ライト・ブリンガー 蒼光 第五部 序章

序章 「動き出す世界」

 VANが表舞台に宣言と共に現れてから、一週間が経ち、月が変わった。
 世界各国は協議の結果、国連軍を前面に押し出しての徹底抗戦の構えを見せる。能力者によって生じたテロに対する報復だ。もっとも、名目上は「能力者のテロに屈服しない」というものではあったが。
 ダスクはVANの本部に戻ってきていた。
 一週間ほど前の、ヒカルとアキラの戦いの後、VANでは案の定セルファの離脱が問題となった。
 セルファに秘められた力は、VANの能力者全員を欺くことができる。それ故に、ダスクが追及されることはなかった。ただ、母であるセイナはセルファの離反を知った時にショックを受けたように見えた。一瞬ではあるが、常に無表情で冷静な彼女の顔に驚きの色が浮かんだのを、ダスクは確かに見た。
 母であるセイナにも、セルファが受け継いだアグニアの力の存在を見抜けなかったらしい。
 アグニアの推測によって、初めてセルファが空間干渉能力以外の力を持つことを知った。アグニアを最強たらしめている、力の一部がセルファに受け継がれている可能性がある。
 誰も気付くことができなかったという理屈付けだけはできたが、何故セルファがVANを離反したか、という議論になると誰もが明確な意見を出すことができない。
 彼女の本音を聞くことができたのはダスクとリゼぐらいだった。セルファが両親と話している姿すら、見た者はゼロに等しい。
 そのダスクは、口を開かずに会議を黙って聞いていた。
 彼女がどんな想いでヒカルの下へ向かう決意をしたのかは、ダスクにもはっきりとは理解できない。ただ、彼女の心の成長は素直に喜びたかった。
「……とりあえず、今後の対応に話を戻そう」
 会議の進行役が皆を鎮めた。
「最も憂慮すべきは、各地に広がったROVと、ヒカルのグループだ」
 いつの間にか世界各地にROVという組織が飛び火している。個人ではなく集団という形態を取り、VANによる攻撃を凌ぎきった者たちは少なくない。ROVの発祥は日本だが、トップメンバーであるジンたちが動いたという情報はない。いや、実は情報がないだけで既に動いている可能性はある。情報伝達役の能力者さえも殺されていたとしたら、情報は入らない。
 そして、ヒカルのグループもROVのトップと同じレベルの危険度に達していた。
 主戦力であり、爆発的な攻撃力を振るい、今まで全ての敵を退けてきたカソウ・ヒカル。メンバーの中で参謀的な役割となりながら、高い応用性を持った力でヒカルを支えるヤザキ・シュウ。VANとROVに情報を流していたため、組織に精通し、情報収集に長けたオボロ・セイイチ。元VANの第二特殊特務部隊にいたシェルリア・ローエンベルガ。稀有な治癒能力を持ち、シュウを支えるナカイ・ユキ。そして、アグニアとセイナの娘であるセルファ・セルグニス。
 基本、この六人だけのグループではあるがシュウはユキの父親であった陸上自衛隊中部方面総監リョウイチの部下であった能力者たちと繋がりができた。
 ROVのトップメンバーの四人に並ぶ脅威だ。
「各国の軍も動き始めている」
 まだVAN本部の位置は特定されていないため、軍による直接攻撃はない。あったとしても、能力者たちを突破することはできないだろう。たとえ、爆撃や弾道ミサイルなどを使ったとしても。
 ただ、世界はVANを認めなかった。その事実だけで十分だ。
 VANは世界の全てを敵に回したとしても、止まることはない。能力者たちの国を創るために確実に歩みを進めていくだけだ。
「今回の割り振りについてだが……」
 各方面へ派遣される部隊が提案され、意見が交わされていく。
「希望を言うが、いいか?」
 一人の青年の言葉に、部屋の中が静まり返る。
 刃のように鋭い、切れ長の青い双眸に、長い黒髪の青年だった。貫くような視線に、誰もが彼の言葉を待つ。この場の中ではアグニアに次いで発言力のある人物だ。
 第零特殊突撃部隊長、シェイド・キャリヴァルス。それが彼の名前だった。
「ヒカルを、俺に任せてもらえるか?」
 皆が異論を唱えなかった。
 彼ならば、ヒカルを抹殺する可能性は最も高いだろう。攻撃能力に特化した閃光型の能力者であるシェイドは、凄まじく強い。ダスクも一度手合わせをしたことがあったが、結果は完敗であった。
「……私も、参加していいかしら?」
 シェイドに続いて、一人の女性が名乗りを挙げる。
 セミロングの黒髪に、茶色の瞳の日本人女性だ。第一突撃部隊の長を務める立場にある、閃光型の能力者だ。
「部隊二つは多過ぎる。逆に邪魔だ」
 シェイドが言い放った。第一突撃部隊は人数が多い。対多数での殲滅力は高い部隊としてVANの中では知られているが、シェイドの部隊と共同作戦を展開するとなると、今回は人数がネックになりそうだ。ヒカルたちの戦闘能力は高い。多数をぶつけるよりは戦闘能力がずば抜けて高い人材を少数精鋭でぶつける方が良い。
「安心して、参加するのは私だけよ」
 部下には違う任務を伝え、隊長である彼女だけがシェイドと共に動くと言うのだ。
「近親者、だからか?」
「油断させられるでしょ?」
 シェイドの問いに、女性は口元に笑みを浮かべてみせる。
「他に意見は?」
 進行役の言葉に誰も異論を挿む者はいなかった。
 ダスクは一人、溜め息をついた。ヒカルたちは、今回の相手を凌げるだろうか。できれば、自分の手で決着をつけたい。だが、シェイドたちの方がダスクよりも確実ではある。納得させられる反論はなかった。
(辛いのは、ここからだぞ……ヒカル)
 ダスクは心の中でヒカルとセルファの身を案じていた。なるようにしかならないと知りながら。


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