ごめんね私が間違っていた
一度しか会ったことがないのに、忘れられない患者さんがいる。
私がヒヨッコだった頃(昼職)、当時の職場で問診をとった女性の患者さんだ。化粧気がなく、こざっぱりとして美しい、どこか陰のある人だった。多分40歳くらいだったのではないかと思う。
生活歴を聞いたら若い頃に一度離婚歴があり、そこから徐々に調子を崩しやすくなっていたので、そのことについてもう一歩踏み込んで聞いた。
ふふ、と可笑しそうに笑う彼女は、しかし全く後悔していないように見えた。
すらりと伸びた手足に通った鼻筋、柔らかい目元。上品な身のこなし。
美しい人だけれど、20代の頃は人目を引くような華やかな美人だったのだろうと容易に想像がついた。相手はきっと相当裕福な男性だったのだろう。彼女もいい暮らしをしていたはずだ。
でも今目の前にいる彼女は、目の粗いコットンの、首元のくたびれたカットソーを着て、ノーブランドのコットンバッグを持って、汚れて元の色がわからなくなったスニーカーを履いていた。頰は痩け、毛穴は開き、目の下にはくまが目立っていた。そして何より不眠とパニック発作に悩まされていた。
彼女はそこまで深刻な状態でなかったから、カウンセリングもしなかったし、頓服をもらってそれきり職場には来なかった。本当にたった一度、それも1時間弱話を聞いてカルテにまとめただけだ。
でも私は彼女のことが、その後何年経っても忘れられなかった。
彼女の結婚と離婚に関する話と、それを話す彼女の表情や醸される雰囲気が忘れられなかった。
どこか哀しそうな、でもスッキリ気持ち良さそうな、
昔を懐かしむような、悔やむような、でも野生動物みたいに自由な、彼女の顔。
それから何年も経って、まさか自分が同じような経験をするとは思わなかった。
彼女は私にとって、予言者みたいな人になったのだ。結果的に。
***
先日、大阪のお客様が東京に出張に来ていて、そのホテルで中華を食べた。彼はフカヒレが食べたいと言っていたにもかかわらず姿煮の値段を見てビビってしまい、結局私たちはフカヒレとカニのスープ1人前をそれぞれ飲んでいた。
「俺んとこは一流企業じゃないから、一流大学の学生なんか取れんわけよ。二流三流の、上からはじかれてきたやつの中からましなのを選びとらんといかんわけ」と彼は嘆いていた。採用面接の話だ。苦渋を嘗めながらじわじわと利益を出して生き残ってきた、中小企業の社長である。
徐々に酒が進んで、私の結婚の話になり、離婚の話になった。(彼は私が再婚したことを知らない)おじさん、若い子と飲んでると、なんか人生のためになること言ってやらなきゃとか思って説教モード入りがち。
「旦那さんはえらい稼ぐ人やったんやな?年収2000てとこか?そのままいったら3000,5000コースやったな。生活費も全部出してくれて、お小遣いも持たしてくれて、プレゼントもくれはって。そんな風に大事にしてもろて、なんで別れたん?」
いつも、何度も、聞かれる質問なのだけど、いまだにうまく答えられない。
「今思うと、私が未熟だったんだと思います。当時彼にも言われたんですよ、『君は社会というものをわかってない、あとで絶対に後悔するよ』って。その時は後悔なんかするかボケエって思ってたけど、確かに私は社会をわかってなかったですね。ある意味では彼の言う通りでした」
「今からでもヨリ戻せるんちゃうの、話聞いてると君まだ未練があるみたいやし」
「いや、未練というのは無いです。今も相手が何してるか全く知らないですし」
「でも、その口ぶり!連絡先消せずにいるっちゅうことは、まだ気持ちがあんねんやろ」おじさんは面白そうに笑う。
気持ち、
ではない。
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