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【追憶の旅エッセイ #53】極寒のカナダ旅の洗礼⁉注射針とホームレス

この冬のカナダの旅は良くも悪くも、「美しくて軽やか」だけでは決してない、ダークでヘビーな経験をたくさんさせてくれた。

もうそれは、バンクーバーから夜行バスで辿り着いた街エドモントン、いやその道中から早速始まっていた。

バス旅は計17時間、似たような大国、オーストラリアをラウンド(周遊)した私にとってそれほど負担になる時間ではない。が、このバスがトラブル続きで、2度の乗り換えが必要に…。

英語がままならず、しかも極寒で荷物も多く、さらに深夜の移動において、これほど疲弊することはない。

バスを乗り換えるにあたり、うち1度は席まで変わってしまった。せっかく窓際の席でぐっすり眠ろうと思っていたのに、通路側に移されてしまい、それだけでまた疲れの蓄積がされる。

そのヘロヘロの状態で到着したエドモントン。某旅行ガイドを頼りに、日本でも知られているし間違いはないだろうと「YMCA」を目指す。

これが…もう…!

接客の適当さ、廊下の湿気の充満した匂い、突然止まるエレベーター、毎回すんなりと使えないドアキー、コモンルームは常に暗く、その中で酔っ払いやハイになったような人たちが昼間からたむろしている…という有りさま。

疲れが休まる間がない、とはまさにこのこと。

でも実はこのエドモントンに立ち寄ったのは、もちろんバス旅の疲れを取るためともうひとつ大きな理由が。

それは、私より一足先に旅立った、バンクーバーのC宿でともに過ごしたカップルとの再会のため!

彼らは先にオーロラを見てその帰り、私はオーロラを見に行く道中。その中継地点がちょうどエドモントンだったのだ。

頭痛もするし気分も悪いし、食欲もない。心身ともに憔悴していた私。

チェックイン後は、3人部屋のうちのひとつのベッドに荷物を置いて、彼らと会うまで昼寝して力を温存することに。

時間が来て何とか身を起こし、「YMCA」のロビーに降りた。実はEメール(時代!)でやり取りをして、彼らも同じ場所に泊まると知っていた。

何も知らないエドモントンの街で、数週間振りに見る彼らの笑顔を見つけたとき、あれほど疲れていたのに体の中からうわーっとパワーが漲ってくるのを感じた。無理して、とかではなく思わず満面の笑みになって、叫びながら抱き合っていた。

おしゃべりで快活な彼女さんと、無口だけれどボソッと面白いことを言う素敵な彼氏さんで、私にとって理想のカップル(婚約中)だ。

いざご飯を食べに行こうとなり、あれほどバンクーバーでは美味しい韓国料理や中華などを囲んだ仲間なのに、この街について知らな過ぎて、結局なんと世界のチェーン店「サブウェイ」に落ち着いた。

でも腹ごしらえをしたら元気が出てきたので、ホテルの彼らの部屋に戻ることに。

そこで聞かされた衝撃の事実、なんと彼らの部屋の未使用のタオルから使用済みの注射針が見つかったというのだ…!

それはご丁寧にバスタオルにくるまれて、気づかなければ針が刺さっていた可能性だってある!な、何と恐ろしい…。

私も部屋に戻ってから、タオルを開くときに慎重になったのは言うまでもない。

さて彼らの部屋でカードやおしゃべりをし、深夜になりとうとう彼らに別れを告げて私は自室へ。

たくさん元気をもらった、ありがとう!

そんな気分で心地良い疲労感とともに、眠りに落ちた…。

…が!

午前5時。

ガチャガチャと、突然誰かが部屋に入って来た。寝ぼけながら(あぁ、早朝チェックインかなぁ)と寝た振りを決め込む。

…が!

その誰かはパチッと電気をつけたか、と思った瞬間、なんと話出したのだ。いや、話しかけて来たのだ!ほかに誰もいないことを思うと、恐らく私に。

厄介ごとはごめんだし、とにかく疲れている。引き続きだんまりを決め込む。

すると観念したのか彼女、何度も何度もどこかと部屋を行ったり来たりして荷物を運んで来た。一度、カードキーが作動しなくなって仕方なく私が内側からドアを開ける羽目に…。

ちらっと見えたその荷物たちは全て、プラスチックのごみ袋だった。

…ホームレス。

ざっと盗み見た彼女の風貌とそれらの荷物から、思わずその言葉が浮かんでしまう。

とにかくドアを開けたらすぐまたベッドに入り、私は再びうとうとし始めた。

するとまた数時間後、次はドンドン、とドアをノックする音。

(今度はなに!)と、少しイライラし始める私。

彼女がドアを開けると、どうやらスタッフが数名来ているようだ。

彼女との間にどんな会話が交わされたかは、ニュアンスでしかわからなかったけれど、どうやらスタッフは「チェックインさせたのがまずかった、悪いけど出て欲しい」というようなことを言っている。さらにもう少し会話が交わされた後、彼女は「はぁ」とため息をついたかと思うと、荷物をまたまとめ始めた。

スタッフが去った後、彼女もようやく引き上げるとき「音立てて起こして悪かったね」と私に言った。私は自分でも聞いたことがないくらい低い声で「まぁ、いいよ」と返す、その瞬間に彼女がすかさず右手を出して来た。

(だから一体なに!)と思っていると、「5ドルちょうだい」と悪びれもなく。

プッチーーーーーン!

疲労が限界を超え、切れた私は「NOOOO!」と言った後、なにか叫んだ。語彙力がままならないので日本語で、ありったけの声量で。

するとすぐさまセキュリティと宿のスタッフが飛んできて、彼女をもう半ば引き摺るように外に出してくれた。

…。

言葉ももう出なかった。

そしてやっとのことで静寂を手に入れ、そこから数時間は泥のような眠りに落ちた。

冬のカナダを旅することの最悪な状況のシナリオを、一晩で一通り見せてくれたのだ。これはきっと「洗礼」だ、と後から思った。

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m i a*旅する自然派ライター|エッセイスト
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