「駆逐艦蕨」捜索プロジェクト②〜93年ぶりの発見
島根県美保関沖における軍事演習の事故により沈没した「駆逐艦蕨」。多数の犠牲者を生んだ大規模な事故だったにも関わらず、沈没場所は長らく謎に包まれていました。しかし、2020年9月、ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)と水中考古学者の山舩晃太郎氏、九州大学浅海底フロンティア研究センター(菅浩伸教授)による共同調査で、「蕨」の姿が93年ぶりに明らかになりました。
※駆逐艦蕨が沈んだ「美保関事件」については以下の記事をご覧ください。
蕨 発見への道のり
調査を行う座標位置は、九州大学浅海底フロンティア研究センターのマルチビームソナーにより作成されたデータ(海底地形を精密に計測したもの)を基に決定され、2020年9月と2021年7月の2回に渡って現地での調査が行われました。
第1回調査 〜船首発見
第1回調査では、水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」により、水深約96メートル地点の沈没物を鮮明に映し出すことに成功。その映像からは、爆発の影響で真っ二つに分断された「蕨」の船首部分を確認することができ、チーム全員にとって胸躍るものとなりました。
第2回調査 〜船尾発見、全容が明らかに
第1回調査での発見を受け、チームは「蕨」の残りの部分を探すため、再び「天叢雲剣(MURAKUMO)」を投入することに決定。第2回調査は、船首が見つかった地点から北北西に約10キロメートル、第1回調査よりさらに深い水深約180メートル地点で行われました。
水深180メートルでのでの探索は容易ではありませんでしたが、「天叢雲剣(MURAKUMO)」はその力強い性能を発揮し、驚くべき結果をもたらします。
水中から送られてきた映像に映し出されたのは、沈没当時の激しい痕跡が残る「蕨」の船尾であり、歴史の一端が再び我々の前に浮かび上がった瞬間でもあったのです。何十年もの間にわたり未解明だった駆逐艦蕨に光が当たったこの発見は、新聞やテレビでも大きく取り上げられ、蕨の発見を心待ちにしていた「慰霊の会」の方々にも大きなニュースとなりました。
水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」
蕨を発見へと導いたのは、ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)が開発した最先端の水中3Dスキャンロボット「天叢雲剣(MURAKUMO)」です。
「天叢雲剣(MURAKUMO)」は、海底の複雑な地形を高精度でスキャンし、フォトグラメトリ技術を用いて3Dモデルを作成。その精度はミリ単位に達し、海底の地形から環境に関わる情報まで、従来の技術では不可能だった詳細なデータ収集を可能にします。
さらに、数キロから数十キロにわたる広範囲のスキャンも得意としており、沈没船の調査はもちろん、海底ケーブルの調査や洋上風力発電所の施工前査定など、様々な産業分野でその能力を発揮します。
蕨の捜索においても、水深100m以上の濁った海底という悪条件の中での調査でしたが、「天叢雲剣(MURAKUMO)」によって得られた3Dモデルでは、三砲塔と思われる筒状の構造物や舷窓など、人間の目には見えにくい部分まで可視化することに成功しました。
また、「天叢雲剣(MURAKUMO)」の特徴の一つとして、導入コストが低いことが挙げられます。通常、水中ドローン調査には大型クレーンを備えた船などが使用されるため、1日あたり数百万円のコストがかかりますが、「天叢雲剣(MURAKUMO)」はそのコストを大幅にカットすることが可能です。
このように、高額な費用を抑えられ、悪条件が揃う海底での撮影も可能にする「天叢雲剣(MURAKUMO)」を用いた調査の手法は、水中調査における大きな進展となることでしょう。
貴重な水中遺跡に焦点を当てる機会に
3Dモデル化された「蕨」の姿からは、艦体ダメージの大きさが浮き彫りとなりました。沈没から年数がかなり経過していることに加え、この付近を往来する底引き網漁船によって、艦体の劣化が進行してしまったのです。
艦船灯や砲塔などの構造物を確認できなかったほか、艦体には大量の網が絡まっており、付近で行われる底引き網漁が船体の劣化状況に大きな影響を及ぼしてきたと考えられます。さらに、「蕨」など海底に沈む構造体によって漁船が傷ついたり網が引っかかったりと、漁船側の被害も重なり、数十年ほど前からこの漁場での活動は控えられてきました。
水中考古学者の山舩晃太郎氏は、「こういった水中遺跡は世界に存在しているので、水中遺跡が海上活動にどんな影響を与え、またどんな影響を受けるのかがわかる良いケーススタディになる」と調査結果を振りかえります。
3Dモデル化で歴史を証明、後世に繋ぐ役割を担う
このプロジェクトにおける目的は深海に沈む蕨を発見し、精密に捉えることでしたが、「天叢雲剣(MURAKUMO)」は人間では困難な難所での長時間の水中作業を担い、成功へと導きました。さらに、ミリ精度の3Dモデルによって蘇った「蕨」の姿は、歴史的価値を持つと共に、美保関事件慰霊の会による地元への報告会で使用され、語り継がれてきた伝承を史実として証明する貴重な資料となりました。
「広島の原爆ドームのように、現物を歴史の証人として残さないといけない。そういったところで3Dモデルに残して、誰でも見られるようにするというのは、教育や研究、モニタリングだけでなく、歴史の継承をするうえで大きな意味がある」と、水中考古学者の山舩晃太郎氏は語ります。
海底には、歴史の一部を成す貴重な遺物や情報が今も数多く眠っており、ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)は、そのような遺産を発見し保護することで、歴史的価値を人類の遺産を後世に伝えたいと考えています。
今後もワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)は、歴史と技術の結合を通じて過去と未来を繋ぐ役割を担い、未知の海洋世界の解明に挑戦し続けます。
駆逐艦蕨捜索プロジェクトについてはこちらの動画もご覧ください。
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