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【後編】東京から移住してつくった空間は、時間を忘れて過ごせる「まちの書斎」

前編では東京から千曲市へ移住を決めるまでの過程を説明してきました。
後編では千曲市でカフェをオープンするまでの様子をお伝えします。

”よそ者”であるという不安を凌駕する分け隔てのない協働の精神

自然環境の中で都市生活における仕事もバランスよく共存させるため、私たち夫婦は2020年3月、千曲市での生活をスタートさせました。
私たちは移住と同時に入籍したので、私は苗字も住所も変わってしばらく自分が身元不明のような、宙ぶらりんの感覚になっていました。
しかし、移住の相談に乗ってくれた田村さんが自宅のBBQに呼んでくださったり、知り合った市役所職員の方々がその後も親しくしてくださったりと、千曲市での交流の入り口は開かれていました。

引っ越しから間もなく、新型コロナウィルスの流行が本格化しはじめました。コロナ禍において、戸倉上山田温泉の旅館主が中心となってはじまったフードデリバリーサービス『温泉イーツ』の企画立ち上げに夫婦で参加する機会を与えていただきました。

私たちのような“よそ者”が、いきなり温泉街の非常に困難な状況下での活動に受け入れられるのだろうかと半信半疑でしたが、有田屋旅館の柳ケ瀬さん、亀清旅館のタイラーさん、姨捨ゲストハウスなからやの鍛冶さんといった地元の方々とお会いし、こちらが面食らうほどに当然の如く、企画メンバーの一員として受け入れていただきました。
私は今までに感じたことのないような分け隔てのない協働の精神に圧倒されながら、温泉街の表側だけでなく、人の思いが詰まった「奥深く」に引き込まれて行きました。

ご縁から話が進んだカフェオープン、浮かび上がったのは「まちの書斎」という世界観

『温泉イーツ』の運営に協力してくださったタクシー会社、畑山ハイヤーの社長さんと知り合い、ある日「使っていない建物があるんだけど借りない?」と言われて興味本位で見に行かせてもらいました。

リニューアル前

その物件が今の「CLOUD CUCKOO LAND」です。タクシーの駐車場として使っていたピロティ部分があり、二階が広くなった建物は大きさも十分で、「なにかできそう!」とワクワクさせるものがありました。
すぐに自分のお店を開くとは思っていなかったのですが、それから数か月の間も時折畑山さんから賃料の提案などがあり、徐々に私も具体的に考えるようになっていました。

移住から半年、遂にカフェ開業を決意します。個人経営の旅館や飲食店が多い土地柄もあり、開業の勇気を後押ししてくれる雰囲気が心強かったと思います。主人がリモートワークでずっと自宅で仕事をしており、作業に使いやすいカフェやワークスペースが近所になかったことから、仕事や勉強が快適にできる場所を作りたいという思いができていました。
移住した後も千曲市のワーケーションに顔を出しており、他の参加者さんの話を聞くなど、場所を変えて仕事をすることの良さを知るようになりました。

特に温泉街でワーケーションと聞いた時、本好きの私には、その地で暮らす人々と緩やかに交流しながら執筆する小説家のイメージが湧いていました。今でも芸者さんがいるという戸倉上山田温泉だからかもしれません。川端康成の『雪国』を思い浮かべたりしていました。そんな空想のなかで、カフェをつくる物件の和室に立ち、「書斎」という言葉に思い当たりました。
旅先で新たな発見と出会ったあと、部屋に戻って落ち着いたときの内省的な時間。新鮮さと自分の世界が混ざり合う静かな喜び。私の大切にしたい、その人その人の自分との時間という主題が形を帯びて浮かび上がってきました。

読書も旅をするように、違う場所や他者の心と繋がる経験のように思います。
仕事も勉強も読書も、自分の内側と外側を撚り合わせて代謝する“work”である、という捉え方に行きつきました。ぼんやりと珈琲を飲む時間もそうかもしれません。そのような自分の時間を過ごす場所を街に、という思いで「CLOUD CUCKOO LAND」のコンセプト「まちの書斎」が出来上がりました。

地域の方と作り上げた空間、店と共に構築された自信

あとは形にするのみです。2020年11月に改装工事が始まり、冬の間はずっとDIYで壁塗装をしていました。何事も初めてで思っていたよりも時間がかかり、正直しんどくなった時もありました。

リニューアル前2

お店の構想はできていましたが、リノベーションは手を入れながら考える部分も多く、古い建物と対話しながら作っていく過程はとても楽しい反面、正解がわからず悩むことが尽きませんでした。

内装の様子

寒い中で黙々と作業を進める中、姨捨ゲストハウスなからやの鍛冶さんのアドバイスを受けて、お正月明けに壁のペンキ塗りをイベントとして開催、集まってくれた方々に手伝ってもらいました。初めてお会いする方々や、子どもたち。新たな出会いの場ともなり楽しい経験となりました。
空き家がカフェに変わっていく姿を一緒に見ていただいて、お店の完成を楽しみにしてくださる声を聞けることは大きな励みになりました。元々いろんな方に相談したり頼みごとをしたりが苦手でしたのでプレッシャーにはなりましたが、周囲に気にかけてくださったり積極的に経験談やアドバイスをしてくださる方々がいてよかったです。
お店のことを人に話す機会が増え、少しずつ自分の殻を破る訓練になり、オープン準備の期間に自分自身がとても成長できたような気がします。

工務店さんにお願いした床や水回りの工事が完了し、壁の塗装も終わって家具を配置し始めると、一気にお店の実感が湧いてきました。これまで作業に夢中だった中で、はっと新しい自分のお店が目の前に現れ、嬉しさと不安の両極に引っ張られるような気持ちになりました。しかし、和洋が入り混じった「まちの書斎」とカフェの空間、新品のシンクや冷蔵庫の並ぶキッチン、建物のあちこちで古びた木材がこの街の歴史に迎え入れてくれるような、そんな心強さも与えてくれました。

「長居歓迎」浸透してきた思いが街の一部になることを願って

寒さも和らいできた頃、毎日つなぎ姿で作業していた日々は終わり、遂にエプロンを掛けて最初の珈琲をいれました。

エントランス2

それから程なく、3月20日にワークスペース&カフェ「CLOUD CUCKOO LAND」がオープンしました。当初はお客様を迎える度に、

「気に入っていただけるだろうか」

「居心地の悪いところはないだろうか」

と毎日緊張し、何度も足を運んでくださるお客様がいらっしゃると嬉しくてたまらないというような感じでした。

不安と喜びが乱高下して、手よりも気持ちが忙しい状態であれやこれやと考えながら、あっという間に数か月が経ちました。

最初のほうは近所の方やSNSで見つけて来てくださるカフェ好きの方が多く、写真を撮って拡散してくれるので、人通りのない立地の当店にはとてもありがたかったです。

サイトイメージ

しかし、思ったよりゆっくりと過ごしていかれる方が少ないような気がしてきて、ウェブサイトのトップに「長居歓迎」の文字を入れてみました。
仕事でも休憩でも自由に、ゆっくりと自分の時間を過ごしてほしいという思いが伝わる方法を試行錯誤していましたが、単刀直入に「長居歓迎」と謳うことが一番功を奏したようでした。

会員制か時間料金が主流のワークスペースのイメージを覆し、仕事でも勉強でも読書でも、それぞれが自分の好きな時間を過ごしに気軽に訪れる場所となるよう努力してきました。

オープン景気が落ち着いて、不安な時期もなんとかやり過ごし半年程たった今は、少しずつお店のコンセプトに共感してくれるお客様が増えてきているように感じています。

店内3

「まちの書斎」はお仕事をしに来る方と勉強されている方をメインに、高校生から大人まで幅広く利用してくださっています。
学生さんだけでなく大人も勉強しに来てくれている様子を見ると、我ながら「良い場所だな」と思ってしまいます。

本を持ってきて何時間もゆっくりと過ごしてくれる方、勉強の合間にソファ席で休憩したりして自由に過ごしてくれる方、仕事をしてからお酒も楽しんで帰ってくれる方など、私のやりたかったお店の風景ができてきて、しみじみとやってよかったと思います。
まだまだお客様の数は少ないですが、時間がかかってもこのまま街の一部になっていければと思っています。

夢の実現以上に価値あるものとなった空間

お店をはじめて、今まで出会って来なかった街の人々と知リ合う場となり、自分の夢の実現以上に価値あるものとなったと感じています。
「お店とお客様」という立場でも、「一緒に地域を共有する人」との出会いとなります。個人の時間を大切に過ごす場所を作って、結果的には様々な顔を持つ人々とのゆるやかなつながりを感じる日々を得ることができました。

画像7

「地域に根差す」というと長い期間をその土地で暮らすことのように思えますが、今の生活はより一瞬一瞬の関わりに濃度があり、自分が街と環境と人々の一部であるように感じられます。
移住してまだ1年半、お店をはじめて半年ですが人々の生活や人生の変化を傍に感じる千曲市での生活は、その時その時の鮮やかな色合いを発見し続けていくものだと思います。お店の営業はまだまだ手探りですが、これからも思いを形にする挑戦を続けていきたいです。
市民生活を豊かなものにするための基盤は「一人一人の考え」だと思います。

「自分の時間を過ごす場所を街に」

というテーマへの探求を続け、訪れる方々と私自身の変化していく人生の間で、良き隣人でありたいと考えています。

「CLOUD CUCKOO LAND(クラウドカッコウランド)」
〒389-0821 長野県千曲市上山田温泉二丁目31-3
https://cloudcuckooland.jp/

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