リタイア
20代の頃までは「リタイア」と聞くと「自分が働けなくなった」とか「何かをあきらめる」というイメージが強かった。
しかし、海外の人たちが、ある程度の年齢で「リタイアする」というような話を聞くようになって、憧れを持つようになった。
ただそんな話の大部分は資産を築いた上での話が多かった。
理想に向かって、果たして巨額の金を持つことだけが幸せへの方法なのだろうかと思うようになった。
金を稼ぐことは、犠牲にすることもたくさんあるだろう。
時間や人間関係はその例であろう。
先日、金運で有名な神社のおみくじを引くと「やすらかな幸福感」「等身大に生きる心地よさ」といったことが書かれてあった。
今の自分にとって、今後、生きていく上でピッタリのことである。
「リタイア」というのは起業や周囲の人間が決めることではなく「自分の自由な決断」の時期の問題であるように思う。
私も五十路を過ぎたあたりから、質素でも自分の領域を広げていき、それと同時に「趣味の領域からお金を生み出す」という離れ業に挑戦してみようと考えるようになっている。