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おばあちゃんのホットケーキ
思い出と食べ物は、相性がいい。ただの記憶さえ、ほっこり温めて供してくれる。
1月3日。今年も妹一家と一緒に、新年をにぎやかに迎えることができた。
母の仏壇を前にした大テーブルにオードブルやお寿司をひろげ、甥っ子たちの近況報告を聞きながら、のんびりとした時間が過ぎていく。
「ホットケーキ、もう食べられへんなあ」
遅めに始まった昼食の宴でやっと空腹が満たされたのか、好きなマグロのお寿司にもそろそろ飽きたのだろう、甥っ子の一人、高校生の弟がつぶやいた。
2人の甥っ子は、幼い頃から我が家に来ると、決まって母……彼らには祖母だが……に、「ホットケーキを焼いて!」とねだっていたらしい。
彼らの、お気に入りのおやつだったのだ。
「おばあちゃんのホットケーキ、フワッと分厚くておいしかったよな」と、もう一人の甥っ子、大学生の兄も懐かしそうに笑う。
「自分で焼いても、あんなにふくらまへんねん」
190センチ近い長身をかがめながら、フライパンに広げたホットケーキと格闘している大学生の姿を想像するだけで、思わず顔がほころんだ。
それにしても、母がホットケーキを焼くのが得意だったなんて、知らなかった。
彼らの“思い出”のホットケーキを、口にしたこともなかったことに、ちょっと寂しさも感じながら、そう言えば……と思い出した。
母と一緒にホットケーキを焼いたなあ。あれはまだ、私が小学校に入学する前ぐらいだったろうか。
♬耳たぶくらいのやわらかさ〜
当時、流れていたコマーシャルソング。。
ホットケーキ用の粉を卵と牛乳で溶くのだが、耳たぶのやわらかさを目安にすれば、おいしくきれいに焼けるよというレシピのような歌だ。
「耳たぶのやわらかさってどれくらい?」
「誰の耳たぶ?」
二人で歌いながらお互いの耳を触り合っては、もっと牛乳を入れよう、粉が足りないかも…と、時には粉で顔が白くなるほどはしゃぎながら、一緒に焼いたこともあったっけ。
「一生懸命、同じように焼こうとするのに、どうしてもぺちゃんこになるのよね」と、思い出話に参戦してきた妹の声に、現実に引き戻された。
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おばあちゃんのホットケーキ。
子や孫たちに思い出してもらえる味を残せた母は、しあわせだ。果たして私は、息子が思い出してくれる何かを残せているだろうか。
「ハンバーグは、レンジでチンする食べ物」なんて、彼が保育園の頃には本気で思われていたくらいだ(冷凍食品に助けられていたからなあ)。
食べ物は楽しい思い出を残す、最大にして最強のツールであることは間違いないと、改めて感じた一日だった。
次の日、試しにホットケーキを焼いてみた。
ボウルに移したホットケーキミックスに卵を割り入れ、袋に書かれた分量の牛乳を、軽量カップで計ってそっと流し込む。
泡立て器でゆっくり混ぜながら「耳たぶくらいのやわらかさ……」と口ずさんでみた。
「誰の耳たぶ?」
あの日の、幼い私が笑っている。
ゆっくりと持ち上げた左手が、行き場を無くして戸惑っていた。
確かめたい母の耳たぶは、もうそこに無い。 (終)
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