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僕がNo.2としてワークログ株式会社の立ち上げに参加した理由

「会社を立ち上げるんだけど、もし良かったら純平も来る?」

当時31歳、25歳という遅い社会人デビューにも関わらず既に転職を2回し、更には妻子までいた僕は、ワークログ前代表である小島の問いに対して、その場で「YES」と回答しました。

僕はキャリアカウンセラーとして働いていたことがあるのでわかるのですが、僕の経歴は一般的に褒められたものではありません。

・2011年3月   慶應義塾大学大学院 修了
・2011年4月   フリーターに就職
・2012年7月   司法書士受験3度目の失敗
・2012年12月 武蔵コーポレーション株式会社 就職
・2014年6月  株式会社UZUZ 就職
・2016年6月  株式会社ウフル 就職
・2019年2月  ワークログ株式会社 就職

キャリアカウンセラー時代にこのような経歴の方と面談をしていたら、「転職好きですね笑」なんて皮肉を言っていたでしょう。

更に良く見てみると、業界も不動産業→人材紹介→IoTコンサルと、一貫性がありません。キャリアカウンセラーの立場で見れば、何を目指しているのかわからず、求人を紹介しづらいに違いありません。

こんな”客観的”には評価しづらい経歴であっても、僕はそれぞれの会社で活躍してきた自負があるし、ちゃんと転職した理由があるんですよね。それが今のワークログにも繋がっています。

1社目: 基礎を身に付けた筋トレ期間

1社目は、僕にとってとにかく厳しい環境でした。如何せん仕事をしたことがなかったので、報連相もできないし、まともなビジネスメールも書けませんでした。

最初は「自分にもできる事」で結果を出すように意識していました。社内で行われた業務に関するテストでは、課題図書をひたすら読んで1位の点数を取りましたし、1日に100件以上仲介業者を回らないといけない「100件回り」では当時の記録を塗り替える231件を回りました。

その結果、入社3ヶ月で社長室に大抜擢されました。それなりの期待があったのだと思いますが、結果的に僕には早すぎました。

ミッションさえも理解できず、何がだめだったかもよくわからないまま異動が決定。社長室は僅か1ヶ月で消滅しました。

悔しかったですね。何のために会社に行っているのだろうと、わかりやすく挫折を経験しました。

その悔しさをバネに、新しい部署でとにかく仕事に励みました。少しずつ結果を残せるようになり、経理・総務・情シスといったバックオフィス全般の業務を兼任するようにまで成長し、1年弱でマネージャーまで昇格しました。

1度挫折を経験したからこそ、結果を出すための仕事のやり方を必死に考えました。その中で、上司の期待値を理解すること・スピードを意識すること・貪欲に仕事を引き受けること・適切な報連相など、自分なりの仕事の基礎を学ぶことができたのです。

苦しい筋トレ期間を終えた僕は、また新しい門を叩くことを決意したのです。

2社目:応用力を試したチャレンジ期間

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2社目であるUZUZは、元々ユーザーとして利用していました。大学院を修了した後フリーターであったため、第二新卒に特化した人材紹介業を行なっていたUZUZを利用し、就職活動していたのです。

その時担当してくれたのが、当時社長であった今村さんでした。今村さんは僕とタメなのですが、フリーターだった僕から見ると社長業を行なっている今村さんは輝いて見えて、いつか一緒に仕事がしたいと思っており「UZUZで働かせてくれ」とお願いしました。

約1ヶ月のインターンを経て入社した僕は、仕事の基礎が身に付いていたので入社直後から全力で駆け抜けました。入社2ヶ月目には社内でトップの成績を叩き出し、支店立ち上げに向けて関西に飛び立ちました。

自由度が高かったUZUZでは、とにかく多くの仕事に関わることができました。キャリアカウンセラー・法人営業・カスタマーサポート・マーケティング・支店立ち上げ・新規事業企画、兼務に兼務を重ねて、自分の応用力の限界に挑戦していました。

それなりに、そつなく仕事はこなしていたと思います。経営層とタメだったこともあり、良いポジションにも就いていたと感じます。

ただ、どの分野においても”突出”しているわけではありませんでした。新規事業の売上も微々たるものでしたし、そこに投資する程の経営状況でもありません。

そのため、今後会社が大きくなり人が増えた時に自分が干されるタイミングがいずれ来るな、という危機感を抱くようになったのです。改めて修行が必要だなと思いました。

3社目:事業企画を学んだ修行期間

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そのような危機感を抱き始めた時に、Facebookからこんなメッセージが来ました。

「あなたの論文を読みました。是非一度お話を聞かせてください。」

僕は大学院の時に「雰囲気のデジタル化」という題材で研究をしていました。話を聞いてみると、どうやら「雰囲気」「空気」など空間の情報を活用した新規事業を検討しているとのこと。会ったその場で「良かったら一緒にビジネス創ろうよ」と誘って頂きました。

ひょんな事からコンサルタントとしての新たなキャリアを築くことになり、また修行の日々が始まりました。資料作成・ファシリテーション・事業企画・市場調査など、全ての業務が初めての経験であり、「あ、俺ってこんなに仕事できない人間だったんだな」と自分の不甲斐なさに押し潰されそうでした。

ただ、テーマが修士論文の内容に類似していたことや、プロジェクトメンバーに恵まれていたこともあり、CEATEC AWARD 2018を受賞するところまで関わらせて頂きました。

個人としてのスキルはまだ未熟であることは承知の上ですが、それでも2年間このプロジェクトに関わり、サービスローンチまでお手伝いできたのは1つ自信になりました。未経験の分野であってもある程度通用するな、というのは今までの会社でも感覚はありましたが、それが確信に変わった瞬間でした。

ワークログという会社で目指すべき事

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僕は決して優秀な人ではないと思います。でも、あらゆる業務について未経験であってもいち早く70点レベルに仕上げる事が強みだと考えています。

そのようなスキルが活きてくるのは社長の右腕的なポジションだと思っていたので、小島の誘いにもすぐ乗っかりました。だからこそ、ワークログに入ったからにはこれらを実現しなければなりません。

・あらゆる業務に精通し、カメレオン的な働きをする事
・会社のモットーである「楽しく働く」を体現する事
・そして、個が輝く未来を創造する事

入社して以来、既にコンサルとしても、エンジニアとしても、マーケターとしても働いており、もはや何職なのかよくわかりません。でも、このような何色にでも染まれるカメレオンのような働き方が自分には合っていると思います。

特に神奈川県庁の新型コロナウイルス感染症対策本部においては、日々変化する状況の中で、企画・開発・運用あらゆる面において高速にアウトプットを出してきました。

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他人が僕のキャリアをどんなに汚いと言おうが、どんなに求人を紹介しづらいと言おうが、僕は自分の正しいと思った道を行く。

さて、今日は何色に染まろうかな。

社名:ワークログ株式会社
Web:https://www.worklog-inc.com/




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Jumpei Yamamoto
1987年生まれ。慶應義塾大学大学院を修了後、キャリアコンサルティング・IoTコンサルティング・新規事業立ち上げなど幅広い業務に携わる。2019年にワークログ株式会社創業。現神奈川県庁DX推進アドバイザー。 https://www.worklog-inc.com/

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