セティ1世葬祭殿3Dスキャンプロジェクト〜ワールドスキャンプロジェクトの挑戦
冥界の神オシリスの埋葬地とされ、オシリス崇拝の中心地であった聖地アビドス。ここにはエジプトを最初に統治したナルメル王の墓や、建築王として名高いラメセス2世の神殿、オシリス神の空墓であるオシレイオンなどが存在しており、非常に考古学的価値の高い地域となっています。
今回、ワールドスキャンプロジェクト(W.S.P)は、アビドスにある遺跡のなかでも古代エジプトの雰囲気が色濃く残る、セティ1世葬祭殿の調査を行いました。
独自の構造を持つセティ1世葬祭殿
セティ1世は多くの軍事的勝利を収め、エジプトに繁栄をもたらした第19王朝のファラオで、王家の谷に造営された彼の王墓はその偉大さを讃えるかのように豪華なレリーフや壁画で装飾されています。
アビドスの葬祭殿もまた美しい装飾で溢れているのですが、最も特徴的なのは、至聖所とそれに通じる専用の入り口が7ヶ所も設計されたことです。従来、神殿の至聖所や入り口はそれぞれ1ヶ所のみであることが多かったため、前例のない新しい構造を持つ葬祭殿だと言えるでしょう。
セティ1世葬祭殿は、主に死と復活の象徴であるオシリス神に捧げられたもので、7つの至聖所には6つの神(ホルス神、イシス女神、オシリス神、アメン・ラー神、ラー・ホルアクティ神、プタハ神)と神格化されたセティ1世が祀られていました。しかし現在では、息子のラメセス2世が葬祭殿の再建を試みたのか、いくつかの入り口は塞がれた状態になっています。
オシリス神の至聖所
セティ1世葬祭殿は保存状態が非常に高く、オシリス神の至聖所内部にも豊かな色彩で描かれたレリーフが多数残っています。なかでもセティ1世やイシス女神の装飾品は、その滑らかさまで精巧に表現されており、柔らかく写実的なアマルナ芸術の影響を感じられるでしょう。
また、至聖所にはオシリス神を祀る儀式の様子や、儀式の際に必要となる呪文が記されました。オシリス神の祠堂の扉に手をかけるセティ1世の付近には「2つの天の扉は開かれ、 2つの大地の扉は解かれていく。そしてオシリス神が彼の祠堂から現れる。」という門扉を開けるための呪文があり、オシリス神の前で礼拝を行うシーンでは「マアト(真理)を主に向かって捧げ、 創造主であるオシリスに供物を捧げる。」など、オシリス神へ捧げるための呪文が見られます。他にも、オシリス神と妻のイシス女神が待つ至聖所に入る際には至聖所に入るための呪文が必要であり、儀式ごとに適した呪文が必要とされていたのです。
また、オシリス神の至聖所はセティ1世葬祭殿に築かれたその他の神々の至聖所とは異なる構造を持っており、唯一至聖所の奥に空間が築かれました。
「オシリスの複合体」と呼ばれるこの空間には壁一面に「ジェド柱を立てる儀式」のレリーフが刻まれています。「ジェド柱」とは古代エジプトにおいて安定の象徴であり、オシリス神の背骨ともみなされ、「ジェド柱を立てる=再生のための力を得ること、復活」を意味していました。そして、オシリス神の再生があってこそ王や人々も死後再生出来ると考えた古代エジプト人たちは、「ジェド柱を立てる儀式」の様子をレリーフとして残すことで、オシリス神再生の儀式を永遠に繰り返そうとしたのです。
セティ1世の王名表
歴代の王の名前が記された王名表には、初代の王であるメニ(ナルメル)やスネフェル、クフ、ジェドエフラーといった76人の名前が書かれており、古代エジプトの歴史や王統を研究する上で貴重な資料とされています。しかし、多神教から一神教に変えたアクエンアテンや息子のツタンカーメン、女性の王であるハトシェプストなどは記載されておらず、セティ1世は彼らを正統な王位継承者ではないと考えていたようです。
世界を、未来を、好奇心を、身近に
セティ1世葬祭殿は聖地アビドスに静かに佇む一方で、その内部には彩色豊かな壁画やレリーフが施され、訪れる人を魅了しています。しかしながら、現存しているのは全体のごく一部のみであり、この瞬間にも風化が進んでいるのです。
そこで私たちワールドスキャンプロジェクトは、このような世界的に重要な遺跡の保存と公開を目的として、高精度の3Dスキャン技術を用いた調査を行っています。得られたデータをVRやメタバースなどで精密に再現すれば、世界中の研究者や一般の人々がまるで現地にいるかのように遺跡を観察することが可能になり、多くの未解明の謎に光を当てると共に、保存への意識を高めることができるでしょう。もし活動にご興味があれば、ワールドスキャンプロジェクトの活動をフォローいただき、応援をお願いいたします。
セティ1世葬祭殿についてはこちらの動画もご覧ください。