100点を目指さなくていい。オフィスのエコ化は、無理せず楽しみながら取り組むもの
皆さんは、働きながら「エコ」を意識したことはありますか?
日常生活ではマイバッグや紙ストローを使う機会も増えてきましたが、仕事場(ワークプレイス)となると、あまりイメージが湧かない人も多いのではないでしょうか。
「まずは、オフィスでできるエコとは何か?を知ってもらいたい。そして、無理に100点を目指そうとはせず、楽しみながら取り組んでほしい。」
そう話すのは、一般社団法人Earth Companyの共同代表、濱川 知宏さん。同社はバリ島にオフィスを構え、エコシフトに取り組む企業や団体をサポートする「Operation Green(オペレーショングリーン)」を展開しています。
オフィスで取り組むエコ施策とは、一体どんなものでしょうか?
濱川 知宏(はまかわ ともひろ)
Earth Company 共同代表。バリ島ウブド在住。
ハーバード大学卒業後、NGOスタッフとしてチベット高原で働き、ハーバード大学ケネディ行政大学院で修士号取得。英国大手財団CIFFにて、インド・アフリカにおける子供の保護・教育に重点を置いたプロジェクトの企画推進・評価等を行う。その後、国際開発やBOPビジネスの促進に関わり、ソーシャルイノベーションとインパクト評価を専門とする。日本では青少年のグローバル教育にも従事。元東京大学特任教授。世界銀行コンサルタント。国際会議での講義登壇実績多数。2014年、ダライ・ラマ14世より「Unsung Heroes of Compassion (謳われることなき英雄)」受賞。
「エコに興味はあるけど、何から始めればいいか分からない」という企業をサポート
── 「Operation Green」は、企業や団体が環境問題に取り組むためのサポートをしていく活動だそうですね。どのような経緯でスタートしたのでしょうか?
私たちは、2019年からバリ島・ウブドでエコホテル「Mana Earthly Paradise(マナ・アースリー・パラダイス)」を運営しており、同じ敷地内にレストランやショップ、自分たちのオフィスも構えています。この「Mana Earthly Paradise」をつくったことが、実はOperation Greenの活動を開始するきっかけでした。
バリ島はリゾート地として有名ですが、世界中から起業家やデジタルノマドが集まる場所でもあり、いま非常に注目を集めています。そんなソーシャル・イノベーションの最前線をより多くの人に体験してもらいたいと考え、2016年に「バリ島ソーシャル研修事業」をスタートしました。日本の企業の方や、高校生・大学生にバリ島へ足を運んでもらい、研修プログラムやスタディツアーに参加してもらう、という活動です。(※コロナ禍ではオンラインで実施)
その中で私たちが直面していたのが、「エコに配慮したホテルがない」という課題でした。参加者の方々に向けて、日中は環境問題について学ぶプログラムを提供しているのに、夜は環境問題を生み出すホテルに宿泊してもらわざるを得ないケースが多々あって。一貫性がないことに歯がゆさを感じていたんです。
この課題を解決するには、自分たちでエコホテルを建てるのが一番早い。そして、宿泊施設と同じ敷地内にレストランやショップ、自分たちのオフィスも一緒につくろう。そう考え、「Mana Earthly Paradise」を建設することにしました。
Mana Earthly Paradise
とはいえ、エコ施策について知識もノウハウもない状態からのスタートだったので、施設をつくる過程が非常に大変で。まずは「環境や社会にいいことは何か?」を自分たちで調べ、さまざまな専門家にアドバイスをもらい、ToDoを一つずつ整理しなければなりませんでした。
この経験から、私たちと同じように「エコに興味関心はあるけれど、何から手をつけていいのか分からない」という企業はきっと多いのではないか、と感じました。端的に言えば、私たち自身がOperation Greenのようなサービスを求めていたんです。
こうして、地球環境基金の助成金をいただき、2018年にリサーチを開始して、2019年から本格的に活動をスタートしました。企業や学校、NPO団体などを対象に、エコシフトに取り組むための研修を提供し、施策の選定と実施をサポートしています。
Earth Companyのオフィス
できていないことばかりに目を向けない。「北風」ではなく「太陽」のアプローチでエコを推進
── Operation Greenで提案している「オフィスのエコ化」というのは、どのような施策があるのでしょうか?
Operation Greenのサイトでは、オフィスで実践できるエコ施策として代表的な事例を挙げているのですが、サイトに載せていないものも含めると全部で100以上のアイデアがあります。まずはその施策リストに目を通していただき、既に取り組んでいるもの・まだ実践できていないものに分類していく作業からはじめます。
「オフィスのエコシフト」と聞くと、ハードルが高いと感じるかもしれませんが、実はほとんどの企業が実践できているものもあります。たとえば、ごみの分別やシュレッダー処理用紙のリサイクルなどは、非常に実施率が高いです。
また、WEB会議やリモートワーク・フレックス制度は、コロナ禍で多くの企業が導入するようになりましたよね。新しい働き方が浸透してきて、「パンデミックが収束しても元通りの世界には戻らない」とも言われていますから、この機会を前向きに捉えて新しい取り組みにチャレンジする企業は多いですし、今後も増えていくだろうと予想しています。
── オフィスでのエコ施策というのは、こんなにも数があるんですね!正直、まだまだできていないことがたくさんあるな‥‥と感じました。
エコシフトに取り組みはじめた企業さんも、同じことをよくおっしゃいます。ただ、私たちは決して「100点を目指そう」とは言いません。実際、私たちのバリ島オフィスでも実践できているのは7割くらいです。
たとえば再生エネルギー導入や自社発電などは、賃貸のオフィスだとなかなか難しかったりします。すべてを完璧に実践するのは無理ですし、できていない部分ばかりを叩かれるとやる気を失ってしまいますよね。寓話の『北風と太陽』に例えて言うと、私たちは「北風的アプローチ」ではなく、あくまで「太陽的アプローチ」をしていきたいのです。
この施策リストは、「全部やらなければならないもの」ではなく、そもそもオフィスのエコシフトとは何か?を知ってもらうためのアイデアと選択肢に過ぎません。そして、「この中から興味のある施策を、1つでも2つでもいいから選んで、無理せず楽しみながらゲーム感覚で取り組んでみよう」というスタンスで提案をしています。
── 企業がエコシフトを推進することで、どのようなメリットがあるのでしょうか?
主に、以下の4つのインパクトが生まれると考えています。
①環境インパクト
②中長期的なコスト削減
③企業存続/ブランディング
④人材のエンゲージメント/採用・育成
企業も、CSR(社会的責任)という側面から「エコ施策に取り組みたい」と思いつつ、なかなか着手できていないケースが多いと思います。Should(やるべき)、Want(やりたい)ではあるけど、Must(やらなければならない)ではない、という状態です。
なので、直接的な環境インパクトだけでなく、企業のブランディング向上や採用効果に繋がるなど、自社にとってのメリットを感じられる施策を行い、それを社内外に発信していくことが非常に重要だと考えています。また、初期投資が必要な施策でも、中長期的に見るとコスト削減になるケースはたくさんあります。
エコシフトに取り組むことで何かを削ったり我慢するのではなく、さまざまなメリットを享受できるのだと、多くの企業に知ってもらいたいです。
── 企業がエコシフトに取り組む上で、意識すべきことはありますか?
企業の中にはさまざまな世代の人がいますから、全社一丸となってエコシフトを推進していくためには、まず「WHY(なぜ取り組むのか)」をメンバーにしっかり理解してもらうことが大切です。特にトップ層のリーダーシップは必要不可欠で、彼らが本気で変えていこうとする姿勢を見せなければ、単発的なプロジェクトに終わってしまいます。
逆に、ボトム層のZ世代と呼ばれる人たち(1990年代後半~2000年代前半に生まれた世代)は、環境問題への関心やエコに対する意識が高く、営利・非営利に関わらず企業のサステナビリティ推進を前向きに捉えています。こうした世代をうまく巻き込み、誰もが意見を出しやすいフラットな環境・社風をつくっていくことも大切。つまり、オフィスのエコシフトに取り組むことで、より良い組織づくりにも繋がるんです。
私たちはOperation Greenの活動を通して、ただ具体的なエコ施策についてアドバイスをするのではなく、参画企業の組織内でどうやって人を巻き込み、前向きに取り組んでもらうか、という運用の部分も含めてサポートを行っています。
エコシフトを通じて、より良い組織づくりやブランディングに繋げていく
── 実際にOperation Greenでオフィスのエコシフトに取り組んだ事例として、どんなものがありますか?
長野県・八ヶ岳に、「富士見 森のオフィス」というワークスペースがあります。個室型オフィス 、コワーキングスペース、会議室、食堂を備えた複合施設なのですが、2019年末からOperation Greenを導入していただいています。
①コワーキングスペースのGreen化、②持続可能な地域プロダクトのPRという2つの軸で、地域のコミュニティと共に進める「GREEN COMMUNITY」活動を行っています。
富士見 森のオフィス
富士見 森のオフィスでは、さまざまなエコ施策を実践しています。たとえば、施設で使用している洗剤をナチュラルなものに変えたり、プラスチックのペットボトルを廃止して、代わりにウォーターサーバーを設置し、瓶のドリンクを販売したりしています。
また、ローカル環境の持続可能性という視点から、近隣地域の魅力的な商品を販売したり、PRも積極的に行っています。
富士見 森のオフィスで取り組んでいるエコシフト
こうした取り組みは、富士見 森のオフィスのブランディングにも良い効果をもたらしています。「エコシフトを実践しているオフィスだから利用したい」と言ってくれる企業や、環境関連のイベントを主催する利用者も出てきているそうです。
── 素敵な取り組みですね!こうした事例を見て、より多くの企業がエコシフトに関心を持ってくれたらいいな、と思いました。
そうですね。企業のエコシフトというのはまだ認知が浅く、よほど先進的な企業、あるいはサステナブルな商材を扱っている企業しか関心を持っていないのが現状です。さらに、「エコ=我慢」「エコ=ダサい」というイメージも根強く残っています。こうした状況を変えていかなければなりません。
今後Operation Greenのサイトでも、エコシフトの事例をたくさん紹介していきたいと思っています。あまり難しく考えず、「面白そう」「楽しそう」と感じてもらえるような発信をしていきたいですね。
また2020年9月には、Operation Greenの導入企業同士が繋がりを持てるよう、パートナー交流会をオンラインで開催しました。計21社にご参加いただき、自社で実践しているエコシフトの取り組みや、最先端のエコサービス・商品をシェアしてもらいました。
参加いただいた方からは、「共通のビジョンをもっているだけで、ここまで業界を超えてシームレスに繋がれることに驚いた」「ゴールが見えにくい課題がたくさんあるが、前向きな気持ちで取り組んでいきたいと思った」など、素敵なコメントを多く寄せていただきました。今後もぜひ、こうした交流の場をつくっていけたらと思っています。
パートナー交流会の様子
── 今後の展望として、具体的に取り組んでいきたいことはありますか?
1つは、CO2の排出量可視化ツールをつくることです。エコシフトの施策を通して、実際にどのくらいオフィスの環境負荷を減らせているか数字で見えるようになると、企業にとっての導入メリットも明確になりますし、プロジェクトの担当者が社内外に実績を発信しやすくなると考えています。
もう1つは、エコシフトを検討している企業が「WHY(なぜ取り組むのか)」を明確にできるよう、研修プログラムをどんどん実施していくことです。こちらは「Impact Academy(インパクトアカデミー)」という構想として従来から行っているもので、これまでに23ヶ国から640名以上に参加していただきました。
Operation Greenは、いわば「HOW(どうやって取り組むのか)」を体系化した実践的なプログラムになるわけですが、先ほどもお話したとおり、何よりも重要なのは源泉となる「WHY」の部分です。企業がエコシフトに取り組むことで、より良い組織づくりにも繋がりますし、ブランディングや採用にもポジティブな影響がたくさんあります。
一人でも多くの人が楽しく前向きにエコシフトに取り組めるよう、今後もさまざまな形でサポートをしていきたいと思っています。
(執筆:澤木 香織/写真提供:Earth Company・富士見 森のオフィス)