『お盆、俺たちはどうなんだ』+α

「こないだ、ツヅキってやつがテレビでさぁ…」
ランニング用のハーフパンツに、昔のユニクロのカノコポロシャツ
カリマーのバッグパックとストラップサンダルを身に着けた
そいつの名は『シャチョウ』。学生のころからそう呼ばれている。

「ノースフェイスはゴールドウィンやからなぁ」
これまたハーフパンツにコロンビアのTシャツ
大型連休を自身の髭の長さで体現し続ける
こいつの名は『ダイジロウ』。我らがファッションリーダーである。

「にしてもボックスロゴは手を抜きすぎやろ。環境保護活動なんて…」
イオンで買ったGERRYのハーフパンツにリカバリーサンダル
最低限の荷物すら入らないウエストポーチにアドベンチャーハット
考えるより先に口が滑るのが『僕』だ。時刻はまだ宵の口。

俺たちの話を聞きながら、『マサクン』は紙巻き煙草を作り続ける。
「『シャチョウ』、喫茶店みたいなんやるしかないで」なんて言いながら
先にアガって、ジンジャエールをちびちびとやっている。
効き過ぎた冷房のせいか、しわくちゃのヘンプシャツを羽織っている。

「3000頭身?やっけ。なんか芸人のツヅキってやつが」
「いやそれは4000や、四千頭身」
「そうそれ!そのツヅキってやつがテレビでさぁ」
”3000も4000も、頭身なら大差ないよなぁ”
「英国紳士を目指すなら喫茶店のマスターみたいなんが似合てるで」
「ツヅキのファッション理論を聞いて、なるほどなぁと思うねんけどさ」
”理で言えば差し色を合わせるとか。理屈はあとから付いてくる”
「なんかトゲトゲでさぁ、全然かっこよくないのよ」
「基本、俺は機能性やな。機能美って言葉があるようにさ」
”無理やり価格を高くするにはトゲをつける、ドメブラの悪いとこや”
「でも君らはお兄ちゃんお姉ちゃんおってさ、僕は長男やったから」
”僕んとこは姉やったし、なんの参考にもならんかったなぁ”
「俺は兄貴の服を勝手に着てケンカになったりしてたけど」
”こいつは服を下に見てる!確かにそういう生来のものはあるわな”
「ツヅキの言ってることはもっともやねんけど、全然かっこよくなくて」
「身の丈に合わんというか、服に着られてるヤツってのはおるよ」
”コロンビアも量販されてる割にある程度の品質保ってるのは価値があって”
「俺が昔買ったパタゴニアはもうジッパー周りがあかんくなって」
「僕のやつもな、なんか裏側からボロボロ剥がれてきてめっちゃ散らかる」
”そうそう、ジップ裏の当て布?みたいなやつが一番最初に劣化するんよな”
「とにかく、ツヅキがカッコよくないんよ!ファッションとはなんだ!?」
”ボックスロゴいい加減にしろよ手抜き過ぎやろ!何の価値もねえ”
「ノースフェイスはゴールドウィンがやってるからな、効率ええんや」
「そんなん家建てて子ども育てて、服に何を求めるんや」
「ようやってるよな。俺は会社の醜い派閥争い、心底イヤになるわ」
”お前はいつ単身赴任終わるねん。毎年毎年そろそろ、そろそろや言うて”
「俺も会社には言ってるよ。言うてるけど逆らえんからなぁ」
”お前が帰ってくるより先に、村上春樹がノーベル文学賞取るぞ”
「ははは、春樹ストたちが阿佐ヶ谷あたりで白いシャツ着て」
「赤ワイン飲みながら本読んで。集まる意味わからんよな」
”お前が帰ってきそうになったら『羊をめぐる冒険』用意しとくわ”
「まさにこの世の大迷惑やでほんま」
「でもあれは3年2ヶ月って期間決まってるだけ親切ちゃうん」
「たぶん2月に引っ越して、3年と2か月って感じかな」
「ほな忘年会あたりで言われたんやろな。年末ソングなんやな」

飲み屋にて

『ダイジロウ』は『僕』のアルバイト仲間でバンド仲間
『シャチョウ』は『ダイジロウ』の大学時代のゼミ仲間。
『マサクン』と『僕』は同じ高校のワンゲル部の先輩後輩の同い年で
『ダイジロウ』と『マサクン』は”シュウタロウサン”の仕事で知り合った。
『僕』と『ダイジロウ』と『マサクン』は不定期にバンド活動をしてるし、
『ダイジロウ』と『シャチョウ』は名字が一緒で
『マサクン』と『シャチョウ』は名前が一緒。
『ダイジロウ』の奥さんと『シャチョウ』の妹は名前が一緒で
誰が何でどうなのかを説明するだけで一生が終わるくらいに絡まっている。

年に2回、俺たちはなぜか集まって飲むことになっていて
それ以外はびっくりするくらい何もない。俺たちはどうなんだろう。

「こないだ息子と夜中に流れ星見に行ってさ」
「なにそれ、むっちゃええやん。流れ星なんて見えるもんなん?」
「もう小6やからな。こないだは神保町の古本屋に連れて行ったで」
「ええ趣味やなぁうちの息子もそんなんなってくれたら理想やわぁ」
「なんか古地図が好きらしくてな。せっかくやからって行ってきてん」
”そういうの覚えてるからな子どもは。覚えてないこともいっぱいあるけど”
「『シャチョウ』んとこはこれからや。男同士のなんとかでええやん」
”僕も初めて連れてってもらった2国ラーメン、いまだに好きやもんな”
「ははは、昔っからお前2国ラーメン好きよな」
””イカクン”とか”オオタニ”は嫌な顔するねん。もっこすがええ言うて”
「でもええ話やなぁ。俺も息子にそんなんできるかな」
「亡くなったお父さんそんなんしてくれはらへんかったん?」
「痕跡はあるけど、いろいろ気づいたんはおらんくなってからやなぁ」

飲み屋にて

夏が好きだ。飲み屋を出て、熱気を帯びた夜の街。
このまま寝っ転がっても凍え死ぬことがないから、夏が好きだ。



~~~~~~~~~酩酊~~~~~~~~~~


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それから俺たちは”イッキュウ”の店に行った。
”イッキュウ”の店は死ぬほどうるさくて居心地が悪かった。
僕は『シャチョウ』の癲癇が発症しないか、内心冷や冷やしながら
気づけば酔いに任せて、最近の良くない話をまくしたてていた。

『ダイジロウ』に終電は?と聞くと
すわった目で「ええねんええねん」とハイボール。
こいつは怒った時に笑顔になったり
楽しい時に急に覚悟を決めた劇画調の表情になったり
付き合いは長いが本心を隠す癖がある。今日はどっちだろうか。
お会計が¥11,200だったが、僕の財布には2千円しかなかった。

『マサクン』の家に泊めてもらうことにしてタクシーへ。
自分の借金だけを数えながら、戒めとして今ここに記している。
¥2,200な。11200÷(4‐α)+2200。=△5,000を忘れない。

久しぶりに来た『マサクン』の家は、リノベで床が高くなっていて
ギターを弾いたり、良くない話をしたりで夜は更けていった。
時計を見れば午前四時。良くない怒りに任せて僕は家を出て
さっきタクシーで来た道を歩いて帰ることにした。

『マサクン』の家で寝るのが嫌だったわけではなく
歩いてみたくなったのだ。とにかく歩きたかった。
ほら最近、毎朝ウォーキングしてるし。ほんとそれだけ。

山を下りて、車崎トンネルへと歩いて入る。
車では何度も通った道だけれど、歩道はビックリするほど狭い。
トンネルの中は何故か泥濘だらけで
今の僕にはちょうどいい。なんでもかかってきやがれといった気分。

駅について、始発までの30分が
ここ最近、感じたことのない長さだった。
始発が来て、昨日を終えそびれて今日に至る人の群れが
ゾンビのようにうなだれたまま詰め込まれていった。

”ありがとうございました”とLINEだけして
駅からの帰り道、朝の農道を歩いて帰った。
道行く電柱一本一本を本気でどつきながら
良くない感情をコントロールできないことがつらかった。

朝六時、エアコンをつけたままの部屋に帰って布団へ飛び込む。
全身が痙攣して痛くて、代わる代わる筋肉がひきつってそっぽを向いた。
「今日は具合が良くない」とメールして、2リットル水を飲んで吐いた。

「俺も最近あちこちガタがきて~」なんて常套句だけど
僕は心にガタがきてる。一度も話が嚙み合ってないだろう?
それがハッキリとした一日だった。

来週は松本だ。それまでになんとか整えたい。

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