【世界一周・旅のカケラ #24】イスラエル人ソルジャーとCarpe Diamな宵
デイビッドとの出会いがどこだったのかは、あいまいだ。
イスラエル人の彼は確かピピ在住で、何度か「仕事が終わってから夜に会おう!」と誘われたと日記に残っているから、恐らく出会いは昼間、ランチしていた食堂とかだったと思う。
一度目はのらりくらり交わし、二度目はすっぽかし、三度目でようやく応じた(じゃなきゃ、小さなこの島では毎日会うから!)。
簡単な口約束をすっぽかした翌日に、案の定町で会ってしまい、それなりにお互い意見をぶつけ合うディベートみたいな感じも面白かったから、じゃあ夜に会おうとなった。
約束は11pm。今思い返すとなんでそんな遅いん?と思うけど、私はこの島ではどんどん知り合いが増えてなかなか忙しい社交ライフを過ごしていたのだろう。旅先で私は、ときどきそんな風に忙しい。
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私たちはビーチ沿いにある「Carpe Diam(カルペ・ディエム)」という、半野外バーの2階に落ち着いた。
Carpe Diamとはある詩に出てくる言葉で「その日を摘め」、「一日の花を摘め」と訳されるが、伝えたい内容は「今この瞬間を楽しめ」「今という時を大切に使え」と言う意味だそう。
まるでトムソーヤの世界観を表したようなその素敵なバーは、実は私は前日に別の男と来ていたのだ。「連日、男と素敵なバーへ」というと、私がとんでもなくいい女にでもなったような気になるが、何のことはないルームメイトのひとりのダッチだった。
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さて、このデイビッド、イスラエルではソルジャーとして働いていた。イスラエルには男性3年、女性は21~22ヶ月兵役制度があるのだけれど、デイビッドはそれとは別に、自分から進んで軍隊に入っていたと言う。
かなり過酷なテストにパスした人のみができる仕事で、専用の機械を使って一年半も訓練を積み、二年間働いていたのだとか。
彼曰く、老人など別人に変身してスパイのようなことをして、標的を見つけて殺めるのだ、と。確かに彼は「Killed them(彼らを殺した)」と発音した。
私の英語力は、旅の始めのこの頃でも悪くなかったし、ほとんどオージーやヨーロピアンとばかりつるんでいたから、間違っていないと思う。
「声が出せなくなる急所スポットが3つあり、そこをまず長いナイフでひと突き。次からはどこを刺してもいいんだ。その3つは、耳の裏、あごの裏、そして脇の下」だそうだ。
未知の世界の話が飛び込んできたことに少し驚くも、今目の前にいるデイビッドはまさか私を刺すつもりはないだろう。ここは戦地ではなく「Carpe Diam」なのだ。皆がトロピカルなカクテルを片手に寛いでいて、ビーチ側ではファイアーダンスが繰り広げられている旅人の聖地だ。
彼は自分がやって来たこと、その技術に大そう自信があるようで、ニヤリと笑って言った。
「俺は人を簡単に殺せるんだ」
つまり殺せる術を知っている、という意味で。思わず「初めて人を刺したときはどういう気持ちだった?」と聞く私に「なんでかわからないけど、笑えてきたんだよね」と言った。
その言葉に私はギョッとして一瞬耳を疑い、彼を見たら笑顔だったことで、二度驚いたのを覚えている。
「でももうしたくない、リスクが多過ぎる」とデイビッドは続けた。
一度、かつての友人が重大な秘密を漏らしてしまったか何かの大きなミスを犯した際に打ち首にあい、首だけイスラエルに送り返されたと言った。
今書いていても、ゾッとするしこんな話を公にしてもいいかと思うけれど、もしこの話が本当なら(冗談のトーンではなかったし、これが冗談なら全く面白くない)、きっとイスラエルや戦地では日常的に起きている、ある意味普通のことなのかもしれない。
重大なミスは命取りになる、本当に恐ろしい仕事なのだ。
収入は桁違いに良かったらしいが、彼はもうしないと決めたのだった。
そして彼は、女ひとり旅の私に「自分で身を守るんだよ」と、護衛術を教えてくれたけど、ほろ酔いの私はもちろん覚えているわけがなかった。
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ちなみに私がピピを訪れる直前の津波で、彼の元彼女が亡くなり、だから彼はいまだにこの地を離れられないのだと言った。でも少しずつ前向きになりつつある今、現在のビジネスを売って別の街に住むことも考え始めたそうだ。
たった一晩に、彼の人生を知る。重くスリリングで、悲しい人生の一部を。
ただ私を引っかけようとしている男かと思ったけ(最後にはやっぱりちょっと口説いてきた。笑)れど、まさかこんなに重い話を聞くことになるとは想像もしていなかった。
旅先ではこんな風に、日常決して出会わない人たちとの出会いが溢れている。
戦争だとか、死だとかの言葉に耳を傾けながら、ファイアーダンスの音楽をBGMに、旅人たちの陽気な笑顔を見て、リゾートカクテルを飲んでいる。そのギャップ、現実味のなさ…。
でもそれは紛れもない、目の前の人が経験してきた世界なのだ。
私はそこに何の感情もくっつけずに、ただニュートラルに彼の目を見ながら聞いていた。
そんなイスラエル人ソルジャーとの、全然Carpe Diam、じゃない宵。
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