全に消し去ることはできない。
荒療治など、いらなかったのに。 (終)
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苦しい、やるせない、辛い、悲しい、怒り、むなしさ、切なさ、恐怖、どんな言葉を持ってしても言い表せない。現実的なことを書き残すことさえ汚らわしく、かといって胸の奥にたまったどす黒い想いを、このまま一人で抱えていられませんでした。
気持ちを切り替え、なんとか前を向いて進もうとする彼の姿に、こちらが励まされる日々。私たちにできることは、ワールドシリーズ制覇を果たすための活躍を祈り、応援することだけ。
私自身の気持ちの区切りとして、書き残しておきたかった一文。
感情のまま書き散らした拙文に、お付き合いくださった方、ありがとうございました。
改めて、野球の神様に尋ねたい。
本当に必要な試練だったのですか?
それでもやっぱり、感謝します。
彼を守ってくださって、ありがとう。