見出し画像

「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」の小道具と心理についてのレポート


※これは僕が大学生の頃に書いたレポートです。


 「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」は、男女混合5人+αの6人の、成長期にある若者たちの感情がぶつかり合うアニメーション作品である。

前半は特に宿海仁太に焦点を当てて物語が進行するため、各キャラクターの内面が直接的には伝わりにくい。
後半になるにつれて各人の「あの日」、つまり本間芽衣子が死んだ原因を作ったと5人それぞれがそれぞれに思っている日に関する心情が、視聴者にもキャラクター間にもわかりやすくなっていくという構成になっているわけだが、こういったキャラクターの内面をさりげない伏線として描くためにこのアニメが採用している方法、それは小道具の活用である。
今回私は、演出の方法としての小道具に着目して、「あの花」を読み解いていこうと思う。


 まず一つ重要なアイテムとして、5人が秘密基地で使っているマグカップの存在がある。これの初出はオープニングの映像で、本編中に初めて出てきたのは4話の松雪集を除く5人が秘密基地に集合した場面。持ってきたのは鶴見知利子である。
このマグカップ、実はその後物語中にときどき登場し、本間芽衣子を除く5人のメインキャラクターの心理描写を表している。
そのシーンごとに、5人の距離を象徴し、ひとところに集まったり離れたりして画面に登場する。

例えば、5話では偽めんまの正体が集だったことを受け、各キャラクターの思いがそれぞれすれ違っているため、4人のコーヒーカップは微妙な距離感を持って置かれている。
そもそも5話の時点では集のマグカップは登場していないが、これは3話を発端とした偽めんま騒ぎ~集の一応の心の整理が為される流れを汲んでのことだろう。
また、本間芽衣子が宿海仁太以外には見えていないことによって彼女用のマグカップが用意されなかったが、マグカップが持つ役割は実家から出てきた日記帳が引き継いでいる。
最終話のラストシーンで5人のマグカップとめんまの日記帳が一緒に写るところからも明白である。
実際に劇中でマグカップだけが写されるシーンがそれほど多くあるわけではないのだが、毎話見るであろうオープニングとエンディングの映像の、印象的なシーンにこれを持ってくることによって、視聴者の無意識下にこれが5人の人間関係を象徴する重要な小道具であることが印象付けられていく。
 

もっと目につくアイテムといえば、宿海仁太の着る文字入りシャツだろう。これはキャラクターデザイン・総作画監督の田中将賀が独断で決めたもの(オトナアニメ Vol.21・洋泉社・2011年8月8日発行P.71より)だというが、それにしてはシナリオとうまく合致したも文字がチョイスされている。

1~2話の前半では「地底人」。このとき仁太はまさに地底人のような日陰での生活を送っているし、最終話の後半では「真心」という文字のシャツを着ている。これも「真心」でもってめんまを送り出そうとしていなかった仁太(及び他の4人)を象徴する、大変わかりやすいワードである。仁太の立ち位置や、その回での心の動きを象徴する小道具として役立っていると考えられる。

 ここまでは心理描写や人物関係を暗に象徴しているアイテムについて書いたが、次に書くパッチン――つまりヘアピン――はかなりストレートに物語に絡んでくる小道具である。これは「あの日」に集が芽衣子にあげようとしたものだったが、当の芽衣子に仁太を優先されたために集はそれを道に捨ててしまう。(回想される「あの日」のシーンを見てみると、集がしきりにポケットをいじっているのがわかるが、これはその後芽衣子に渡すことを考えての行動だろう)5話で集が女装用のカツラにつけていたヘアピンは真新しかったので、後から買いなおしたものであることがわかる。
なぜわざわざ買いなおしたのか。それはやはり「俺の大好きなめんま」にヘアピンをつけて欲しかったからだろう。集は「あの日」を悔いていつつも、絶対にあり得ない、告白が成功したIFの未来のめんまを望み続けている。

対して、鶴見知利子がつけていたのは見るからに劣化したヘアピン。
ここから、これは幼少期の集が捨ててしまったものを知利子が拾ったものだということが推測出来る。
知利子は「最初からめんまになんてかなわないってわかってたもの」と最終話で言い放つが、かなわないと知りつつも憧れざるを得ない、どうしようもない気持ちがこのヘアピンに込められている。

「あの花」は男女混合の6人で集まった超平和バスターズの物語である。

年頃の子供たちがそうして集まれば、恋愛感情が絡んでくるのはまず間違いない。
この作品で「恋愛」は重要なキーワードの一つであって主軸ではないのだが、しかしこのヘアピンは「恋愛」要素の中でも「めんま」と「ゆきあつ」と「つるこ」の関係について言及する際絶対に外せない小道具であり、キャラクターごとに持っている心情表現のアイテムであるという点で仁太の文字入りシャツとも通ずるところがある。


 「あの花」では、最初に述べた通り序盤は仁太にカメラが寄っているために他のキャラの内面が隠れており、それを象徴するために小道具が使われていることが多いが、後半にかけて各人の内面が見えてくるにつれ、その心理表現の効果も更に増していっているように思える。

直接的な会話による感情のぶつかり合いではかなりの頻度で喧嘩のようになってしまう若い彼らだが、その実際の内面を小道具を通して感じたり、強調されている感情を読み解いていくのも、この作品の楽しみ方である。
「あの花」という物語を読む上で、小道具たちの存在は重要なエッセンスなのである。(2276文字)

【参考文献】
『オトナアニメ』 Vol.21・洋泉社・2011年8月8日発行


いいなと思ったら応援しよう!