ライト・ブリンガー 蒼光 第三部 第六章

第六章 「決意、始まりの時」

 孝二は能力者の事を知っている。
 光はそれに驚きを隠せなかった。
「叔父さん、何で――!」
「――知ってるのよ、孝二君は」
 光の言葉を遮ったのは克美だった。
「孝二君は能力者の存在も、VANの存在も知っているわ」
 克美が口元に笑みを浮かべる。
「何で、叔父さんが……!」
 光は孝二に視線を向ける。
「話そう、全部……」
 孝二がサイクリングロードから河原へと斜面を下りてくる。
 香織も晃も驚きつつも、孝二に続いて河原に下りてきた。
「二人の両親、光一兄さんと涼子義姉さんは能力者だったんだ」
 その言葉は衝撃的だった。晃も同様に感じた事だろう。
 光一と涼子が能力者だというのは初耳であり、予想もしていなかった。

 光一が能力者として覚醒したのは十六歳の時だった。当時はまだ出来たばかりのVANの人間に勧誘もされたようだ。だが、光一はVANへ行く事を躊躇った。家族と離れ、今まで過ごしてきた世界で暮らす事を手放したくなかったのだ。
 力の存在を、光一は隠し通す事に決めた。理由は光と同じ、周囲を巻き込みたくないというものだ。
 光一はVANと戦った。
 そして、一年後、光一が十七歳になったある日、戦いの中で白瀬涼子という少女と出会う。
 涼子もまた、能力者として覚醒し、VANを避けた者の一人だった。
 光一は涼子と共に戦うようになった。同じ目的と秘密を持つ者として。
 だが、当時のVANは今ほど能力者がおらず、全体的な人数が少なかった。だからこそ、今では組織を隠匿するために却下されている作戦もいくつか行っていたようだ。
 まずは涼子の両親が事故に見せかけて殺された。VANの仕業だと涼子だけに判るような証拠を残して。涼子が悲しみに沈んだその数日後、光一の家族がVANの襲撃にあった。
 人気のない場所で襲われ、不意打ちにより光一の両親は死亡、光一がどうにか守れたのは孝二だけだった。
 深い悲しみを共有し、光一と涼子は小さなアパートで同棲を始めた。当時、VANと戦えるのは二人だけだった。戦う事のできなかった孝二は、親戚に預けられて生きていく事となった。襲撃の直後、病院で目を覚ました孝二に光一は全てを話したと言う。
 能力者や具現力の存在、VANという組織の事と、これからの事、全てを話し合った。
 孝二は事件のショックでその部分の記憶が飛んだのだと口裏を合わせ、VANに狙われぬよう親戚の下で暮らす事になる。
 そして、光一は涼子と同棲、多くの時間を共に過ごしVANへいつでも対抗できる生活をするようになった。
 それから二年後、光一が十九歳の時に晃が生まれた。一年後には光が生まれ、光一と涼子は一軒家を購入して家庭を築いた。
 光一と涼子はそれからも戦い続けてきたらしい。光や晃に危害が及ばぬように、ずっと。
 光が八歳の時、つまり今から七年前、光一と涼子はある決心をした。
 それは、VANの本部を訪れ、組織を崩壊させるというものだった。光や晃を守るために、VANを壊滅させる事を決意したのだ。
 事情を知る孝二に光と晃を預け、光一と涼子は旅立った。

「僕が知っているのは、ここまでだ」
 そう言って、孝二は息を吐いた。
 光一と涼子が光と晃を守るために戦い、VANを壊滅させようとしていた。光は呆然と、その言葉を聞いていた。
 ――なら、光一と涼子の死は……。
「その先は、私が教えてあげるわ」
 浮かんだ疑問を掻き消すように、克美が口を開いた。

 襲い掛かるVANの構成員から本部の場所を聞き出し、光一と涼子はその場所へと真っ直ぐに向かった。
 出来たばかりの本部に、光一と涼子は真正面から挑んだ。防衛のために呼び戻された部隊長を息の合ったコンビネーションで次々と打ち倒し、二人は遂にVANの設立者である能力者と向かい合った。
 アグニア・ディアローゼ。
 VAN最強の能力者を相手に、光一と涼子は苦戦を強いられる。だが、追い詰められていったのはアグニアの方だった。
 アグニアを救ったのは、彼の親友でもあり腹心でもあった能力者ゼルフィード・ヴォルズィーグだった。光一と涼子はアグニアを抹殺したと思い、帰途につく。
 そして、ゼルフィードは帰りの飛行機の中で能力を発動する。
 飛行機が墜落する寸前、ゼルフィードは光一と涼子を不意打ちで抹殺し、部下の能力で脱出を果たした。
 以来、光一と涼子の子供であり、力を受け継いだと思われる光と晃はVANにマークされる事になる。覚醒するまで実際に手を出さなかったのは、組織内の思惑があったためだ。
 一枚岩ではなく、複数の者達が集まって作られた組織の中では長であるアグニアの発言力は最も高い。だが、彼は組織内の声を聞いて状況を判断する事が多く、光や晃を狙うのは実際に能力者だと判明してからという意見を推奨していた。
 能力の特性から、組織への被害も大きくなると考えていたのかもしれない。

「VANの中では、ちょっとした伝説ね」
 克美はそう言って話を纏めた。
「ゼルフィード……」
 修が小さく呟いた。それが光の両親を殺した人物だ。
 光には全てが遠く感じられた。
 五感が遠ざかるような感覚がある。ただ、背中がいやに熱を持っているように感じた。恐怖か、怒りか、驚愕か、様々な感情が渦巻き、光の中で整理が付かなくなっている。
「そろそろ追い付いて来たからしら……」
 克美の言葉に、その場の全員を囲むようにVANの構成員が着地した。
「これで逃げ場は無いわ。抵抗すれば、孝二君達も死ぬわよ?」
 克美が薄い笑みを浮かべた。
「……お前、結婚相手も殺すのかよ」
 光は怒りに顔を歪めて言い放った。
「私が孝二君に話を持ちかけたのは、あなたへの心理作戦よ。孝二君はVANの存在をしっていると踏んだから、私が一言『私はVANの人間だ』って教えれば何もできないわ」
 克美の言葉に、光は孝二に視線を向けた。
 結婚してくれと孝二に告げる前に、克美が耳打ちしたのは自分の身分だったのだ。VANの人間だと知れば、逆らえば光や晃を攻撃するかもしれないと孝二は察しが付くのだ。かつて、自分を含めて両親を襲い、涼子の家族までをも奪った存在なのだから。
「じゃあ……、結婚て……」
 香織の声は震えていた。
「孝二君には不本意だったかもね。私はまんざらでもなかったんだけど」
 克美は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「そっか……じゃあ、何も問題なかったんだな……」
 光は薄く笑みを浮かべた。
 孝二は光達がVANに狙われる危険性を持っている事に気付いていた。だからこそ、香織との結婚をはぐらかしてきたのだ。光一と三つ離れた孝二が能力者の存在を知った十四歳の時だ。香織が孝二に告白したのは、高校に入学してから、つまり十五、六歳の時である。
 孝二は香織が危険に晒される事を恐れて結婚しなかったのだ。
 光はやっと理解できた。
「ふふ、はは……はははは――!」
 右手で額を押さえて、光は笑い声を上げた。吹っ切れたように、光は笑った。
「光……?」
 修が光の肩に手を置く。
「修、叔父さん達を頼む」
 振り返った光の表情は明るいものだった。思い詰めたような表情は消え、すっきりした表情を見せている。
 それを見て、修はしっかりと頷いた。
「けれど、たった二人でこの人数を相手にできるとでも思ってるの?」
 克美が言う。
 状況が不利な事に変わりはない。増援が追いついてしまった。だが、光は勝てる気がしていた。
「――大丈夫、勝てるわ、ヒカルなら」
 不意に、包囲の中から声が聞こえた。
 全員が注目した先にいたのは、シェルリアだった。
「シェルリア、あなた……!」
「ごめんなさい、隊長。私、ヒカルに惚れたみたいなの」
 くすりと笑い、シェルリアは能力を発動して光の方へと歩いて来る。
「ヒカル、あなたの力、私に貸して。私もあなたの力になるから」
 シェルリアが両手を開き、光を見つめる。優しげな表情だった。
「信用できるのか?」
 修の言葉に、光は頷いた。
 昨日、シェルリアは光を本気で殺そうとはしなかった。それに気付いていたから、光はシェルリアの言葉を信じる事にした。
 そして、シェルリアが提示した身体の前面の力場へ、光は光弾を投げ込んだ。刹那、シェルリアの防護膜が光の具現力をコピーして色を変えた。
「これで三人よ」
 首を傾げて挑戦的に笑うシェルリアの言葉に、克美が歯噛みする。 
「二人とも、援護と叔父さん達をお願い」
「任せろ」
「解ったわ」
 光の言葉に、修とシェルリアが頷いた。
「叔父さん……俺、克美を殺すよ……!」
 孝二は、ゆっくりと、だが確かに頷いていた。
「できるものなら、やってみなさい」
 克美が両手を左右に開いた。
 真正面から叩き付けられる衝撃波を、光は耐えた。両腕を交差させて顔を庇い、前面の防護膜を厚くする。どうにかその場に踏み止まり、光は克美を睨み付けた。
「カツミの能力は特殊型の波動生成能力よ!」
 シェルリアが叫んだ。
「力場から波動を射出して効果を引き出すの!」
 能力をばらしたシェルリアを、克美が睨んだ。
 衝撃波を放ち、シェルリアを吹き飛ばす。
「波動生成……」
 光は視線を細める。
 意識を克美へと集中する。克美は防護膜の表層に力場を作り出し、そこから衝撃波、波を打ち出していた。防護膜と力場は基本的には同じものだ。そのため、表層で薄い力場を作り出していれば気付かれ難い。
 克美は力場から波動を打ち出すという能力なのだ。力場に包んだ空間内に力を作用させるのではなく、力場の中で波動を生成する。作り出した波動は力場から望む方向へと射出される。
 波とは、原子や分子の振動だ。大気中では、波は距離が開くほどに減殺されていく。
 だが、波には共鳴というものがある。複数の波の波長を一致させる事で振動を増幅できるのだ。
「解ったところで、あなたが私に勝つ要素ができるわけじゃないわ」
 克美が言い、三箇所に力場を作り出す。
 力場から光へと波が向けられ、波長が光の目の前で一致する。共鳴による増幅は単なる増加ではなく、倍加していくものだ。加速度的に破壊力は増加し、一撃必殺の武器になる。
 光が後方へ飛び退くと同時に、足元の砂利が抉れ、石が撒き散らされた。
「代わるか?」
 光と背中合わせに着地した修が小声で問う。
「いや、俺がやるよ。叔父さん達の守りは修の方が良い」
 光は言った。
 多数の敵を相手にした際、優位に立てるのは光の方だ。自身の能力の扱いにも修より慣れているし、攻撃能力は高い。修も同様に攻撃能力は極めて高いが、光とは力の方向性が違う。光は純粋な破壊力を扱っているようなものだ。敵を薙ぎ倒す力は高い。
 修とて、空間破壊の力は敵に致命傷を与える事の容易い能力でもある。だが、修の空間破壊には別の使い道がある。防御能力だ。空間破壊で一定範囲内の空間を隔離するように裂け目を配置すれば周囲からの攻撃を完全に遮断できるのだ。
 人数が多く、守らねばならない存在がいる現状では、修は防衛側に回した方が良い。孝二や晃、香織を守りながら敵を薙ぎ払うのは、光には難しい。
 そして、光は自らの手で克美を葬りたかった。
「それはどうかしらね」
 克美が呟いた。
 刹那、急に光を頭痛が襲った。修やシェルリアもこめかみを押さえ、孝二達に至ってはその場で蹲って両手で耳を押さえている。
「これは……!」
「あなた達限定の高周波による攻撃よ」
 光の言葉を遮って克美が告げる。口元に笑みを浮かべ、勝利を確信した表情で光を見つめていた。
 高周波を光達の周辺に限定して放ち、共鳴現象を起こす事で直接ダメージを与えているのだ。複数個所に力場を配置し、そこから光達へと波動を射出、共鳴箇所を一致させる事で人体内部に影響を与えているに違いない。
「ひ、光……!」
 孝二の身体が震えながら立ち上がる。それに孝二自身が目を剥いた。
「な……!」
 孝二がシェルリアの首を背後から掴む。
 シェルリアが強引に孝二を振りほどいて距離を取った。
「まさか……!」
 光の言葉に、克美が笑みを深めた。
「防護膜に守られていない者なら、私はこの力で人を操れるわ」
 脳へ音波を干渉させ、本人の意図から切り離して動かそうというのだ。
 確かに、孝二達を殺す事は光にはできない。
「瞬時に脳を分解する事だってできるのよ?」
「修っ!」
 克美から視線を逸らし、光は修へ目配せした。
「背に腹は替えられないか……!」
 修の力場が孝二達三人を包み込む。
 途端に、三人は力なくその場に座り込んだ。
 彼らを他の場所に転送する事も可能だが、それは逆に危険だ。VANの部下が攻撃態勢に入っている。彼らが孝二達を抹殺するために動いた時、光や修が気付く余裕があるかが疑問だった。同時に、他の場所にVANの人間が配置されている可能性もある。護衛無しの孝二達を別の場所に移動させる事は出来ない。
 だから、修の力で孝二達のいる空間を隔離した。一切の攻撃が三人に届かないように、修が空間をずらしたと言ってもいい。
 最初からそうしておけば良かったかもしれない。だが、修が持続的に力場を維持しなければならない事を考えると、最初から負担をかけ続ける事は躊躇われた。三人を守るために張り続ける力場のために、修本来の戦闘力も削がれてしまうのだから。
「……え?」
 不意に、晃が声を上げた。
「俺が……? うん……うん……」
 まるで誰かと話しているかのような晃の言動に、周囲の人間達が注目する。
(……まさか……)
 光は背筋に悪寒が走るのを感じていた。
 かつて、光も同じような境遇にあった事がある。あの時、光は意識が朦朧としていたから声を出していたのかは判らない。だが、光は確かに誰かと言葉を交わしていた。姿の見えない相手と。
「俺にも、できる……?」
 瞬間、晃の瞳が鮮やかな朱色に染まる。同系色の輝きが晃の全身を覆い、輪郭だけを示すように透明度を増していく。
 防護膜だ。
「兄貴……!」
 晃が覚醒した。
 それも、光のように言葉を交わして。
 セイナと呼ばれる、能力者の声だ。VANにいる、空間干渉能力者。各地の能力者の覚醒を促している人物だと、ROVのリーダーから聞いた。
 蒼白い、光の防護膜の正反対のような朱色の晃の防護膜。
「覚醒したのね」
 克美が呟いた。
 晃は掌を掲げ、修の力場に手を触れた。
「修……」
 光が晃を外へ出すように指示しようと視線を向ける。
 だが、その時には既に修の力場が消えていた。晃の手が触れた場所から、風船が割れるかのように力場が消失する。
 見れば、修が驚いたように晃を見ていた。
 微かだが、光も確かに感じた。
 力場破壊能力の存在を。
 そして、閃光型の特徴である、力場の外側への具現力の放出を。
 晃は、力場破壊を持っている。兄弟だからなのだろうか。晃の時に発現した具現力が無ければ、彼の持つ力は光と同じものという事になる。
 能力が受け継がれるものだとすれば、光の力は両親が持っていたものという事になる。光の存在によって発現した差異は、具現力の色だったのかもしれない。光と晃の違いは、能力の色ぐらいしかないのだ。
「光、お前こんな力を持ってたのか……」
 胸の前で手を握ったり開いたりしながら、晃が呟く。
「晃君、あなた、VANへ来ない?」
「克美……!」
 光と孝二の声が被った。
 克美の言葉に、晃が視線を向ける。
「VANは父さんと母さんを殺したんだぞ! 行くわけないだろ!」
 光が克美に言葉を投げる。
 過去に何があったのか、晃も全て聞いている。ならば、光一と涼子を殺したのがVANの仕業である事は聞いていたはずだ。
「VAN……」
 晃が呟き、周囲を見渡す。
 攻撃が止んでいた。修とシェルリアが仕留めた構成員の死体がいくつか転がり、他の構成員達はそれでも光達に対して身構えている。ただ、晃の返答を聞くために。
「VANはどこにあるんだ?」
「それはVANの人間にしか教えられないわ。もし、VANに来るのなら案内をつけてあげる」
 晃の問いに、克美が答える。
 VANの本拠地。光も一度はVANに入ると偽って場所を探ろうかと考えた。潜入し、内部から破壊してやろうと思った事もある。だが、それは断念していた。VANの本拠地には能力者が多数存在しているはずだし、光が敵わない相手もいるかもしれない。
 ROVリーダーの刃に勝てるぐらいの力量がなければ、難しいだろう。
 加えて、既に光はVANの構成員、しかも上位部隊長を何人か打ち倒している。VANにとっては小さくない痛手のはずだ。それだけの力を持ち、抵抗していた光があっさりとVANの誘いに乗るというのは裏があると考えられてもおかしくない。
 今なら修の力もあるが、それだけで組織を崩壊させられるだけの戦力があるとは言い難い。
「克美さんが、案内してくれるわけじゃないんですね?」
「彼がいるから」
 晃の言葉に、克美が光を視線で示す。
「背を向けたら殺されちゃいそうだから、決着はつけないと帰れないわ」
「それは、殺すって事ですか?」
「止むを得ない時は、ね」
 克美と晃のやりとりを、光は黙って聞いていた。
 どの道、克美は光を殺すつもりだ。はっきりそう言わないのは、晃がVANに来る可能性がまだ残っているからだ。はっきりと晃がVANに抵抗する意思を示せば、克美は二人を殺すために動き出す。
「光、お前本気で克美さんを殺すって言ってるのか?」
「俺は本気だ」
 光ははっきりと答えた。
「お前、もしかして……」
「二ヶ月前からこの力で戦って来た」
 晃の言葉を遮って、光は告げた。
「そして、何人もの私の仲間を殺して来た」
 克美が光の言葉を補足するかのように呟いた。
 殺すという言葉で光を否定し、晃を誘っている。
 人殺しになんてなりたくなかった。だが、そうせざるを得なかった。相手を排除しなければ守りたいものを守れない。最初は躊躇っていた。だが、光はその躊躇いを捨てた。だからこそ、今ここに立っている。
「二ヶ月も前から……」
 孝二が呆然と呟くのが聞こえた。
「一ヶ月前から俺も戦うようになったけど、それまでは光一人で全部守ってきたんだ」
 修が言った。
 守る、という言葉を使って、修は光を肯定する。
「……決めた」
 晃が小さく呟いた。
「VANを見てみたい」
「何言ってんだ、兄貴……!」
 晃の言葉に光は耳を疑った。
「まずはこの力の事を詳しく知りたい。能力者も沢山いるんでしょ?」
「ええ、能力者だけの組織だから」
 克美が笑顔を見せる。
「本気で言ってんのか、兄貴……」
「父さんと母さんを殺したのがVANだって事は解ってる。けど、俺はこの力について知らない事が多過ぎる」
「そんなの俺が教えるよ!」
「本場を見てみたいんだ。その後どうするかは、その時決める」
 光の言葉を、晃はそう言ってかわした。
 確かに、光はまだ自分の力を完全に把握しているわけではない。力場破壊の力も、ほとんど感覚で掴んで来ているだけだ。他人に教えられるかどうか判らない。
 それでも、兄がVANに興味を示すとは思わなかった。VANへ行って欲しくない。もしかしたら、そこで感化されてVANの構成員になってしまうかもしれないのだ。
 最悪、兄と殺し合いをする事になる。
 それだけは避けたかった。
「お前は意地を張り過ぎだ」
「そんな事どうだっていいだろ!」
「何なら、お前も来ないか?」
「冗談じゃない!」
 光は吐き捨てた。
 VANなんかに行けるわけがない。光はVANを認めない。認めてはならないのだ。
「俺さ、もしかしたらこういうのを待ってたのかもしれない」
 晃が微かに笑みを浮かべた。
「学校って窮屈だろ? だからさ、何か、生活を変える転機が欲しかったんだ」
 晃は両手を見て言う。
 その手は防護膜に覆われ、薄い輝きを放っていた。光にはもう見慣れた防護膜も、晃にとっては違う。
「この力、早く使いこなせるようになりたい」
 晃の言葉に、克美は頷いて後方の部下に目配せする。
 一人の男が前に進み出て、晃に手を差し伸べた。
「こちらへ。VANへ案内致します」
 丁寧にお辞儀をし、晃を誘導する。
「兄貴っ!」
 光は叫んだ。
 孝二と香織は何も言わない。いや、言えないのだ。能力者でもなく、現状に関わりの薄い二人に口出しできる事はないのだから。
「これは俺の力だ。使い道は俺が決める!」
 最後に一度だけ振り返り、晃はそう言い残してその場から去って行った。
 追いかける事などできなかった。油断をすれば孝二と香織が殺される。光自身も克美に狙われているのだ。
 まだ、克美に有効打を与える事もできていない。
「残念ね、光」
 克美が笑った。
 光は歯噛みする。晃がVANの構成員になると決まったわけではない。だが、晃は間違いなくVANの側になる。VANの内部で裏切るような事を口走ればその場で殺されてしまう可能性だってあるのだ。それに晃は気付いていたのだろうか。
「晃はあなたの兄弟……即ち、あなたと同等かそれ以上の戦闘力を持っている」
 だから光は排除してしまっても良い。克美はそう言いたいのだろうか。
「大手柄だわ。これならアグニア様にも満足して頂ける」
 克美の視線が細められる。
 その先に捉えているのは、光だ。光は真っ直ぐに克美を見返していた。
「光……」
 修が心配げに名を呼ぶ。
「……修、二人を頼む。防御に徹してくれ」
 光は拳を握り締めた。
 大きく息を吸い込み、吐き出す。意識を研ぎ澄まし、自らの中へ集中させていく。
 ――VAN……。
 光から修を奪おうとし、美咲を殺し、家庭をも乱した。
 そして、今度は兄を奪う。
「さぁ、私にどうやって勝つつもりなのかしら?」
 克美は勝利を確信している。だが、そこに油断はない。あの余裕は挑発だ。特殊部隊長という立場は伊達ではない。
「――克美……」
 光は目を閉じる。
 瞬間、修が孝二と香織の傍に移動し、シェルリアを含めた空間を隔離した。その動きが全てはっきりと判った。
「貴様だけは許さんっ……!」
 光は目を開ける。
 理性を一点へと集中させ、誘導する。全ての力を引き出すために。
 今、克美の能力は光とは相性が悪い。力場から能力効果を放つ克美には、光の力場破壊が届く前に攻撃ができる。だからこそ防ぐ事もできず、翻弄されている。
 それを超えるためには、光が克美の知覚速度を上回る力を手に入れるしかない。
 ――俺が、守る!
 防護膜が厚みを増す。
 知覚が拡大し、時間間隔が遅くなる。内側から湧き出す力を抑えずに外へと解放し、光は地を蹴った。
「もう容赦はしないわ、かかれ!」
 残っているVANの構成員達が一斉に光へと攻撃を放つ。
「らぁっ!」
 咆哮し、光は右腕を一閃する。
 光へと伸びる力場を全て消し去り、克美へと突撃する。
 前面から押し寄せる衝撃を空間の歪みとして感知し、光は横へと跳んで逃れた。着地した光の背後から三人の男が飛び掛かった。その存在を防護膜で探知し、光は振り向きざまに右腕を薙いだ。
 蒼白い閃光が鞭のようにしなり、三人を両断する。鮮血が迸り、砂利の上に飛び散った。肉塊と化した三人が砂利の上に転がる。
 そこへ向けられた複数の力場へと、光は閃光を撒き散らした。力場が破壊され、攻撃が途中で消滅する。
「オーバー・ロードしても衝撃波は防げないでしょう?」
 克美の言葉を無視し、光は地を蹴った。
 衝撃波は空気の振動だ。知覚の拡大した今の光なら、大気の歪みとしてそれを探知できる。防いだり消したりする事は出来ないが、見えさえすれば避けられる。
「何で私までこの中に?」
「まだ俺はオーバー・ロードしたあいつと肩を並べられるほど力が馴染んじゃいない。それはお前もだろ?」
 シェルリアの問いに、修が答える。
 覚醒して一ヶ月、訓練を重ねて来てはいるが、修と光では能力に差がある。オーバー・ロード状態の光と肩を並べるには、修の力はまだ使用限界が早過ぎるのだ。
 だから光は一人で戦う事を選んだ。
 自分に敵の攻撃を集中させ、カウンターで全て仕留める。鮮血が夜空に舞った。
 力場の存在を明確に見極められる光だからこそ出来る芸当だ。力場や防護膜を逆に辿って敵の居場所を察知し、反撃する。光の身体能力は望むままに上昇し、攻撃速度は加速していく。
 光のステップに合わせて砂利が跳ね、音を立てる。
 着地した光へ衝撃波が叩き付けられる。目の前で閃光を炸裂させて大気を動かし、衝撃波を相殺する。
 克美が衝撃波に部下を乗せ、光へと急接近させた。
 右から来る敵に肘打ちを食らわせ、反対側から来る者に回し蹴りを浴びせる。背後から来る敵に閃光をばら撒き、前方から拳を突き出してくる男の腕を掴む。そのまま引き千切り、顔面に掌底を突き込んだ。
 光の周囲に鮮血のしぶきが飛び散り、河原の砂利を赤く染めていく。
 突き出された拳を掴んで握り潰し、そのまま顔面に肘を打ち込んだ。爆発するかのように頭が吹き飛び、内容物を撒き散らす。
 回し蹴りを放つ女に同じ蹴りを返す。交差した足は、女性の方が砕けた。光の蹴りが女性の脇腹を削り取るように両断し、死体へと変えた。裏拳で背後から接近してきた男の頭部を打ち砕き、その拳をそのまま反対方向から飛び掛る男の胸に突き込む。心臓を貫かれて男が絶命する。
 向けられた力場を手刀で切り裂き、遠距離攻撃を尽く防いだ。
 克美の高周波攻撃も厚みを増した防護膜が無効化し、衝撃波もほとんど感じないほどに防御能力が高められている。
(――後何人いる……?)
 閃光の剣を作り出し、握り締める。
 剣が大きさを増し、光の身長の倍の長さへと変化した。それを円を描くように振るい、一気に敵を薙ぎ払う。その剣を放り投げ、爆発させて大勢の敵を巻き込んだ。
「う……」
 香織が嘔吐していた。
 VANの人間の死に様がグロテスクなものになるのは仕方がない。彼女には刺激が強過ぎたとしか光には言えなかった。
 それでも、光は戦うのを止めない。
 今はどう思われても良い。
 皆を守り切れれば、それで。
 克美が波を共鳴させ、爆発的な破壊力の超音波を生み出す。それを察知し、光は飛び退いた。
 ひたすら腕を薙ぎ、蹴りを放ち、閃光をばら撒く。敵の数は減少し、いつの間にか克美だけになっていた。
「後は貴様だけだ!」
 光は駆け出した。
 爆発的な瞬発力に、足元の砂利が弾け飛ぶ。
 衝撃波、音波、克美が繰り出せる全ての攻撃が光を掠めていく。頬が裂け、脇腹が裂け、腕に切り傷が刻まれる。足にも痛みを感じたが、オーバー・ロードによる感覚が痛みを和らげる。
 光は跳んだ。
「うおおおおおぉぉぉ――っ!」
 克美の顔面を右手で鷲掴みにし、そのまま後方へ押し倒す。
 ――こいつだけは許さない……絶対に!
 力を込めた瞬間、光の手が白い光に包まれた。そして、克美の防護膜さえも打ち消していた。
 克美が驚愕に目を見開く。
 力場破壊で防護膜を破壊したのだ。無論、オーバー・ロードによる増幅あってこそ出来た事でもある。ただ、どこにでも力場を配置し、力を発揮できる克美の攻撃を防ぎ、倒すにはこれしかなかっただろう。
 出来ると思ってやった事ではなかった。本来はそのまま頭を砕くつもりでいたのだ。
 押し倒された克美の頭を押え付けたまま、光は克美を見下ろしていた。
「叔父さん、こいつに何か言いたい事はある?」
「……いや、無い」
「解った」
 孝二の言葉に、光は視線を細めた。
 克美の表情が恐怖に染まる。
「俺の家族をかき回した事を死んで償えなんて言わない。ただ――」
 光は手に力を込めた。
「――俺はこれ以上お前の存在を許さない!」
「あ……あぁ――!」
 克美の頭蓋骨が砕け、光の手が全てを押し潰す。
 蒼白い閃光が光の手を包み、克美の存在を呑み込み、消し去った。
 光は具現力を閉ざした。
 身体から力が抜け、膝を着く。倒れそうになる身体を両手で支えようとするが、腕に力が入らずにがくがくと震えた。安定せずに倒れそうになる光を、修が駆け寄って支えた。
「大丈夫か!」
「流石に、疲れた……」
 修に力なく微笑んで、光は身体の力を抜いて座り込んだ。
 疲労が凄まじい。全身から汗が噴き出し、身体が悲鳴を上げている。骨や筋肉が軋んでいると錯覚するほどに身体が痛む。気分も余り良くなかった。
 恐らくはオーバー・ロードの反動だろう。全力疾走を繰り返した後のように苦しかった。呼吸は乱れ、大粒の汗は一向に引く気配がない。耳鳴りと軽い頭痛がした。心臓の鼓動にあわせて脈打つように痛んだ。
「シェルリア、後始末まで頼んでもいい?」
 荒い息を吐いて、光はシェルリアに言葉を投げた。
 光も手伝いたかったが、できそうにない。身体が動かなかった。手は震え、握る事すらままならない。動かしても、ぎしぎしと音がしそうなほどに指が重く感じる。
「構わないわ。むしろ、私ほとんど何もできなかったし」
「敵にならなかっただけでもありがたいよ」
 辺りに散らばる死体の後始末をシェルリアが始める。光からコピーした力を閉ざさずに、光弾を炸裂させて死体を呑み込んでいく。死体を掻き消し、砂利に染み込んだ血の跡すらも削り取る。
 元VANの人間だけあって、手際が良かった。
 光は大きく息を吐いた。少しずつ、落ち着いてきていた。
 誰も何も言わなかった。シェルリアは後始末を無言で続け、修は力を閉ざして光の傍で川を眺めている。孝二は光に視線を向けたまま、何も言えずにいる。香織はその傍で俯いていた。
 色々なショックがあった。
 まずは光が能力者だった事だ。孝二は知っていたようだが、香織は何が何だか判らないのではないだろうか。二ヶ月もの間、普段の生活を続けながら裏で命の遣り取りを続けて来た。悪く言えば光は殺人鬼だ。
 次に、晃の覚醒だ。晃がVANに行ってしまった事も光達にとっては大きなショックだ。
 そもそも、光と晃では覚醒の状況が違っていた。
 光はVANの男二人組みに殺されかけて覚醒したのが始まりだ。その力で相手を吹き飛ばし、ROVとも出会った。光にとって、VANの第一印象は命を脅かす敵そのものだった。同時に、光は命を奪う事を望んでいない。能力者に恐怖や混乱を抱いた光は、今までの生活を続けたいと思った。相手と同じように命をやりとりするために力を使うような存在にはなりたくない。具現力は使わず、今まで通りに生きて行きたい。
 そう思ったのは光が覚醒した状況にも影響があったのかもしれない。
 だが、晃の場合は光とは完全に違う。
 晃は命を狙われる立場ではあったが、実際に矛先として攻撃を向けられたのは光や修だ。光や修が常軌を逸した力を振るって戦うのを見ている時に、晃は覚醒した。晃の目に光達の戦いがどう映ったのかは判らない。だが、少なくとも光のように実感できる痛みを感じていたわけではない。
 光も晃も、少なからず普段の生活には不満がある。勉強、成績、運動、人間関係、様々な面で変わって欲しいと思うところがあるのは事実だ。
 だが、光の覚醒はその転機になった。普段の生活の不満など、些細な事だった。いや、些細な事に思えるほどの不満や悩みを光が抱えるようになっただけだ。だからこそ、光は以前よりも今までの生活が貴重なものだと思えた。同時に、能力者になる前まで望まずともそこにあった生活を求めるようになった。
 対する晃の覚醒は光とは逆の転機になったようだ。具現力の存在する世界へ行けば普段の生活の不満を解消できるとでも思ったのだろう。今までの生活を捨て、新しい世界を掴む。そう思えたのかもしれない。新しい悩みが出来ても、今までの悩みと同一ではない。晃の言葉を信じるなら、両方の世界を見て、好きな方を選ぶという事になる。
 光は視線を孝二に向けた。
 孝二はどう思っているのだろうか。
 光が今まで戦って来た事、人を殺めて来た事をどう思うのだろう。人殺しの光を、今まで通りに接してくれるのだろうか。同時に、晃の事をどう感じているのだろうか。
 克美を殺すと言った時、孝二は頷いた。
 具現力を使って戦うという事が、相手の命を奪う事と同義である事を孝二は知っている。光一がそうだったのだろう。守るために戦い、命を奪って来たのだ。
 その上に、光は生まれ、生きて来た。ならば、光にも同じ道を歩む事だってできる。
「叔父さん……」
 光の言葉に、孝二が一瞬驚いたような表情を見せる。
「……香織さんの事、どう思ってるの?」
「光……?」
「好き、なんでしょ?」
 光の言葉に、孝二は視線を香織へと向けた。
 香織は孝二から視線を逸らす。
「……そう、だね……はっきりさせておこうか。もう、隠す必要もなさそうだし」
 孝二は哀しげに笑った。
「僕は昔から君が好きだったよ。告白された時は嬉しかった」
 香織が顔を上げる。驚いたように、孝二を見ていた。
「けれど、告白してくれた時、僕は兄さんの事を知っていた。戦っている事、両親が殺された事、僕もまだ狙われるかもしれない事、全部知ってたんだ」
 光一の家族がVANの襲撃を受けたのは、光一が十七歳の時だ。つまり孝二はまだ十四歳だった。香織が孝二に告白したと言ったのは高校に入ってからだ。その時には既に孝二は全てを知っていた。
「だから、君の申し出を受ける訳にはいかなかった。もしかしたら、君まで狙われてしまうかもしれなかったから……」
「孝二……」
 孝二にとって、香織は近過ぎた。間接的に光一を攻撃するために、孝二や、その周辺から手を出していく可能性は十分にあった。むしろ、香織を殺す事で孝二に光一を逆恨みさせようと考えていたとしてもおかしくはない。
「はっきり断ってしまえば良かったんだろうね。でも……」
 最初に告白された時、孝二が断っていたら未来は変わっていただろう。香織は孝二の事を忘れて別の人と結婚して家庭を築いていたかもしれない。孝二も、香織を諦められたかもしれない。
「結婚するなら君が良い。香織以外に考えられないよ」
 香織の頬を涙が伝う。
「……嬉しい」
 香織が笑う。
 孝二も笑みを返した。
 光はそれを見つめ、僅かに笑みを浮かべていた。
「……処理は終わったわ」
 背後からシェルリアが光に囁いた。
「ありがとう。問題は、これから、か……」
「私が泊まってるホテルの支払いはVANの資金だから、数日中に止められるわ。潜伏場所変えなきゃ」
 シェルリアが溜め息をつく。
「それに、裏切り者を始末する部隊もきそうだしな」
 修が口を挟んだ。
 裏切ったシェルリアを排除するための部隊が近いうちに来るはずだ。
「あ、それはないわ」
「何で?」
 あっさり否定するシェルリアに、光が首を傾げる。
「この後、VANは大きく動くらしいのよ。そのためにほとんどの人員に戻るよう指示が出されてるの。例外が無いとは言い切れないけれど、まず私一人を狙って部隊を動かす事はないわね」
 シェルリアの言葉に、光と修は納得したように頷いた。
 VAN内部の人間の言う事だ。信用してもいいだろう。
「でも、住む場所は困るわね……。VANからの給料も貰えないし……」
 シェルリアが溜め息をつく。
「なら、暫くはうちに置いてあげるよ」
 その孝二の言葉に光達が注目する。
「い、いいんですか?」
「ああ、光の味方になってくれるのなら、近い場所にいる方がいいだろ?」
 目を丸くするシェルリアに、孝二が笑みを見せた。
「でも、叔父さん、いいの? 香織さんは?」
 光は問う。
 光は能力者だ。
「兄さんの事もあったからね、僕は大丈夫だよ。香織にはちょっと悪いけれど……」
「そんな事ないわ。孝二が良いって言うなら、私も構わないわ。理解出来てるなんてまだ言えないけど、光君も修君も悪い人じゃないって知ってるから……」
 孝二と香織が微笑んだ。
「辛い思いをして来たのは、解るからな」
 孝二が目を細める。
 光一が戦って来たのを知っている孝二には、その辛さが解るのだろう。だからこそ、受け入れてくれる。光達を包み込む事ができるのは、それを知っている者達だけだ。
「……そっか」
 光は安堵した。
 孝二と香織は光を受け入れてくれる。能力者の存在を知っている孝二には、その力を使って戦って来た光の辛さを察する事ができる。光一がそうして来たのを知っている孝二は光を認めてくれた。
 なら、光は孝二や香織を守らなければならない。光達を認め、居場所を与えてくれる存在を失うわけにはいかない。
「修――」
 光はゆっくりと立ち上がった。
「おう」
 修と視線を交わす。
「――俺達も、攻めるぞ……!」
 光は胸の前で右の拳を左の掌に打ち付けた。
 孝二や香織を守るために、光がしなければならない事がある。
 VANが光や修だけでなく、家族をも狙う事が今回の一連の出来事ではっきりした。光が家族を守るためには、そうさせないように戦うしかない。いや、家族を狙えない状態にするしかない。
 修が笑みを浮かべる。光の言葉の意図を受け取って、それを肯定するかのように。
「俺は、VANを、潰す!」
 はっきりと、光はそう告げた。


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