ライト・ブリンガー 蒼光 第七部 序章
序章 「立ち向かう者達」
辺りを、静寂が包んでいた。
宙を舞う刀が、地面に落下して突き立てられる。僅かに地面を裂く音が響き渡り、静寂を切り裂いた。
荒い息遣いと共に、少年、火蒼光(かそうひかる)は背後へと振り返った。同じように、少年へと振り返る一人の青年がいた。
「……見事だ」
青年、白雷刃(はくらいじん)は口元に笑みを浮かべ、呟く。
「あの野郎、やりやがった……!」
周りで見ていた刃の仲間、焔龍翔(えんりゅうしょう)が、ぽつりと漏らした。
「……これで、手伝って、くれるよね?」
呼吸を整えながら、光は刃に言葉を投げる。
「いいだろう」
刃は静かに頷いた。
VANとの決戦に臨むためには、レジスタンスであるROVの戦力が必要不可欠だ。同時に、ROVのリーダーである刃をも上回る実力も。
だから、光はこの一週間、ROVにてひたすら特訓を繰り返していた。各地の戦力が集まるまでの間に、刃を超えるために。
そして今日、光は刃との模擬戦に勝利した。模擬戦とは言っても、実戦とほとんど変わらない戦いをしていた。回りで見ている者たちが息をするのさえ忘れるほどに激しい戦いを。
「ROVは、全戦力をもって、お前に協力しよう」
改めて、刃が宣言する。
「……よくこの短期間でこれだけの実力をつけたな。それも、オーバー・ロードもせずに」
少しだけ間を置いて、刃が小さく息をついた。
刃との戦いで、光はオーバー・ロードをしなかった。寿命を削る代わりに凄まじいまでに自身を強化するオーバー・ロードはVANの総帥アグニアと戦う時のために残しておかなければならない。光の寿命は、既に六十年も消費してしまっている。残りの寿命がどれぐらいなのか、はっきりとは判らないがオーバー・ロードはできて後一回ぐらいが限度だろう。
だから、光はオーバー・ロードをせずに刃に勝たねばならなかった。それを刃が知っているかどうかは判らないが。
「指導者が良かったんだよ」
そう言って、光は刃に笑って見せる。その隣に、一人の少女が駆け寄ってくる。
「……大丈夫、ヒカル?」
少女、セルファ・セルグニスに光は頷いてみせた。
全身汗だくで呼吸もまだ乱れてはいるが、大怪我はない。せいぜい掠り傷ぐらいだ。
よくよく見れば、さすがの刃にも疲労の色が見える。僅かに肩が上下しており、若干呼吸も乱れている。地面に突き立った愛刀、雷閃を引き抜き、仲間の金風楓(かなかぜかえで)が持ってきた鞘へと戻す。
「楓、全部隊に召集をかけろ」
刃の言葉に楓は頷き、連絡要員らしい者たちの下へと走って行った。
「光、ROVの戦力が集結するまでに一、二日ほどかかる」
刃が光を見て、告げた。
既に、VANの本部の位置は判明している。オーストラリアの中央付近に、本拠地があることが判っている。小さな都市に匹敵する規模の巨大な施設だが、今まで国連軍などには知られていなかった。それは、本拠地そのものが能力者によって隠蔽されているからだ。熱工学的な迷彩効果を発揮できる力場に包まれ、外部からはその存在を知ることはできない。同時に、その場所に触れようとしても空間がずらされるなどで組織の構成員以外の者が侵入できないようになっていたようだ。
VANの中で育ったセルファと、聖一の調査などによって位置がはっきりと特定されたのである。
そして、光たちはこれからそこへと向かう。全ての決着をつけるため、最終決戦を挑むのだ。
光の親友でもあり、作戦参謀役でもある矢崎修(やざきしゅう)との話し合いにより、刃はオーストラリアに全戦力の合流地点を定めた。そこでVANに反抗する者たちが全て集まった時、光たちはVANの本部へと進攻を進めることになっている。
「それまでに、身体を休めて万全の状態にしておけ」
「刃も、ね」
「判っているさ」
光の返答に刃は鼻で笑う。
「……俺は、ずっと、この時が来るのを待っていた」
刃は、VANに殺された者の復讐のために戦い続けてきた。光が覚醒する前から、ずっと。
殺された者が帰って来ないことなど知っているだろうに、怒りや恨みをぶつけなければ気が治まらないのだろう。数年もの間、その思いが消えず、揺るがないのだから、それだけ大切な人を失ったに違いない。たとえば、光にとってはセルファのような。
(でも、それは……)
何も生み出さない戦いだ。きっと、刃も気付いている。方向性がVANに向くだけで、ただ憎しみや悲哀を広げるだけだ。
光のように、望むものがあるから、どうしても掴みたいものがあるから戦っているわけではない。刃の戦いは、悪く言えば八つ当たりだ。
だが、光は刃の思いを否定することはできなかった。大切な人を失うことの恐怖や辛さ、哀しみを、光は知っているから。それでは前へ進むことにはならないと思いながらも、そうしなければ耐えられない辛さも理解できる。
この戦いが終わったら、刃の止まった時間は動き出すことができるだろうか。過去ではなく、未来のために歩き出すことができるだろうか。
「……行こう、セルファ、修」
気持ちを切り替えて、光は言った。
この戦いで、全てを終わらせる。その決意を胸に、光は刃に背を向けて歩き出していた。
まだ、光の進む道の果ては見えない。それでも、その先が見えそうな場所まで、ようやく辿り着くことができた。
これまでのような、先の見えない不安は、もう、無かった。
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