港区のマンション一棟を餌に再婚を迫る男の話
「事実は小説よりも奇なり」と言ったのはイギリスの詩人だが、歳をとるにつれ真理だなあと思う。
私はやや人の道を外れてきたところあって、奇妙な経験は多い方だと思う。いろんなエキセントリックな人たちと関わってきた。
「いろんな」と言っても、夜職か精神科で出会う人がほとんどだったからデータは偏っているが。
とにかくそういう人を見ていると考えざるを得ないのだ。
人生における成功とは、幸せとは、いったい何なのか、と。
今回話すのはほとんど腐れ縁と言っても良いお客さんの話だ。タイトルの通りかなり拗れている。彼とはもうかなり長い付き合いになる。noteにも何度か登場している。
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彼は1960年代に都内の裕福な家に生まれた。
父はかなり成功したサラリーマン。母は専業主婦で何不自由ない暮らし。
知的にもそれなりに高く、整った環境で兄弟ともに良い教育を受けて育った。
優良大学を卒業後、いわゆる日本の大企業に入社して順調に出世。海外駐在員になるタイミングで当時の彼女と籍を入れ子どもを授かり立派な家庭を築き上げた。絵に描いたような平成の「勝ち組」だ。
そんな彼の人生に翳りが出始めたのは、50代に差し掛かる頃。
子育てに仕事に奔走してきたが、気がつくと子どももだいぶ大きくなり、夫婦仲はすっかり冷め切ってしまっていた。自分がただのATMになっている虚しさを感じ、彼の心は離婚に傾いていく。
そんな折、海外駐在中の都市で日本人向けのクラブに出入りするようになり、久々に心の通う会話を楽しんだ彼は、やはり第二の人生を歩もうと決意する。
(この辺りから、彼の“幸せ”な人生が決定的に崩れ始める)
そんなわけで私が彼に出会った時、彼は既に別居状態で離婚の協議中だった。
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それが多分、初めて交わした会話だ。私たちは海外のクラブで出会った。
私はZARAのセールで買った安いドレスを着ていて、彼はカフスボタン付きのシャツにオーダーメイドのスーツを着ていた。
「医療関係なんだね。僕は医療に携わる人を尊敬してるよ。尊い仕事だ」
彼は真面目な顔をしてそう言った。
私はその時なんて返事をしたかもう忘れてしまったが、昼にどんな職についてるかなんて興味ないくせに尊敬なんて言葉使うなよ。ヌーブラの人工谷間に目線が泳いでるじゃねえかよ、と思っていた。
まさかこんなに長い付き合いになるとは思いもしなかった。
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