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自分の人生を自分なりに確立したらそれでいい(ポンコツなわたしで、生きていく。〜ゆるふわ思考で、ほどよく働きほどよく暮らす〜)
「あの人みたいに生きられない」
そんな言葉を言う人がいますけど、「あの人みたいに生きるべきだ」という前提を持っているから、あの人と自分を比較してしまうんだと思うんです。
なんで、あの人みたいに生きる必要があるんですかね?・・・同質化させるような教育を受けてきているから、「一般的にこうすべき」という道から外れると、「このままでいいのかな?」と不安になるんですよね。
僕も経験があるので、わかります、その気持ち。
まぁ、いいじゃないですか、あの人と違くても。
まぁ、いいじゃないですか、一般的な「こうすべき」と違くても。
あの人みたいに生きようとしたり、一般的な「こうすべき」に合わせて生きようとしたり、そんなことをしていたら、自分がどんどん見えなくなってしまいます。
でも、あの人みたいに生きてないとか、一般的な「こうすべき」に合わせて生きてないと実感すると、「自分ってなんかやばくない?劣ってない?ポンコツなんじゃないか?」という心配に行き着いてしまうかもしれません。
周りはきっと、「そんなことないよ」と言うでしょうけど、「自分で自分を否定してしまう」という負の行動を取り続けてしまうかもしれません。
そんな時は、「自分はやばいし、劣ってるし、ポンコツだから仕方ないよ」って認めちゃえばいいんです。
別に、やばくても、劣ってても、ポンコツでも、いいじゃないですか。
きっと、「自分はやばいし、劣ってるし、ポンコツだから仕方ないよ」って認めることができたら、自分の人生を自分なりに確立していくスタートラインに立てたということになるのかなって思います。
理想の未来によって、今やってる仕事によって、今の自分の生き方によって、生活リズムや習慣は変わるはずです。
だから、「早寝早起きしなきゃ」とか「運動しなきゃ」とか「規則正しい食事のリズムにしなきゃ」とか、そういう情報に踊らされる必要はないのかなって。
目的もなく、ただなんとなく生きているのはイマイチですけど、自分なりに理想を見出して、自分の人生を自分なりに確立することができていれば、その内容がどんなものであろうと、いいじゃないですか。
その上で、「本当はこういう人生を送りたい」という理想が出てくるなら、その理想に近づくための歩みを進めていけばいいんです。
「自分は自分でいい」と思えるようになるには、そう思うトレーニングが必要です。
自分と誰かと比較したり、自分と一般的な「こうすべき」と比較したりするシーンも出てくるはずですが、そういう時には、比較してしまっている自分を認識しつつ、「自分は自分でいい」と自分に言い聞かせながら、「じゃあ自分どうする?それはなんで?」と考えるんです。
そうすることで、「自分は自分でいい」と自然に思えるようになります。
最後に、このnoteを書いてて、『ポンコツ』という言葉について考えてみました。
『ポンコツ』という言葉は元々、壊れた機械や使い物にならない車を指す言葉のようですが、人に対して使う場合は 「うまく機能しない」「ミスが多い」「どこか抜けている」 という状態を指すことが多い気がします。
「ポンコツ=完璧じゃない状態」と言い換えたら、「全ての人がポンコツじゃん」って思いました。
でもそれって、悪いことじゃなくて、むしろ 「ポンコツな部分があるからこそ人間らしいし、成長の余地がある」 とも言えます。
みんなポンコツです。
『ポンコツなわたしで、生きていく。〜ゆるふわ思考で、ほどよく働きほどよく暮らす〜』という本には、以下のような内容が書かれていました。
マイペースだけど安定志向、金も欲しいが自由も欲しい、「贅沢な子だねぇ」と言われそうな性格の持ち主です。
わたしは現在フリーランスのライターとして、文章を書くことを生業にしています。毎日決まった時間に決まってやることがあるわけでもなく、動物のようにゆるふわと毎日を過ごしています。
最近何かと話題の「何者か」を確立できているかと言われれば、そういうわけでもないけど、だからといって特に不自由もしていない。そんな人です。
朝が苦手だから、昼の12時にのっそりと起きてきて、パジャマのまま机に座って、お菓子をボリボリとかじりながらパソコンに向かう。疲れたらソファでちょっと昼寝をして、たまに家事をしつつ原稿を書いて、アニメを観ながら夜ごはんを食べて、のんびりとお風呂に浸かって、iPadでマンガを読みながら寝落ちする。眠れない夜は、YouTubeでアイドルのライブ映像を観ながらオールしたりもする。
ひどいもんですよね。きちんと働いている人からしてみれば「それで金もらってんの・・?」と若干引かれるんじゃないかとすら思います。わたしもずっとそう思っていました。
というか、こんな生活が許されるなんて思ってもみなかった。こんなにきっちりしてなくて、正しくない生活は、普通はやっちゃいけないんだと、一応わたしにもマトモな感覚はあったわけです。なぜなら、わたしは、生まれてこのかたずーっと、社会人というのは、「きっちり」していて「正しい」ものだと思っていたからです。
だからこそ、幼少期も、大学時代も、社会人になってからも、世間と自分とのギャップにめちゃくちゃ苦しんできました。
本日は以上です。
今回も読んでいただき、本当にありがとうございました。
これからも、「仕事でも私生活でも心をラクにする(ワークライフハック)」をテーマに、心をラクにするキッカケになり得ることを発信し続けます。
「心をラクに」というのは、「快く安らかに過ごしている状態」という意味で使っている言葉であり、「サボる」という意味ではありません(快く安らかに過ごすために、時にはサボる時も大切ですけどね)。
少しでも多くの人に『心をラクにするキッカケ』を得てほしいと思っているので、興味を持っていただけたなら、他のnoteにも目を通してもらえると嬉しいです。
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