執着の反対語は無頓着?
人が生きにくくなる原因として、自分の考え方に執着してしまうことが、
一つとして挙げられる。
「この考え方が正しい」と思って執着したり、一つの物事に執着してしまうと、当然のことながら、視野が狭くなってしまう。
視野が狭くなってしまうと、スコトーマ(盲点・見えてないところ)ができてしまう。スコトーマできると、ふとした拍子に、落とし穴に落ちちゃうこともある。
そういった状況から脱するために、執着しないようにした方がいい。
しかし、「執着しないようにしよう」とすると、ますます執着してしまうのが人の性。
否定形のことばは、なかなか入りずらいもので、執着という言葉が残ってしまいがちだ。
ではでは、執着という言葉の反対語は何なのか、ググってみた。すると
執着⇔断念となる。
断念では、なんとなく『残念』な感覚があり、負けた感すらある。では、執着から抜け出すためのキーワードとしてなにがあるのか・・・
『無頓着』はどうだろうか。言葉の響きもユーモアがある。こだわらない感覚があって、わたしの中では、非常にしっくりくるのだけれど・・・
しかし、無頓着と気付いていないは、別物であってほしく、気づいているけど執着しない感覚が、大事なのかもと思う。
そんな感覚を得るためには、抽象度を上げる必要性があるのだろうなと、思うのだ。抽象度を上げて包括する視点でものを見る。
自分が執着しちゃってるな、って感じたら、無頓着を心がけてみるって、
いかがでしょうか?