2021「夏のめぐろ能と狂言」より『鍋八撥』
笑って、ひたって。狂言と能のエッセンスをたっぷり味わえた「夏のめぐろ能と狂言」が8月29日、めぐろパーシモンホールにて開催されました。初参加だったけれど、地元の方が楽しみにしているのか、ご高齢者から親子連れ、夏の着物姿の女性もいらして華やかでした。
最初に目黒区長さんが登場。目黒区教育委員会が共催しているのですね。区長さん、能や狂言には関心はなさそうでしたがワクチンをぜひ検討してというメッセージはしっかり発信しておられました。
続いて、能楽研究科の金子直樹さんが作品解説。とてもわかりやすく易しい言葉で見所を教えてくださいました。お名前に見覚えが・・・と思ったら、愛用している狂言のガイドブックの著者でした。お話が聞き取りやすく、メリハリがあって面白い。さすがです。
演目は仕舞、狂言、能の3パートに分かれています。
最初は仕舞(しまい)。能の舞を一部切り取った舞で、この日は3曲。
長刀をもって『巴』をかっこよく舞ったのは井上燎治さん。この公演を主催する燎の会の代表の方でした。
続いての『井筒』は松山隆雄さん。在原業平とその妻のお話で、奥さんが業平亡き後、幼い頃に一緒に遊んだ井戸をのぞいて昔を懐かしむという舞です。しっとりした風情があって、素敵でした。
3つ目の舞は、演者の方が変更になっての『融』。パンフレットに美しい型の連続とあったけれど、たしかに扇を構えたり、袖を跳ね上げたりと、よく写真で見るポーズがたくさん出てきて、なるほど、これが踊りの型なのねと納得したのでした。
そして、いよいよ狂言『鍋八撥(なべやつばち)』。すごく楽しみにしていたんです。なぜなら、キャストが鍋売り=野村万作先生、鞨鼓(かっこ)売り=お孫さんの野村裕基さん、市場の目代(もくだい)=野村萬斎さんの親子三代共演だから。以前も同じキャストで見て、すごく楽しかった! 今回はどうでしょう。
まず、萬斎さんが登場。やや偉い武士の装いで凛々しい雰囲気です。
「この頃、景気が良くてあちこちに市が立つ。ここでも新しい市を開くが、最初にきたものを代表者にして、優遇しよう。まず、その知らせを出そう」と、高札(掲示板のようなもの)を出します。
そこに、裕基さん演じる鞨鼓売りが登場。肩に長い棒を担ぎ、その先に小さな鼓のようなものが括られています。その鼓のようなものが鞨鼓(かっこ)という楽器。徹夜して歩いてきた鞨鼓売りは見事、一番乗り。一番の場所に陣取って、まだ早いからと一寝入り。
そこに、万作先生演じる鍋売りがやってきます。鍋といっても金属製ではなく、植木鉢のような土でできた素焼きの平鍋。それに紐をかけて大事そうに吊るし持ち、市場へ到着。夜中にやってきて一番乗りかと思いきや、なんと先着のものが。うーん、悔しい・・・が、鍋売り、ひらめきます。
なんと、忍び足で鞨鼓売りの前に座り、寝たふりをするんです。
目を覚ました鞨鼓売りはプンプン怒ります。「何だ! 私が先にきたのに」。鍋売りは知らん顔で「いやいや、私のほうが先だった」と言い放つ。この辺りから、直球で怒ってしまう若い鞨鼓売りと、老獪な鍋売りの態度の違いが明確になり始めます。
2人がもめているところに、目代が登場。なんだ、どうしたというと2人は口々に「新市のことを知って徹夜できて、自分が一番乗りなのに」と訴えるのです。困った目代はそれぞれに話を聞きます。順番は、必ず鞨鼓売りが先。ここから五番勝負(?)に入っていきます。
最初に鞨鼓売りが訴えたのは、自分の商品、つまり鞨鼓の方が市のナンバーワン商品にふさわしいだろう、ということ。「鞨鼓は稚児若衆が遊びに使うもの」。つまり、ここで鞨鼓を売れば裕福な洒落者が集まり、市が華やかになりますよ、ということでしょう。
目代、ウンウンと納得しつつ、鍋売りはどうだと聞くと「鍋は煮炊きに使うもの。鍋で作った食事は身分の高い人だって食べるし、第一、稚児若衆だって食事をしなければ、遊ぶも何もないでしょう」と、堂々と云い返します。
第2の勝負は、由緒。鞨鼓売りは、「鞨鼓に因んだ詩がある」と、難しい言葉を使って鞨鼓がいかに高貴なものかを説明します。それに対して鍋売り、「鍋には歌がある」と、「屋根に上がってみればあちこちから竃の煙が見える」という歌を紹介し、「鍋がなければそんな光景もありえないのです」と、えっへん。わかりやすい言葉で風景を描き出すのですから、観客の心はそっちに惹きつけられますよね。
しかし、まだ決着はつきません。そこで目代は「キリがないから何か勝負をしろ」というと、鞨鼓売りは「では棒を振りましょう(=使って舞いましょう)」と、鞨鼓をくくりつけていた棒を下ろし、鞨鼓を外してバトントワリングのようにクルクル回しながら、颯爽と棒術を披露!
鍋売り、ピンチ。しかし売られた喧嘩は買わねばなりません。目代に、「自分も棒を振るから、棒を貸してください」と仲介を頼むのですが、鞨鼓売りは「それぞれ自分の持ち物を使うのが筋だろ」と、ツーン。
鍋売りは仕方なく、紐で吊るした鍋を振ろうとしますが、ちょっと揺すっただけで大事な鍋が落っこちそう。アワアワしただけで終わります。
鍋売りが「振るのは無理だ」というと、鞨鼓売り「じゃあ叩けば」と、新たな勝負を申し出る。ここから互いのユーモアと意地が炸裂。
鞨鼓はもともと打楽器。鞨鼓売りは、腰にくくりつけた鞨鼓を短い撥で左右からポコポンポン、と軽快に叩いて演奏します(ここから笛方が登場し、バックで演奏)。
次は鍋売りの番。「鞨鼓を貸して」と頼みますが「自分の道具を叩けばいい」と断られ、仕方なく鍋を叩くことに。身支度をしている間、鞨鼓売りが目代に「さっきから物を貸さず、情のないやつだと思われたくないのでこの撥を貸しましょう」と申し出るのです。
さて、支度の済んだ鍋売り。鍋をお腹にはりつけるようにくくりつけてあります。「鞨鼓売りが撥を貸してくれたぞ」というのでにっこり笑って受け取り、鞨鼓売りに「さっきから情けのない人だと思っていましたが、この度はありがとう」と頭を下げるのですが、鞨鼓売りは「礼には及ばん」と、ツーン。
笛の演奏が始まり、鍋売りが撥で鍋を叩こうとすると・・・おっと危ない、鍋が割れてしまう! 鍋売りは鞨鼓売りの作戦に気づき、目代に訴えます。「あいつ、撥で私の鍋を割ろうとしたんです。なんて嫌なやつだろう!」
鞨鼓売りはかなり強気で高飛車だし、鍋売りはああだこうだ言い抜けて、結局がを通そうとする。目代はそろそろめんどくさくなってきたのでしょう。
「もういいから、同時に演奏して決着をつけなさい」というと、2人とも最後の勝負に。
まず、鞨鼓売りが鞨鼓を叩きながらクルクルターンしたり、さっと腕を振ったりして勇壮に踊ります。手足の長い裕基さんの舞が本当にかっこいい。「雅な商品にプライドをもつ若き商人」という雰囲気が、踊りからも伝わります。
対する鍋売り。颯爽とした鞨鼓売りの姿をびっくりしながら眺めつつ、何とかその真似をするのです。鍋売りはおじいさんだし、お腹の鍋をかばいながらですから、ダイナミックな動きはできません。
鞨鼓売りが撥でポコポコ叩くのに対して、鍋売りは束ねた松葉でシャラシャラと優しく鍋を叩く。腕をあげるタイミングなども真似っこですから微妙にずれるのが面白く(その絶妙なタイミングも見事な演技)、鍋売りが次はどんな動きをするかと、ワクワクしながら引き込まれます。
そしてついにクライマックス! 鞨鼓売りは舞台でひらりと側転! くるくると回りながら幕の中に引っ込みます。視線は鍋売りに集中。どうなる、どうなる? とドキドキしながら見守ると、鍋売り、エーイと腕を振り上げました。側転!? 無理だよ・・・と固唾を飲む観客。
鍋売りもいったんは腕を下ろしますが、「うんうん」とにっこり頷いて再チャレンジ。えっ!! 床に腰をつけ、そこから横向きに、けっこうなスピードでくるりくるりと2回転! 御歳90歳とは思えぬ体技にどよめく観客席。
と、鍋売りは姿勢を崩し、ぺちゃんと崩れてしまいます。あっと体の下を見る鍋売り。身を起こしながら、割れた鍋のかけらを1つ、2つと集めて。
「数が多うなって、めでたい」
わーっと拍手が湧きました! 普段なら、演者さんたちが引っ込む直前くらいに、タイミングを伺いながら拍手が起こることのほうが多いのに。
でも、この時に拍手せずにはいられなかったな。すごい、すごい!
勝負に負けたとか、商売ものをダメにされたという意味の捨て台詞じゃないんです。あっという驚きがあって、「まあいいか」というあっさりした諦めとともに、プラスの方に持っていくあっけらかんとしたポジティブさ。そして何より、万作先生の笑顔と温かい声音。
やられたー! って感じ。見事に、気持ちよく幕を引いていただきました。嬉しかったな、また見られて幸せでした。
休憩後の『羽衣』については、またあらためて。
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