『シン・二郎系ラーメン、世界平和』

『虫が入るから扉閉めて!』

入り口には乱暴な文字で、そんな張り紙がしてあった。
"これはハズレひいたなぁ"と、心底、自分の軽率さを恨んだ。

時刻は18時30分を過ぎたところ。
これから別の店を探すのはちょっと億劫だ。
しかもここは、田舎では珍しい二郎系ラーメンの店。
ここでしか食べられないと言っても過言ではないのだ。
せっかく来たんだからと、思い切って扉を押し開いた。

「ズクカジャカズクジャカズクカジャカズクジャカ……」
レジ横のスピーカーから、異様にヘヴィな音楽が流れている。
その上には、往年のロックスターの名前が書かれたタオルや
モノトーンながら黄ばんだ、ライブコンサートの写真が飾られている。

「シャッセー、アイテルセキドゾー」
THIS IS ヤンキーなホールアルバイトに声だけで促され
一番奥のカウンター席に着いた。
天井のスピーカーからは、R&Bとでもいうのか
伸びやかで、物憂げな女性の歌が聴こえてくる。
遠くからは相変わらず「ズクカジャカズクジャカ……」んー不快だこれは。
居心地の悪さを噛み殺して、分厚いメニュー表を手に取った。

『田舎なので、虫くらい店の中に入ってきます!』
テプラで表紙に大きく闘龍書体。なるほど、こいつぁご挨拶だね。
続いてページをめくると、とんでもない数のメニューが飛び込んできた。
やれ麻婆豆腐だ、うどんだ、焼肉丼だ、カレーライスだ、
ハンバーグだ、オムライスだ、ステーキだ、海鮮丼だ……
すべての文字と写真が、はしたなさ全開で、ド派手に訴えかけてくる。
歌舞伎町の看板でも、もうちょいメリハリあるやろ……何屋やねんここは。

ベラベラベラとめくること5枚ほど、ようやくラーメンの写真が出てきた。
豚骨ラーメン、つけ麺、家系、油そば、担々麺、冷やし中華(限定!)……
麺類も、負けじと種類が多い。多すぎる。二郎系どこやねん。

なんでかな、鯉に餌をやるときの、あの妙な気持ち悪さを思い出しながら
メニューのケツのほうまでめくって、やっと二郎系のページに辿り着いた。

!!!『当店名物、二郎系!お残しは許しまへんで!』!!!
そんなおすべり文言を先頭にして、ずらりとよくわからない名前が並ぶ。
どうやら、店頭のロックスターにちなんだ名前を付けているようだ。
(特定を避けるため、ここでは書けない)

その独特で、お世辞にもセンスが良いとは言えない商品名の横に
黄色いテプラで(汁なし)、(味噌)、(黒)、(魚介)と簡易な説明が足されている。
すべての価格の部分には、馴染まない白いテプラが貼ってあって
最近になって、価格が改定されたことが見て取れた。ままあることね。

メニューの最後、裏表紙の部分は白紙になっており
その上にベタベタと、これまた大量の白テプラが貼られていて
『二郎系の心得!』
『ニンニク・ヤサイは、注文時に【必ず】お伝えください。(アブラ別売)』
『カエシはお客様の【目の前】にあります。(カラメはありません)』
『原材料費高騰のため、【ご協力】よろしくお願いします。』
『麺は、茹で前で【300g】あります。(小は200g・大は400g)』
『当店は、太麺なので【少々】お時間がかかります。』
『お食事後は、【速やかに】ご退店ください。』
わかったわかった。もうお腹いっぱいよ。うっせえわ。

ヤンキー店員を呼んで、二郎系の小、ヤサイマシ(¥1,190)をオーダー。
返事もなく食い気味に、厨房に向かって「ショーヤサイマシッチョー」と叫ぶヤンキー。
奥から荒々しく「アイヨオオオ!!!」と、怒号に近いコールが響いてきた。
厨房は陰になっていて、ここからでは中を窺い知ることはできない。

それにしても、よく流行っている。
カウンターは6席、テーブル席が4卓。
二郎系にしては広いと思う。田舎だから仕方ないか。
自分が入店してから、あれよあれよと席は埋まり
くすんだガラス窓の外には、待ち客の姿も見えている。

目の前の、砂漠から発掘されたばかりの風体なコショーや
ラー油が入ってたであろう、朱色の空っぽなプラ容器を眺めながら
食べきれるかなぁ、大丈夫かなぁ、とベタなこと考えて時を待つ。
天井のスピーカーから、女性の似たような歌が代わる代わる流れ
遠く「ズクカジャカズクジャカ……」はエンドレスでリピートしていく。
なんだか、とっても永い時間、待っているような気がする。

いや、何かがヘンだ。この違和感はなんだ?
時計を見た。時刻は19時を少し回ったところ。
確かに30分ほど待ってることにはなるんだけど。

今、この店は満席だ。自分の席からそれは確認できる。
なのに、どこの席にも料理がない。ひとつも来てないのだ。
よくよく見ると、真後ろのテーブル席では、大学生くらいの男の子たちが
「オソクネ?オソクネ?」と背を低くして囁きあっている。
それだけじゃない。この店内の、それぞれの席で、それぞれの客が
貧乏ゆすりをしたり、大げさに腕を上げて時計を見たり
厨房をのぞき込もうとのけぞったりと、全員ソワッソワなのだ。

それなのに、レジからお会計をする声は聞こえてくるのだ。
「ピッピッ」「アッシター」「ズクカジャカズクジャカ……」「アッシター」
こんなにも席の回転は悪そうなのに、頻繁に人の出入りはあるようだ。

気になったので、自分ものけぞりレジへと目をやった。
遠くでヤンキー店員が、でかいリュックを背負った男に
パンパンの白い袋を、ひとつひとつ確認しながら渡しているのが見えた。

”あれが、ウーバーイーツか!”
初めて見るその姿に、それまでのことを忘れて、まず感動してしまった。
ついに、ついにこんな田舎にもウーバーが来たのか。
早速スマホを取り出して、ウーバーイーツで検索。
確かに、配達エリアになってる!やった!これで僕も都会人だ!

されど、ここはバーチャル関西圏の最果て。
近くにはケンタッキーと、本家かまどやくらいしかないのだ。
ウーバーのトップにもその2店舗が表示されている。

しかし、下へ下へとページをスクロールしていくと
思いのほか、たくさんのお店が出てきた。ここは都会やったんか。

ローソンがある。はぇ~コンビニもウーバーできるんや。とか
ガスト!あんな遠くても届けてくれるんか!?なんて。
出前表を見るのってどうしてあんなに楽しいんだろう。

他にも、麻婆豆腐専門店、うどん専門店、焼肉丼専門店、
カレーライス専門店、ハンバーグ専門店、オムライス専門店、
ステーキ専門店、海鮮丼専門店……なんでもあるやん、すごいな。
いや、そんな店見たことない。そんなにこの辺、栄えてないよ。

あーはいはい。わかったわかった。それら専門店を、ひとつずつタップ。
全部、同じ住所ね。っていうか、全部ここね。もういいですわほんま。
ここが、スーパーゴーストレストランの爆心地。どんな商売しとんねん。

その後 私 気を失ってたからよくわからないけど(AMYDR並感)
気が付いたら時刻は19時30分を過ぎたところで。

「お待たせしました。小ッス。」
ヤンキーアルバイトが乱暴に、どんぶりと伝票を目の前に投げた。
やっと、ほんまにやっと、ラーメンが来た。やっと会えたね辻仁成。
日が長い季節とはいえ、すっかり窓の外も暗くなっていて
あんなに沢山いた待ち客達は、いつの間にかいなくなっていた。

そんなこんな、やっぱり気分はよろしくなかったので
さっさと食べて帰ることにした。
そんなよろしくない気分とは裏腹に、ラーメンは美味しかった。
確かにボリューミーだったけど、スルスルっと食べ終えてしまって
この感じだとヤサイマシマシでもいけたかな、と思案した。
まぁいいや。どうせこの店に来ることはもうあるまい。
今日、この日のことを振り返りながら、伝票を持ってレジへと向かう

その瞬間

「ラーメンショウ ¥1,300」と印字されているのに気付いた。
おいおい、ここまで来てオーダーミスかよ¥1,190だろ、いい加減にしろ。
座りなおした。深呼吸して、あのメニューをもう一度、手に取って
めくってめくってめくって、「二郎系ラーメン小¥1,190」
そう書いてあることを、あらためて僕は確認した。
そうだ、僕はちゃんと確認したんだぞぉ。

仕方がない。戦争はいつだって突発的に起きるもんだ。
積もり積もったモヤモヤが、今日の自分を、さすがに奮い立たせる。
最初の一言が勝負だ。大丈夫、ヤってやれないことはない。
今の僕は狂戦士バーサーカーだ。そう胸に秘め戦地(レジ)へと向かった。

「あざっす」
ヤンキーアルバイトがレジに着く。
伝票を差し出す。さあ言うぞ。「おかしいじゃあないか」と。

「えーラーメン小¥1,190で……」
そうだ!僕ぁ正しい間違っていない!
過ちを認めれば、こちらも無益な殺生をせずに済む!
さあ早く過ちを認めろぉどうだどうだぁ~ん~?

「夜料金10%で¥1,300ッス」
ヤンキーアルバイトが、レジの横の張り紙を指さした。

『原材料費高騰のため
 夜営業 土日営業 料金10%増になります
 【ご協力】よろしくお願いします。』

汚ねえ字

ちょ待て待て待てェェィッ!なんやそれは。
ヤンキー店員を見ると「書いてますけど?」て感じのとぼけ顔。
ああもういい。もうええわ。君とはやってられへんわ。
なんかもう、どうでもよくなった。明日世界が滅んだらええねん。
この店はカスや……山岡はんの鮎とは比べ物にならん……
なんちゅうもんを食わせてくれたんや……

せめてもの、最後の抵抗として、まさに赤鬼の形相で
そのおかしくて、憎たらしい、クソ伝票を睨みつけて
全身全霊、ワタシトッテモ不快アピールしてやった。
それしかできんかったけど、それくらいやっても罰は当たらんやろ。
そらもう、ギラギラにメンチ切ってやったさ。

そしたら、伝票の最後に「ハスウ キリステ  サービス  ¥-9」って
印字されてるのを見つけてしまって。
もう僕の表情は、赤鬼からクロマティ高校。無&無。
初めから戦争なんてなかったのさ。
背中を丸めて、店を出た。サービスとは……ウゴゴゴゴ……

吐き気を催す邪悪を全身に浴びて、暮れなずむ町の光と影の中へ。
見上げれば空は曇天で、ため息ついてうつむいた。その胸に
”どうやったらこの店、潰せるかな(物理)”と強く強く、世界平和を模索した。
山岡はんの鮎はカスやけども、それと比べても、この店はカス過ぎた。

世界平和……それは現代社会が抱える究極の課題、
これぜーんぶ実話なので、世界平和の実現はまだまだ遠いでしょうね。
早くあの店に隕石落ちねーかな。思い出しムカチャッカしてきたわ。

前の二郎系のやつは創作です。
僕からは以上。また追って連絡し〼。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?