6÷2(1+2)の値は1か9か、について
6÷2(1+2)の値は何になるのか、というのがSNSで時折話題になる。計算方法が二通りあって、どちらが正しいか数学者でもわからない、ということらしい。
第一の計算方法は、まず( )内の1+2から計算をする。これが3になる。次に、2(3)を計算す流のだが、( )や文字の前の✖️は省略されるので、これは2✖️3を計算するのと同じ事になる。なのでここは6になる。最後に6÷6を計算して、答えは1となる。つまり
ところが第2ステップで、2(3)=2✖️3を確認した時に、ふと、式を見直すと、掛け算と割り算が連続していることに気づく。そういえばこういう時は、左から順に計算するという規則を、はたと思い出す。なので、6÷2✖️3を左の6÷2から先に計算して、3✖️3=9となる。これが第2の計算法である。
さてどちらのやり方が正しいのか。この議論の元となるSNSでは、氏名不詳の数学者の第2の方法で計算するのが正しいという言葉が紹介されている。また、342 万人が回答し、正解は 149 万人であっ たという。つまり、 43.6%の人が第2の方法、つまり左側優先で計算したわけである。
アメリカの数学者バーグマンは、6÷2(1+2)型の計算をする際に、左側の割り算を優先する第二の方法で計算するのか、右側の掛け算を優先する第一の方法で計算するのか、統一した見解はなかったと述べている(George Mark Bergman. ”Order of arithmetic operations; in particular, the 48/2(9+3) question.'' https://math.berkeley.edu/~gbergman/misc/numbers/ord_ops.html [現存せず])。また、Grape の調査では、数学者も計算機も答えはまちまちとのことである(https://grapee.jp/7355 )。実際、関数電卓では、アメリカのテキサスインスツルメンツの製品はTI-85のみが第一の方法で計算するので、6÷2(1+2)の値は1になるが、同社の他の機種は全て第二の方法で計算するので、値は9になる。一方、シャープやCASIOなど、日本製の関数電卓は、第1の方法で計算する。Google や Wolfram Alpha なとのウェブ上の計算エンジンでは、第2の方法で計算する。
四則演算においては、
①( )がある時は、その中から先に計算する
② 累乗は掛け算割り算よりも先に計算する
③ 掛け算割り算は足し算引き算より先に計算する
④ 掛け算割り算が連続するときは左から先に計算する
という計算順序のルールが存在する。
上の第二の計算方法ではルール④を適用して、左にある割り算を先に計算したのである。
ところで、計算順序には上の4つ以外にもう一つルールがあることを知っているだろうか?そのルールをを理解するために、次の式の割り算をしてみよう。
正解は、
である。2(x+2)を「割る式」と考えて、全てを分母に持ってきて、約分をする。ただし、約分は掛け算で繋がっているところだけで行うので、分母の x は足し算で繋がっているので、x は約分できない。
実は2(x+2)は2✖️(x+2)のことである。( )や文字の前では、掛け算記号を省略できるからである。しかし、2(x+2) を 2✖️(x+2)に直してから、
のように計算すると間違いとされる。6 x ÷ 2(x+2)という式の意味は、6x を2(x+2)で割ることだからである。
このような計算の仕方と注意は、文字式の単元ならどの教科書にも書かれている。
⓪ 掛け算記号が省略されたときはその部分を優先する
というルールが存在するのである。ルール⓪としたのは、先に挙げた4つの演算順序ルールのどれよりも優先するものだからである。
ルール⓪は文字式だけでなく、普通の数字の計算にも適用される。というのも、文字式の変形で、変数を含む二つの式が=で結ばれている場合、変数に同じ値を代入すれば、式の値も同じにならなくてなならないからである。例えば、
に、x=1を代入すれば、式の値は
になる。一方、
なので、左辺に x=1を代入した時も、右辺に x=1を代入した時と同じ値にならなければならない。ところで、左辺に x=1を代入すれば、
となって、問題の式になる。6÷2(1+2)の値は、第一の計算方法で得られた、1でなければならない。
2(x+2)のような掛け算記号を省略した式を項という。6x や 3 も項である。項同士の演算をする時には、項を一つのまとまったものとして計算する。2(1+2)も項である。それゆえ、2(1+2)を一つのまとまった部分と考え先に計算する方が、文字式の計算のしかたとも整合する。
おそらくルール⓪は計算をするときに人々の意識にあまり上らない。Google や Wolfram Alfa でも無視されている。なぜ意識に上がらないかは次のような理由が考えられる。
まず、演算の順序に関する先の4つのルールは小学校で教わるが、掛け算記号の省略は文字式を取り扱う中学校で初めて習う事なので、ルール⓪が出てくるのは中学校以降のことである。文字式の計算ではルール⓪を思い浮かべることができたとしても、それが数字の計算でも適用されると思うものはいないであろう。
次に、日本の数学教育学者の熊倉啓之は、『かけ算記号の省略については、中 1 の「文字と式」で扱うが、「掛け算記号が省略された部分については、優先して計算を行う」こ とについて、きちんと指導している教科書は一社もない』と述べている。私が調べた限りでも、ルール⓪を紹介しているアメリカの教科書はひとつもなかった。従って、ルール⓪を聞いたことがないという人も多いと思う。
なぜ、「きちんと指導し」ないのかといえば、文字式の計算においては、人は、6xや2(x+1)という項を自然に一つのまとまったものとして認識する傾向があるからである。今から100年以上も前の1917年にアメリカの数学者レネスは、「代数学における演算の計算順序についての議論」という論文の中で、2(x+2)のような掛け算型の式が「割る式」ならば、それををわざわざ分割して計算する人はいないと、述べている(Lennes, N. J. “Discussions: Relating to the Order of Operations in Algebra.” The American Mathematical Monthly, vol. 24, no. 2, 1917, pp. 93–95)。また、バーグマンは自分のクラスで似たような掛け算型の式同士の割り算の問題を出した時、誰一人として、割る式を分割して計算しなかったと報告している。
それゆえ、数値計算においてルール⓪を頭に思い浮かべるものは少なく、また、たとえ思い浮かべたとしても、数字の計算とは違うからと考える人も多いと思う。その結果、第二の計算方法のように、割り算から先に計算してしまったものが結構いたのではないかと思われる。