ー 絵本をめぐる旅 ー 絵本専門士の制作ノートから(3) 『ちがうけれど、いっしょ』
一冊の絵本にも、完成して子どもたちの手に届くまでにたどってきた長い道があります。作者は、画家は、どのような想いをその作品に込めたのでしょうか。世界中の数多くの絵本の中から私たちが一冊を選び、日本の読者の皆さんにお届けするには、それぞれに違った理由やエピソードがあります。文化も言語も異なるところで生まれた絵本たち。その翻訳編集では、翻訳家と編集スタッフがキャッチボールを繰り返し、検討を重ねて、原書の表現にふさわしい最善のことばを目指して心を尽くしてきました。
連載「絵本をめぐる旅」では、ワールドライブラリーの絵本専門士が作品に込められた想いを紐解き、時には制作時のエピソードも交えながら、絵本の向こう側に広がる世界をご案内します。
Pipinella(ワールドライブラリーアンバサダー/絵本専門士)
第3回は、『ちがうけれど、いっしょ』(トルコ共和国)をめぐる旅です。
文化と宗教の架橋、トルコ
トルコという国は、小さな子どもたちにとってはあまりイメージが浮かびにくいかもしれません。アジアとヨーロッパの2つの大州にまたがるトルコ共和国は、古くから文化と宗教の交差点となった国であり、イスタンブールやカッパドキアなど18もの世界遺産を擁する観光大国です。世界屈指の親日国で、日本には多くのトルコ友好協会があり、積極的な交流が行われています。日本語とトルコ語は、語順が同じで母音を多用するなど共通点があり、学習しやすいのだそうです。トルコには日本の文化に関心を持ち、熱心に日本語を勉強している方も多いのだとか。そんなことを聞くと、身近に感じますね。
今回はトルコを代表する絵本作家のひとり、フェリドゥン・オラルの作品『ちがうけれど、いっしょ』をご紹介します。
その先の物語
『ちがうけれど、いっしょ』には、うまく歩くことができない子ヤギが登場します。歩けなかった子ヤギが装具によって歩けるようになりますが、物語はそこで「よかったね」とおしまいにはなりません。子ヤギが歩けるようになり、仲間のヤギたちと生活できるようになってからの、そこから先の日々が、美しい自然の中に丁寧に描かれていきます。
私たちは、この点が作品の大きな魅力だと感じました。課題の解決や集団への参加がゴールではありません。震えていた小さな子ヤギは、賢く、しなやかな強さを持つヤギに成長し、パートナーを得て、家族となります。歩けるようになってからの「その先」に、このヤギ自身の物語が紡がれるのです。
インクルージョンをワールドライブラリーの選書の大切なテーマのひとつと考えているなかで、この作品との出会いは、その後の選書にも影響するひとつの指針になったともいえます。
ちがうけれど、いっしょ
原題の”Farklı ama Aynı”は、英語にすると”Different but Same”となります。タイトルの候補としてはそのままの「ちがうけれど、おなじ」がまず挙がっていました。何度も読みかえし、本文の訳も磨いていくなかで、「おなじ」「おんなじ」…と声にだすうちに「ちがうけれど、いっしょ」という案が生まれました。”together”のニュアンスが重ねられて、できることや立場のちがうもの同士がよりそいあう情景がよりくっきりと浮かぶタイトルになりました。
ちがうけれど、いっしょ。現実の世界にも、「ちがうけれど、いっしょ」ということが、もっとあたりまえに、当然としてあってほしいと思います。誰にとっても、「その先」に続く物語がきっとあるはず。どんな子どもも、それぞれが「その先」の物語を自由に思い描き、かなえられる社会でありますように。
フェリドゥン・オラル
1961年トルコ共和国クルックカレ生まれ。1992年野間国際絵本原画コンクールで、絵本『森のこえ』(遠山博文訳/蝸牛社)の原画が佳作選出。『ゆきのなかのりんご』(ふしみみさを/復刊ドットコム)、『おかゆとちいさなドラゴン』(未訳)、『あかいはねのふくろう』(広松由希子訳/復刊ドットコム)の3冊がトルコ国内年間最優秀絵本に選ばれるなど、トルコを代表する作家のひとり。2012年国際アンデルセン賞には、IBBYトルコの推薦により画家賞候補に名を連ねた。『あかいはねのふくろう』と『おばあちゃんはだれににているの?』(広松由希子訳/復刊ドットコム)で第24回ブラティスラヴァ世界絵本原画展に参加。多数の絵本を手掛け、翻訳された作品も多い。子どもの本のほかに、絵画、彫刻、陶芸などでも活躍する芸術家。イスタンブール在住。 うえむら くみこ
神戸大学教育学部卒業。トルコのイスタンブールで2年間暮らし、アンカラ大学付属トルコ語学校に通いトルコ語を学ぶ。現在は日本でトルコ語を学びながら、SNSなどでトルコの紹介につとめている。トルコの本を日本に、日本の本をトルコに紹介するのが夢。やまねこ翻訳クラブ会員。