久しぶりに松本に行った話 2日目
朝7時に目が覚めた。
全身がギシギシのバキバキで
二日酔いも相まってコンディションは最悪だった。
のどが渇いたので西友へ。
朝から日差しが強くて
澄んだ空気が一層、それを痛く感じさせた。
とりあえず、でっかいポカリを2本買って帰った。
マーシィクンが起きてきたのは11時ごろで
日頃の疲れもあるだろうに、一層ありがたく感じた。
ミナミチャンと3人でだらだらとコーヒーを頂いて
「そろそろ『ババジィ』行くかぁ。並んでるかもな」
2.ババジィ
『ババジィ』とはインド料理屋である。
個性的な店主の人柄もあって、人気急上昇中らしい。
行きの車内でマーシィクンが
B'zのウルトラソウルを流しそうとして
ミナミチャンがしっかりキレてたのがおもしろかった。
目立たない外観のお店だった。
店内は薄暗く、それがまたインド料理屋として説得力を増す。
ちょうど1卓だけ空いていた席について、みんなでメニューを見たが
ちょっと、何が書いてあるのかわからなかった。
自分はもちろん、ビリヤニを。
マーシィクンとミナミチャンは
マトンのやつとドライカレーっぽいやつを選んで
最後に、チキンティッカとラッシーを注文した。
料理を待っている間、マーシィクンが
あれが美味かった、これが美味かったと教えてくれたが
ひとつとして、料理名に確かなものはなかった。
途中、ブレーカーが落ちて店内がさらに暗くなったりもしたが
それすらも愛おしい、いい雰囲気のお店だなと感じた。
ちょうどいいタイミングで、次々と料理が配膳され
何がどれやとみんなで確認しあう。
マーシィクンとミナミチャンの料理は思ってたのと逆で
それすらもエンターテイメントでみんなで笑った。
念願の、本物のビリヤニをいただきながら
みんなの料理も少しずついただいた。
どの料理の、どの部分を食べてもバカ美味しくて
本格的だとかそういうのじゃない
ここのお店の人は、料理が異常に上手いんだと思った。
特にマトンのやつと、チキンティッカあたり
これだけで、松本へ来た「甲斐」があった。秒で報われた。
(ビリヤニについては、また違う記事で書こうと思う)
3.牛伏川
『ババジィ』を後にして、車に乗り込んだ。
「山にキノコの様子を見にいかなあかんねん」と
マーシィクンが訳のわからないことを言ってて
彼なりに、精一杯もてなしてくれているのがわかって嬉しかった。
車の中で、気象予報士の必要性についてのラジオを聴きながら
この人たち、話はうまいけど喋りは下手だと、いつもと同じことを思った。
山のふもとの駐車場で車を下りた。
この日は特別、暑かったらしく
下りた瞬間、マーシィクンもミナミチャンも首を傾げていた。
ミナミチャン曰く、「いつもは寒いくらい」らしい。
これには、マーシィクンも誤算があったようだ。
熊鈴アプリを流しながら、3人でとゆっくり山道を登る。
草も木も虫も多種多彩で、植生が豊かだ。本物の豊かな自然。
『牛伏川フランス式階段工』について、説明はwikiに譲るが
昔の偉い人が、新潟あたりの河川による水害の原因が
この牛伏川の上流にあることを突き止めて、施工されたものらしい。
歴史と叡智のロマンを感じる、素晴らしい砂防施設である。
「まだ早かったかもなぁ」と、マーシィクンは木の根元に目をやる。
どうやら、本当にキノコを探しに来たらしい。何かの隠語かと誤解してた。
道中、ポルチーニや毒キノコについて、種々の解説をしてくれた。
とにかく、食用になるキノコは探さずにはいられないものらしい。
長野県民とは、そういうものなのか
それとも、マーシィクンが相変わらず変人なだけなのか
ここでは判断がつかなかった。
僕らはキノコを探したり、飛び石をつたって川を渡ったりして
2号あたりまで行ったところで山を下りた。
たぶん、中腹の『マツケンゴヤ』まで行きたかったようだけど
幾分、暑すぎたんだろう。余裕をもって帰路についた。
帰りに、小さなお総菜屋さんに寄ったんだけど
そこの店のおじさんも、不思議なことを言っていた。
「もう少ししたら、キノコの季節ですねぇ」
4.ネオン
ひとまず、みんなで家に帰り
ゆったりとした時間を過ごした。
2人から聞く「モジュラーシンセ」の話は
すごく小さい宇宙の物語の様だった。
雨雲レーダーを見ると、松本以外は全部雨だった。
ミナミチャンは夜、近くのクラブイベントに行くらしい。
僕とマーシィクンは夕刻、車で長野市へ向かった。
15年は行ってないかもしれない。久しぶりのネオンだ。
E19は山とトンネルしかなくて
トンネルを抜けるたびに、天候が極端に変化していく。
頭の中はハイドロブレーニングでいっぱいで
さらに帰りは、暗い中、ここを通るのかと申し訳なく思った。
長野市街に着くと、雨は上がっていた。僕たちはツイている。
久しぶりの権堂は、難しい間違い探しくらい変わっていないように見えた。
ネオンの前には、タバコを吸う人たちが灰皿を囲んでいて
開演時間の際にしては、みんなホカホカした顔をしていた。
中に入り、受付を済まして、ハートランドをいただく。
通常ブッキングにしては、入ってるように思ったがどうなんだろう。
もう次の演奏が始まるところだったので、席を探していると
コバヤシがいた。あぁ長野市に来たんだなぁと実感が湧いた。
席について、しばらくするとマーシィクンが笑顔で囁いてきた。
「アラチューさんが出るらしい。今日はエエモノが見れるで」
”アラチューサン?聞いたことない名前やなぁ”
「『Note』でベース弾いてた人や。今日はアタリやで」
”あの『邪念』の極悪なフレーズ弾いてた?”
「そうそう、その人や。合ってる」
それから僕らは、一番前の席で並んでライブを見た。
全部を述べることはできないが、どの演者にも価値があった。
ネオンに来て良かったと思った。聖地としてのカタルシスもあった。
4.5 ブレイコウ
特に『ブレイコウ』というバンドが最高だったので、書かざるを得ない。
先述の「アラチューさん」がいるバンドだ。
正直、ステージに上がってセッティングしている姿を見て
すごく嫌な予感がした。これはあまり良くなさそうだと思ってしまった。
ロックンロールに溺れた惨めなオジサンを、僕はたくさん見てきたから。
スタンダードなロックンロールナンバーからライブが始まった。
なかなかに上手い。技術的にはなんら問題がない。
馬鹿でも楽しめるのが、ロックンロールのいいところでもある。
くらいに、上から目線で構えていた自分の傲慢さを悔やんでいる。
演奏に、特にギターのフレーズ選びにとんでもなく教養を感じた。
真似事ではない。このギターの人は「研究家」だ。
ロックンロールの皮をかぶって、中身はウィルコジョンソンの様で
王道を知るからこその、横道の攻め方、チャレンジングスピリット、
愛と執着がある。これはロックンロールに迷い、悩んできた人の演奏だ。
こんなもん見せられたら、自分も心に火がつくやないか。素晴らしい。
「アラチューさん」もヤバかった。
ベースは完全にアラチューさんの「支配下」だ。
全てをコントロールしている。この人もまた、違うタイプの「研究家」だ。
ギターの人とは別の方向で、沼の底で悟りを開いたような
静かに目を開いて、その瞬間の切れ味たるや、という演奏だ。
マーシィクンの言う通り、これは「エエモノ」としか言いようがない。
なぜこの人を知らなかったのか。僕の人生で、それは不運なことだった。
この二人が、フロントでまさにフュージョンしていて
己の愛を、その執着を奏でるのだ。涙がこぼれそうになった。
僕たちはいろんな言い訳をしながら、バンドを蔑んできた。
そうではない、言い訳はいらないバンドの美しい姿を、しかと拝戴した。
これは人生だなぁ。人生だなぁと、今もスルメのように噛みしめている。
曲の構成も、エンターテインメントの権化で
自己愛と執着を、サービス精神を以て落とし込んでいったアイデアの数々。
どこにも偏りがないようで、どこをとっても偏執なもので
楽しくて楽しくて、もっと見たかった。また見たいと思ってる。
こんなオジサンになりたいと憧れている。人生はまだ先がある。
5. タイコバン
ライブが終わる頃には、権堂はしっかりと大雨で
二人で車の中に置いてきた傘について、言っても仕方がないことを言った。
権堂でご飯でも食べようやということになって
ナッチャンに教えてもらったという『タイコバン』というお店へ行った。
それは雑居ビルの一階、奥まったところにあるラーメン屋さんで
僕らは一番奥の小上がりへ通してもらった。
雨で濡れたサンダルを脱いで、少々申し訳なく思いながら着席した。
瓶ビールとラーメンと餃子を注文して、待っている間に僕は
いかに『ブレイコウ』が教養に溢れる構造だったかを早口で捲し立てた。
料理はすぐにテーブルに運ばれてきて
マーシィクンは「この餃子、美味いなぁ」と舌鼓を打っていた。
僕もいただいてみると、確かに凡百の餃子ではなかった。
ラーメンも餃子も、見た目は古風なのに、どれもちゃんと美味しかった。
ここもまた行ってみたい。思い出スタンプが増え続ける。
真っ暗なE19をまた走り抜けて
松本の家に着いた時には、日付が変わっていた。
マーシィクンに”今日はフルでアテンドしてもらって、お疲れやろ”と聞くと
「結構、このくらいのことはあるで」と返ってきた。
にしても、疲れたと思う。ありがたいなぁと思う。
ミナミチャンはまだ帰ってきてなくて
僕は、冷蔵庫のビールを4本いただいて、お風呂に入って寝た。
ここ何年かを顧みても、満足度の高すぎる一日だった。
改めて、心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。
僕からは以上。
また追って連絡し〼。