小さいものと暮らす
うさぎと暮らしています。そろそろ10年弱になります。
うさぎといっても本当のうさぎではなく、うさぎ(ミッフィー)のぬいぐるみです。
前の職場でそろそろ部署異動になりそうだなという頃、ネットで見かけたミッフィーだるまのぬいぐるみがかわいくて、ミッフィーなのにだるま、とは……? と首を傾げつつ買いました。
幼い頃から両親、兄弟ともにぬいぐるみに抵抗がなく、旅行などに連れて行くことも多かったのですが、多くの子はプレゼントやお土産としてやってきたり、家族が購入またはゲームセンターから連れて帰ることが多かったため、自分でぬいぐるみを買ったのはほぼ初めてのことでした。
その頃、わたしは自分にお金をかけることに今より罪悪感がありました。
たまの休日、気分転換にカフェに行ったときはいつも一番安いメニューを選んでいましたし、旅先では休まず歩き回るのでいつもへとへとになってしまう。綺麗なお店に入る時はいつも気後れしていたし、服やコスメはぜいたく品、自分なんかが手に取るなんて恐れ多い、いちばん安いものしか触る権利はないと思っていました。
いわゆる自己肯定感が低い、というのは自覚していました。でもどうすればいいかわからない。
「ほめ日記」という本を本屋さんで見かけたのは、うさぎと暮らし始めたのと同時期くらいだったと思います。本に書かれている通り何もかもが上手くいく……なんてことは無いだろうなと思いつつ、一年ほどはかなり真剣にやっていました。仕事の疲れで一日ぐったりしていても「休んでえらい、休むことを選択できたわたしはえらい」と自分に言い聞かせ、書いてもいました(これは結構効きました)。
生きててえらい、起きてえらい、職場に行ってえらい。とてもえらい。
まるで仕事のように、そんなことを毎日ノートに書き続けていました。
うさぎがやってきて数日後のある日。
ふと、SNSにフォロワーさんの推しのぬいぐるみの写真がたくさん流れていることに気づきました。そう、当時は刀のお兄さんの「もち」ぬいぐるみが流行りだしていた頃だったのです。
いいなあ、かわいいなあ。
……いや、推しのぬいぐるみがありなら、うちのうさぎの写真を流すのも全然ありなのでは?
最初に上げた写真は、カフェで紅茶を飲むうさぎの姿でした。
ケーキを食べたりお花を眺めるうさぎの写真を上げると「いいね」がつきます。折角なのでinstagramアカウントも作りました(インスタではうさぎの友達がたくさんアカウントを持っています)。うさぎは小さかったので、トランクに入れて出張に連れて行ったりもしました。
それからしばらくして。
異動先の部署では前任者と上司の業務を大量に押し付けられ、それが切欠で転職することになりました。幸い、動き出すタイミングも良かったため、転職は比較的スムーズにいきました。
転職から半年後、前の職場に結構大きな問題が発生したことを人づてに聞きました。友人たちにはあなたがあの職場から転職してて良かった、と口々に言われました。
きっとこれはうさぎのおかげに違いない。
お供えをしなければ。
達磨の姿もあってか妙に霊験あらたかに見えてくるそのうさぎを、しばらくは休日、出かける度に連れて行きました。家におやつがある時はおやつもお供えしました。
やがて。
ケーキや紅茶をお供えされ続けたうさぎは、自分に自信のある、すてきなものが大好きなうさぎになりました。
うさぎは職場に行かないし、仕事をミスして叱られることもありません。SNSで写真を上げればすぐ「いいね」がつくし、いつもみんなにかわいいねと言われるので、誰かの視線を気にして自己卑下する理由なんてどこにもありません。だって、うさぎはかわいいのです。ほしいものはほしいし、食べたいものは食べたい。楽しいことしかしたくない。でもうさぎはまだ1歳にもならないので、お財布のことなんて知りません。
あれ、食べたい!
カフェのすてきなケーキの看板を見たうさぎが言います。いやいや、とわたしは言います。別におなかも空いてないし、高そうだし。やだやだやだ! とうさぎが言います。あれが、いま、食べたいの!
……仕方ないなあ。
ため息をつき、わたしはカフェに入りました。わたしは人間の大人なのでちゃんと我慢もできますが、うさぎがそう言うなら仕方ない。
でも、ケーキはとてもおいしかったのです。
うさぎを連れたにんげんは、以前よりカフェに行くようになりました。
カフェではいちばん安いメニューだけでなく、食べたいものを注文するようになりました。うさぎが食べたがるからです。それから、疲れて仕事をお休みしても自分を責めなくなりました。必要以上に自分を責めていると、うさぎが不思議そうな顔でこちらを見ているのに気づいたからです。寒いときにはあたたかい服や靴下を着るようにしましたし、暑い日は水を飲むようになりました。
それから、仕事が大変なときは本当に大変だなあ、と思うようになりました。うさぎがこんなのいやだ、きらいだと叫ぶからです。疲れたときは自分を責めずよく眠るようにもなりました。
やがて、にんげんはひとり暮らしを始めました。
にんげんがひとりで暮らす家にはそのうちもう一匹、小さなうさぎがやってきて、うさぎは大変ショックを受けるのですが、やがてつかず離れずの距離で一緒に過ごすようになりました。まあ、そういうこともあります。
それから更に時間が経って、にんげんは休職して実家に帰ったり、うさぎではないもちもちした変な子を連れてきたり、自問自答ファッションを始めたりするのですが、それは別のお話です。
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フォローしている自問自答ガールさんのnoteを読みながらいろいろ思い出したのと、講座を受けた自問自答ガールさんのなかには「小さき者を愛でる」という宿題が出ている方がいるのを知って驚いたので書きました。とはいえわたしのやり方は結構特殊かもしれませんが。
「自分を貴重品のように大切にすると強くなる」とは、昔読んだ本の言葉ですが、自分を大切にするには知識と訓練がいるのだと思います。でも、訓練だからいつからでもできるし、何かの支払いのように自分を責め続けていたときに比べたらわたしは確かに強くなったと思います。
ちなみにこれ、親にも効きました。ひとりではいまだに飲食店に入れないという同年代の友人も多く、熱中症注意報が出ている日にもコーヒーショップにも寄らず外出先から真っ直ぐ帰宅し、実家の片付けに行く際はろくに休憩しない人だったのですが、うさぎを連れ歩くようになった結果、最近はそれなりに休めるようになった、ようです。
(でも夏場はお茶やコーヒーではなく水を飲んでほしい……水、水を……)