ライト・ブリンガー 蒼光 第七部 第二章
第二章 「因縁との決着」
世界は、動き出していた。
光がROVと手を組み、共同でVANを潰しにかかろうとする動きを察知した者たちがいたのだ。元々、光やROVをマークしていた軍や国連の関係者などがそれだ。能力者同士の全面対決が起こるであろうことを予測し、軍も動き始めている。
ROVや聖一の情報から、光たちもその動きを掴んでいた。
能力者同士の戦闘に介入し、漁夫の利を得る形でVANを殲滅しようという魂胆だろう。能力者たちが本気で全面戦争をする気になったのなら、現在の軍では太刀打ちができない。それは既に明白だ。だから、光やROVの側についてVANを潰そうとしているのだろう。
「……ついに、明日か」
光は呟いた。
ROVのメンバーもほぼ全てが集まって来ている。今日中に全ての戦力が集結するはずだ。
そして、明日、光たちはVANに総攻撃をかける。光にとっては、待ち侘びた日だ。今まで、幾度となく繰り返してきた日常を取り戻すための戦いも、明日で終わる。
いや、明日で終わらせるのだ。そして、今までずっと望んできた世界を掴まなければならない。
光たちは既に合流地点に辿り着いていた。
世界的に危険性が高まり続けている能力者が集結するとなれば、一般の都市を合流地点にすることはできない。VANからの襲撃の可能性も高くなる上に、一般人による暴動などが起きる可能性も高まる。あらゆる問題の可能性を考えた時、合流ポイントは都市外を選ぶ方がベストだった。
合流地点はセルファの力場が張り巡らされている。大きく展開した力場の中で、テントなどの簡易的な生活用品を提供していた。超越能力と空間干渉能力を併せ持つセルファだからこそできる芸当だ。中には自分たちで必要なものを持参してきている人たちもいる。またある人は自力で作り出している。ただ、それらに該当しない者がセルファの力の恩恵を受けていた。
力を解放し続けているセルファに疲れた様子はない。VANでアグニアとセイナの間に生まれ育ち、物心ついた時には既に力を自在に扱えるようになっていたセルファでなければ、これだけの規模の効果を発揮させることはできなかっただろう。
VANの中でお姫様として扱われていたことも頷ける。
ただ、それだけの力を持っているということよりも、そうやって他者のために使える力を持っているということの方が光には羨ましかった。
セルファが作ったテントの中から、光は外の景色を眺めていた。少しずつ、人が増えていく景色を。
「ラークの人も何人かいるみたいだな」
光の隣で、修が呟いた。
ラーク、それは力を閉ざすことができなくなってしまった者たちの集落だ。エルフと自らを呼び、能力者以外との交流を拒絶している者たちでもある。以前、光はラークで自分の力を鑑定してもらっていた。自分の力が何なのか、何ができるのかを正しく理解し、より使いこなせるようになるために。
エルフたちは今の戦いに関わろうとはしていなかった。一般人との関わりを絶っていたのが何よりの証拠だ。それでも、中には外の世界に興味を持っている者はいたらしい。VANの行いに対して反発心を抱いたエルフの何人かが聖一の連絡により協力を申し出てくれた。
もし、この戦いに光たちが敗北すれば、今まで不干渉を貫くことでVANからもレジスタンスからも離れた場所に位置していたラークが襲われるかもしれない。ラークにいる半数以上のエルフは戦うことを選ばず、集落に残っている。協力してくれたのは、戦うだけの意思を持った者たちだけだ。ラークの皆にも了承を取ってあるらしい。
彼らも、本当は世界に関わっていきたかったのかもしれない。具現力を閉ざすことができない彼らは、自分たちが能力者であることを隠すことができない。だから、平穏な生活を得るためには同じエルフ以外との接触を断たねばならなかった。だが、今、能力者という存在が明るみに出たことで、世界は具現力というものを知った。エルフたちが自分たちを隠さずに生きて行ける世界になる可能性も出てきたのだ。
VANのように、世界に自分たちの居場所を割り込ませるのではなく、ただここにいることさえ認めてもらえればいい。そう思った者たちがこの場に来てくれたのだと光は思うことにした。
「戦力が増えるのはありがたいね」
光はそう言葉を返す。
考えることや目的、意識には個人差がある。それでも、絶対数の足りない光たちにとってはありがたいことだった。VANが大都市規模の人員を抱えているとすれば、光たちレジスタンスはその半分以下の人数だろう。
唯一の強みは、数は少ないが、今までのVANとの戦いで生き延びてきた者たちであることだろうか。
光の目的はVANを潰すこと。ただそれだけだ。目指すものはもっと先にある。セルファと笑って暮らせる世界が欲しい。誰とも傷付け合うことのない、平穏な生活が欲しい。その未来のために、VANは障害でしかなかった。光の命を、光にとって大切な全てを奪おうとするVANを、潰さなければならない。
だから、戦力が増えるのは嬉しいことだ。個人の意図がどうあれ、今はVANが敵なのだから。
「先輩は大丈夫かな……」
小さく呟く。
聖一は今、VANの本部に潜入しているはずだ。光の兄、晃の最終判断を聞くために。
少し心配だった。聖一の情報網がなければ、今までの戦いを切り抜けてはこれなかったかもしれない。彼の助言や意見が事態を好転させたこともある。聖一の落ち着き払った態度に助けられたこともある。彼がいなければ、光はシェイドとの戦いで死んでいたのは間違いない。
単身、VANの本部に乗り込むことはそれ相応の危険を伴う。これから攻め込む敵陣の中に突っ込むのだから当然だ。無理にやらなくてもいいと光は伝えたが、聖一は行ってしまった。
(もう、俺は先輩じゃあないんだぞ?)
ずっと前、高校を辞めた後暫くして、聖一はそう言った。
高校の先輩後輩という間柄で出会っていたから、光は聖一をずっと先輩と呼んでいた。だが、高校を辞める選択をしたのは、光や修だけではなかった。同じように高校を中退した聖一を先輩と呼ぶ必要はない。
それでも、光にとっては聖一は先輩だった。同じ高校の、ではなく、同じ中立を選びたかった能力者の先輩として。
戦うことを好まず、これまで通り平穏な日々を望む者として仲間となった。聖一はあまり多くを語らなかったが、彼が目指すものは何となく光にも理解できた。それが、自分の目指すものにとても近い場所にあるのだと。
「……客観的には、無茶だけどな」
修が答える。
きっと、聖一自身も気付いているはずだ。今まで情報屋として動いていたからといって、VAN本部に潜入するのは自殺行為に他ならない。
ただ、そこまで光のために無茶をしてくれなくても良かった。晃のことは気になるが、そのために聖一の命が危険に晒されてもいいとは思っていない。
「……お前が、ヒカルか?」
ふと見ればテントの入り口に一人の男が立っていた。
厳つい顔立ちの男だ。体格は大柄で筋肉質、良く日焼けした浅黒い肌にはタンクトップを着込み、サングラスをかけている。明らかに日本人ではなかった。
「そうだけど?」
光はテントの中から立ち上がりもせずに大男を見上げる。
外には連れ合いだろうか、何人か立っているようだ。
「ふむ……にわかには信じられんな」
顎に手を当てて大男が呟く。
「本当にあのジン以上の力を持っているのか?」
少し面倒なことになりそうだと思った時だった。
外の方から悲鳴が聞こえた。
「ヒカル! 敵襲!」
空間干渉で状況を把握したセルファが叫ぶ。
その声に光は大男を無視してテントを飛び出した。声のした方へ向けて走り出し、途中で力を解放、加速する。
レジスタンスの集結している場所へ攻撃を仕掛けてくる可能性は考慮していた。体勢を整えている最中に攻撃するというのは作戦としても定石だ。戦力の集中している場所へ突っ込むのだからそれなりにリスクはあるが、成功すれば見返りは大きい。
VANも部隊を呼び戻しているという話を聖一からの情報で得ていたから、てっきりお互いに万全の状態で決戦に突入するかと思っていた。レジスタンスに囲まれる場所へ攻撃してくるということは、それだけの力を持つ部隊である可能性が高い。
(だとしたら、誰だ……?)
シェイドやダスクなら、まず来ないだろう。シェイドは刃を押さえる役割が課されるだろうし、光との決着を望むダスクがこの場に現れるとは思えない。何より、仲間の安全を重視するダスクがこんなハイリスクな作戦に参加するとは思えなかった。
その二人を除くとしたら、誰がいるだろうか。特殊部隊か、それに相当するくらいの実力者でなければ勝算は無い。かなりの実力者である場合、光が相手をする必要がある。
刃たちROVの四天王と称される四人は出払っていてまだ戻って来ていない。光を除けば彼ら四人がレジスタンスの最高戦力であることは間違いない。その四人がいない間、敵が攻めて来た場合は被害が広がる前に光が殲滅する以外に手はなかった。でなければ、明日の決戦の時に万全の状態を維持できないのだから。
声のした場所に辿り着いた時、レジスタンスたちは全員、その敵と距離を取っていた。円形に輪を作るようにして距離を取っている。
中央には一人の男が立っていた。無駄なく引き締まった身体に、やや厳つい顔立ちの男だ。くすんだ金髪を邪魔にならぬような長さに切り、どこかアグニアにも似た威圧感を持っている。虹彩は銀色に染まり、その色彩に似ず、不気味な輝き放っている。
足元には、死体が転がっている。二十センチぐらいの幅を削り取ったかのように、部分を喪失して両断された身体から、溢れたものが血黙りの中に転がっている。
「まさか、ゼルフィード……?」
修と共に光の傍までやってきたセルファが呟いた。
ゼルフィード・ヴォルズィーグ。第零特殊機動部隊長という役職を持ち、VANの内偵を主に行う、裏の構成員。セルファからはそう聞いている。そして、アグニアの親友でもある。
同時に、光の両親を殺した直接の人物でも。
「そこにいたか、セルファ……」
ゼルフィードの視線に、距離を取っていた者たちが左右に退いた。残ったのは、光と修、それにセルファの三人だけだ。
その鋭い眼光を、セルファは真っ直ぐに受け止めていた。
「……何をしに、来たの?」
「ここの戦力を削ぐために」
セルファの言葉に、ゼルフィードが答える。
「表向きは存在しない部隊だからな、明日の戦闘には参加できない。だから、今ここでお前たちを始末させてもらう」
淡々と言葉を紡ぐゼルフィードの姿に、周りの者たちは戦慄を抱いたように見えた。
裏方の存在であるゼルフィードはVANの中でも特殊部隊長クラスの人間しかその存在を知らないらしい。そんなゼルフィードが表立って戦うことはできないのだろう。だが、その戦力が高いものであるなら、VANとレジスタンスとの決戦に関わらないのもまずい。だから、今、この場で干渉しようということか。
「修」
「光」
互いの名前を呼ぶのは同時だった。
視線を交わし、頷き合って、前へと進み出る。
「父親に似てきたな、ヒカル」
ゼルフィードの言葉は挑発だ。光は自分自身にそう言い聞かせた。
オーバー・ロードはできない。残りの寿命はアグニアと戦うためのものだ。こんなところで消費するわけにはいかない。ここは、修との共闘で切り抜ける。光はそう決めた。
「ゼルフィードの能力は、物質分解能力を持った閃光型よ」
空間干渉能力で、セルファが遠くから光と修に囁いた。無線通信のような感覚で、光と修はセルファからサポートを受けることができる。
「物質分解か……結構厄介だな」
修が呟く。
文字通り、物質を原子や分子の単位まで分解する能力だろう。閃光型を併せ持っているということは、力場の周囲に効果が発生する。つまり、ゼルフィードの攻撃に触れた部分は消失してしまうということだ。
攻撃一発一発が致命傷になりかねない。防ぐとしても、防護膜での防御は期待できない。力場破壊や空間破壊で、こちらの身体に触れる前に防御しなければまずい。
そして、閃光型は力場破壊能力に対して最も対抗できる具現力でもある。空間として力場を張る必要のない閃光型は、力場に穴を開けられたとしてもその部分だけ力が消えるに過ぎない。全ての攻撃を掻き消すためには、力場全てを打ち消す以外に方法がないのだ。だから、力場破壊能力を持つ光に対して最も有効なのは閃光型の力を持つ能力者だった。
ただのエネルギーを操る閃光型だけでも厄介だが、ゼルフィードはそこに物質を分解するという非常に攻撃的な能力を持っているようだ。エネルギーと物質分解を使い分けできるかどうかは判らないが、発動形態が閃光型であるのならば気にしたところで些細な問題だろう。
「お前たちさえいなければ……」
ゼルフィードの表情が初めて歪んだ。僅かに眉根を寄せただけではあったが、そこには確かな敵意がある。
「その言葉、そっくり返すよ」
言って、光は駆け出した。
思い切り地面を蹴飛ばし、大きく加速する。上体を倒し、前傾姿勢になってゼルフィードへと突撃していく。
ゼルフィードとの距離が約五メートルほどまでに近付いたところで、光は軽く身体を浮かせた。地面を蹴って身体を持ち上げ、腰を捻って回し蹴りを繰り出す。水平に右脚を薙ぎ払う。蹴りの速度が頂点に達する場所には、ゼルフィードの首がある。
ゼルフィードはその場で屈むようにして、光の蹴りをかわす。その動作に無駄はなく、素早い上に力強い。視線は光の目を見据えたまま、蹴りを避けられるギリギリの位置までしか屈んでいなかった。
修の作り出す力場の範囲から逃れるように横へ跳ぶゼルフィードに、光は着地するよりも早く光弾をばらまく。その光弾を直ぐに爆散させて広範囲に閃光を解き放つ。だが、ゼルフィードは大きく跳躍し、上空へと逃れた。
防護膜を力場とし、任意の方向の空気を原子分解、真空を作り出して気流を生み出し続けることで、ゼルフィードは空中を滑るように移動する。その行動過程が、セルファの空間干渉によって光へテレパスのように伝えられてくる。
無防備になりかねない空中では、移動できることが何よりのアドバンテージになる。空中を自在に移動できることが、行動の幅を広げ、戦闘を優位に進められるどころか、窮地を逃れる手段を増やすことにも繋がるのだ。熟練者は自分の力でできることを駆使し、空中での移動方法を会得しているのがほとんどだ。
「ゼルフィードは、強いわ」
セルファが囁く。
戦闘能力の順位的には、シェイドやダスクに並ぶほどのものらしい。ただ、ゼルフィードの持つ能力が閃光型でもあることを考えれば、また違ってくる。オーバー・ロードがあるのだ。
(大丈夫……負けやしない)
光は心の中で呟いた。
先の見えぬ戦いに恐れていた光はもういない。修とも一度、本気でぶつかり合った。
その喧嘩の最中にアルトリア・スコルジーという仲間を失ったのは、光にも責任がある。最初から修に全てを話していれば、こんなことにはならなかったのだろうか。もし、光の寿命が減ることを修に伝えたとしたら、彼は光を戦わせることを避けるようにしていたはずだ。自分が戦い、光を庇うように。だが、その時は修が途中で殺されてしまっていたかもしれない。余計な気遣いをさせたくも無かった。だから、光はオーバー・ロードが寿命を消費するものであるとは言わなかった。
その結果が、仲間の一人を無防備に外へ放り出すことになってしまったのは紛れもない事実だ。光と修、二人が戦闘の要であるにも関わらず、喧嘩をしたことでセルファたちの守りを忘れてしまった。
セルファは自分を責めていた。あの時、アルトリアに買い物を頼まなければ、狙われることは無かったのだ、と。
それでも、失うばかりではない。互いの意思の強さは再確認できた。今まで以上の信頼感がある。セルファも、悔やんでばかりではなかった。
負ける気はしない。いや、そもそもこんなところでは負けられない。
「オーバー・ロードを使うのは、お前の両親以来だな……」
小さく笑って、ゼルフィードは言った。
「何……?」
「あの飛行機の中、お前の両親は果敢にも反撃してきたのだ」
光の両親、光一(こういち)と涼子(りょうこ)はかつてVANを壊滅寸前にまで追い込んだと聞いた。その際、瀕死のアグニアを間一髪でゼルフィードが助けたらしい。アグニアが死んだと思った光一と涼子は帰途に着いたが、その帰りの飛行機の中でゼルフィードの手によって殺された。その飛行機も墜落し、表向きは事故ということになっている。
光が知っているのはそこまでだ。飛行機の中でゼルフィードが光一たちと戦っていたことは知らなかった。
ゼルフィードは先手を取り、涼子に重傷を与えたらしい。オーバー・ロードして応戦する光一と、重傷を負いながらも戦う涼子に対し、ゼルフィードもオーバー・ロードで対抗したのだろう。
言葉少なに語るゼルフィードは、光を見下すように冷たい視線を向けてくる。光は黙ってそれを聞きながら、視線を見返していた。
(父さんも、オーバー・ロードしてたのか……)
光の力は両親から受け継いだものだ。閃光型の力は父親から、力場破壊は母親から受け継がれている。両親はたった二人で戦ってきたのだ。光一がオーバー・ロードをしていても不思議はない。
どれだけ寿命を削っていたのだろうか。
「所詮お前は一人だ……」
ゼルフィードが呟く。
確かに、光は両親の力を二つとも受け継いでいるとは言え、一人の能力者でしかない。どうしても手数は一人分にしかならないし、対応も一人分の思考でしか行えない。
「ヒカルは、一人じゃない!」
セルファが叫ぶ。
自然と、光の口元に笑みが浮かんでいた。確かに、最初は一人だった。だが、今の光は一人ではない。いつも隣にはセルファがいる。直ぐ傍には修がいる。治癒能力を持ち、修を支える有希(ゆき)がいる。聖一も情報の面からバックアップしてくれている。
そして、今では刃を、ROVを味方につけた。
「手加減はせん、この命使い切ってでもお前を始末する!」
ゼルフィードの目が見開かれる。
虹彩の銀色が輝きを増し、防護膜が厚くなる。踏み込んだ瞬間、ゼルフィードの姿が消えたように見えた。今までの倍以上の瞬発力で接近してくるゼルフィードの突きを、光は真正面から見据えた。
空間破壊が光を守る。ゼルフィードの突きが光に到達するよりも早く、修の力場が空間を壊していた。ゼルフィードは光の身体を素通りするように真後ろへと移動している。そして、その時には既に光は修の力場の存在を察知し、ゼルフィードが転送された場所を把握していた。
光の回し蹴りを、ゼルフィードは薙ぎ払われる光の足を足掛かりにして跳躍してかわす。その衝撃と反動で光の足が軋むが、鍛えられた防護膜はその破壊力に耐えてみせた。
全方位に解き放たれる物質を分解する閃光を、光は力場破壊で大きく包み込んで掻き消した。
本気だ、と思った。
ゼルフィードは自分の命を全て使い尽くしてでも、光を殺そうとしている。いや、それだけではない。より多くの反抗勢力を巻き添えにしようとしている。そうでなければ、全方位に無差別攻撃などするはずがない。
オーバー・ロード中は攻撃を繰り出す度に寿命の消費は加速する。攻撃を多く行えば行うほど、寿命は急激に消費されていく。
「どうして、そこまでできるんだ……!」
光は歯噛みした。空中で力をばら撒くゼルフィードを見上げ、その攻撃を全て無力化しながら。
理由など解り切っている。VANが能力者の国を創るという目的において、レジスタンスは邪魔なのだ。同じ能力者であっても、敵対するのであれば容赦はしない。それがVANだ。
ゼルフィードには命を捨ててでも戦う理由がある。ただそれだけのことだ。
もっとも、それは戦うことを決めた能力者全てに言えることでもある。敵であろうと味方であろうと、戦う理由を持っているのだ。もちろん、光も。
ゼルフィードの攻撃を防ぐ球形の力場破壊能力に、閃光型の攻撃力を付与させる。そして、それをゼルフィードへ収束させていく。
しかし、力場破壊でゼルフィードの防護膜を消すには至らなかった。光の力場を突き破り、ゼルフィードが着地する。閃光型のエネルギー同士のぶつかり合いでは、オーバー・ロードしているゼルフィードに分がある。それに、光は防護膜ではなくただの力場で攻撃しているのだから、押し負けるのは当然だ。
オーバー・ロード状態のゼルフィードの精神力を上回るには、光もオーバー・ロードをする必要がある。それだけ、精神力にも差が生じているのだろう。
だが、光はオーバー・ロードを使えない。単純に見積もって、オーバー・ロードができるのは後一回、そう判断を下した。だから、光はその最後の一回をアグニアに対して使うつもりでいる。アグニア以外の能力者にその一回を使ってしまうわけにはいかなかった。
(だとしたら、どうする……?)
現状、ゼルフィードを押さえてはいるが、それが限界だ。オーバー・ロードしたことでゼルフィードの防護膜には物質分解能力が付加されている。防御のために身体に触れることすら危険な状態だ。肉弾戦で勝機を狙うのも難しい。
「セルファ、敵はゼルフィード一人だけなんだよな?」
「そのはずよ。今のところ、他に敵は侵入してきていないわ」
光は小さく問い、セルファからの返事を受け取る。
「まさか、オーバー・ロードするなんて言い出すんじゃないだろうな?」
空間破壊でゼルフィードの攻撃を全て掻き消し、修が口を挟んだ。
空間干渉により、戦闘に関することはその戦いに参加している者全員に流されている。修にも聞こえているのだ。同時に、修の言葉も敵を除く全員に運ばれる。情報のリンクはセルファの担当だ。
「大丈夫、それほど頭に血は上ってないよ」
光は答えて、閃光の鞭を水平に振るった。
ゼルフィードは光の両親を殺した仇ではある。だが、だからと言ってそれほど憎悪を持っているわけでもない。直接的にはゼルフィードが仇だが、原因を辿ればアグニアに行き着く。仇討ちをしたところで両親が生き返るわけでもない。復讐をしたとしても何も始まりはしない。
(俺が戦うのは、生きるためだから……)
過去のために戦うことよりも、未来のために戦う、そう決めてきた。両親の命を奪ったゼルフィードやアグニアは確かに憎いが、光にとってはセルファが何より大切だ。彼女と生きる平穏な未来のために戦っているのだから。
(まだ、感情を爆発させて戦う時じゃない)
そう考えれば考えるほど、頭は冷静になっていく。
きっと、この状況でなければもっと感情的になっていただろう。だが、今はまだ後がある状態だ。こんな所で、寿命を使い切ってしまうわけには行かない。いざという時に、寿命を使い切ってしまっては元も子もないのだ。
ゼルフィードのように、自分の命と引き換えに、などとは考えられない。セルファが望む未来には、光の姿もあるのだ。彼女のためにも、生き延びなければならないという思いがある。命を引き換えになんてできない。
頭を働かせて、知恵と今までつけた実力だけで乗り切らねばならない。オーバー・ロードのような、実力を無視するに近い行為をしてはならない。
(けど、このままでも駄目だ……!)
オーバー・ロード状態のゼルフィードと、光と修は現状互角だ。このまま戦い続ければ、いずれゼルフィードは自滅するかもしれない。だが、その前に光たちが疲弊し切ってしまう可能性もある。
(どうする……?)
ゼルフィードの蹴りをかわし、閃光の壁を叩き付けるようにして押し返す。弾き飛ばされたゼルフィードが着地した瞬間だった。
地面が、揺れた。体感できるほどの揺れがその場に届く。遅れてやってきた衝撃波と土煙に、その場にいる全員が身構える。最後に届いたのは、朱色の輝きだった。
落日の輝きをそのまま増幅したかのような閃光が、遠くで立ち昇っている。
凄まじいエネルギーが放出されている。そう直感が告げていた。
そして、あの輝きを、光は知っている。
「……何だ?」
修が呟いた。ゼルフィードも立ち昇る閃光に視線を向けている。
「兄貴……」
小さく、光は呟いていた。
あの輝きは晃のものだ。同じ力を受け継いだ光には判る。このエネルギーは、晃の力だ。だが、放出量は尋常ではない。まるで、最後の輝きだ。
「あ……」
セルファが事態を捉えたらしい。口を開き、言葉を紡ごうとして、止まった。
振り向かなくても、彼女の目が大きく見開かれているのだろうと、光には推察できた。
「……アキラは、裏切ったか」
ゼルフィードが囁くように口にした。
「クライクスは、上手くやったようだな」
続く言葉に、光は静かに目を閉じた。
全てを悟った。
晃が裏切る選択をした時、クライクスに始末を命じていたのだろう。部隊に引き抜き、面倒を見ていたダスクは個人の自主性を重んじる。だから、晃が光の側へ寝返る選択をした時、ダスクはその場で晃を殺そうとはしない。敵の側へ行き、次の戦場で出会った時に初めて殺そうとする。ダスクはそういう男だ。
ゼルフィードはダスクの性格を見抜いているから、彼ではなくクライクスに始末を命じたに違いない。決戦間際の今の状況で、晃の力をレジスタンスに渡すわけにはいかない。
そして、晃が死んだということは、彼の下へ向かった聖一も死んだということだ。相手が空間型能力者であるクライクスなら、尚のこと、聖一には相性が悪い。
「兄貴も、先輩も、死んだのか……」
立ち昇る命の輝きを見つめて、光は呟いた。
「ヒカル……」
悲しげなセルファの声を背に、光は駆け出した。
修が動く。ゼルフィードが身構える。
立ち昇る朱い輝きを浴びながら、光は蒼い閃光を放つ。
晃は何を思い、寝返ったのだろう。戦うことの理由を見つけられなかった兄を殺したくはなかった。敵になるのなら、晃なりの理由を見い出して欲しいとさえ思っていた。だが、光が知る中では、晃は結局理由を見つけ出すことはできなかった。だから、と、聖一は味方に誘うために本部へ向かっていった。危険を顧みることなく。
光には、解らない。
晃が最後に何を思ったのか、死ぬ瞬間に聖一が何を考えていたのか。
「こんなんで、俺が納得するとでも思ってんのかぁーっ!」
晃に向けて、光は叫んだ。
こんな中途半端な結末では、納得できない。どうして、もっと早く決断できなかったのだろうか。何故、こんな最後を迎えなければならないのだろうか。敵になるなら晃は光が殺す。そう決めていた。最後は自分の目の届く場所で看取るつもりでいたのに、叶わなかった。
聖一もそうだ。光が覚醒するずっと前から、生き残るためのネットワークを構築してきた。その主が志半ばで倒れていいはずがない。まだ、聖一が望んだ未来には辿り着いていないのだ。
握り締めた拳を、ゼルフィードへと叩き付ける。蒼い輝きを増したその拳を、ゼルフィードは間一髪のところでかわした。掠った頬が裂け、血が舞った。
修の力場が展開し、それを殺気として感じ取ったゼルフィードがその場から飛び退く。一瞬遅れて破壊された空間に飛び込み、光はゼルフィードの背後へと跳んだ。左足が地面に着くと同時に腰を捻り、右足で回し蹴りを放つ。
「お前も後を追わせてやる」
ゼルフィードが光の足を圧し折ろうと、物質を分解する手刀を繰り出す。
足に纏わせたエネルギーを解き放ち、その反動で光は強引に右足を引いた。放たれたエネルギーをゼルフィードはオーバー・ロードによる攻撃で相殺し、光へと突きを繰り出す。
光はその突きを避けようともせず、引いた右足を軸に左足で蹴りを放つ。ゼルフィードの突きが光に触れる寸前に、修の力が空間を破壊する。ゼルフィードの突きが破壊された空間を突き抜けて光を避けていく。
「俺は、お前を否定する――」
ゼルフィードに足が接触する瞬間に、光は力を引き出す。
死ぬことは怖い。寿命を使い尽くすのも怖い。それでも、今、それに匹敵するだけの力が要る。寿命を削るオーバー・ロードは本能がセーフティをかけている。生きるために命をすり減らすのは、本能に背く行為だ。だから、感情を爆発させでもしない限り、オーバー・ロードは使えない。
寿命を削らずにオーバー・ロードに匹敵する力を引き出すためには、寿命の消費に至る限界ギリギリまでの精神消耗を見極めなければならない。そのエネルギーを、攻撃の命中するインパクトの瞬間のみに全て上乗せする。それが、シェイドの使ってみせた力の上級使用法、イクシード・ロードだ。
「――それだけだ!」
親の代からの因縁でも、晃や聖一を始末する指示を出したことでもない。ただ、光はゼルフィードを敵として、その存在全てを否定するだけだ。死んでいった者たちに報いることにもなるが、それよりも、今を生き延びるために。
ゼルフィードの防護膜が防御のために厚みを増す。光の攻撃に耐えるために、カウンターとして足を分解するために、力が上乗せされていく。
「修!」
光の叫びと同時に、空間が裂けた。
蒼い輝きに包まれた光の足が空間を跳躍し、ゼルフィードの内側に突き刺さる。その瞬間に、光は身体の奥底に引き出し、溜め込んでいた力を一気に足先へと送った。
空間破壊で修が繋いだ先は、ゼルフィードの心臓付近だった。そこに現れた光の足先から、莫大な量のエネルギーが蹴りと共に放出される。ゼルフィードの左胸から蒼い閃光が噴き出し、爆発するかのように左半身が吹き飛んだ。
振り抜いた足が地面に着く。蒼い輝きの中に赤黒い血が混じり、その比率が次第に逆転していく。ゆっくりと傾ぐゼルフィードの身体を見下ろして、光は拳を振り上げた。
目を見開くゼルフィードは、敗北を悟ったようだった。悔しげに歪む表情は、アグニアへ向けたものだろうか。彼の防護膜は既に消えていた。
光は、地面に倒れ、跳ねたゼルフィードの頬を思い切り殴り飛ばした。頭が吹き飛び、ゼルフィードとしての原型を失う。
ゆっくりと、光は立ち上がった。
(イクシード・ロード……掴んだよ)
そして、少しずつ消えて行く朱色の閃光を見つめる。晃の命を、その目に焼き付けるように。鮮やかな朱に照らされた風景は、綺麗だった。少しずつ細くなっていく輝きに目を細める。
力を閉ざし、今までいたテントの方へと歩き出す光へセルファが駆け寄ってくる。
「寿命は、減ってないみたいね……」
安心したように、セルファが息を吐いた。
彼女にも、光がイクシード・ロードを会得したのが解ったようだ。
「お前……」
後を追って来て戦いを見ていたのだろう、サングラスをかけた大男が光を見て言葉を詰まらせた。 周りのレジスタンスたちは言葉を失っていた。光がレジスタンスの切り札であるという刃の言葉を信じられなかった者も納得したようだった。
「死体の処理、頼むよ」
苦笑して告げ、光はセルファと修を連れてその場を後にした。
「……大丈夫か?」
修が気遣う。
「まぁ、色々思うこともあるけどさ……」
少しだけ俯いて、光は言った。
何も感じない訳がない。晃と戦うことに悩み、覚悟を決めてきた。その思いが根こそぎ刈り取られてしまったようなものだ。聖一とだって、まだ話したいことは沢山あった。良い友人になれると思っていたのに。
「その思いは全部、明日力に変えてやるよ」
そう言って、光は口元に笑みを浮かべた。
明日、今まで抱えてきた全ての思いを力に変えて、アグニアを倒す。
そのために、今は身体と心を休めよう。思いは、心の奥深くに溜め込んで。
決戦は明日なのだから。
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