嗅覚
1.
嗅覚があって良かったなぁと、最近とても思う。
人間には視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚の五感がある。
視覚障害者向けの点字ブロックや、聴覚障害者向けの字幕など、視覚や聴覚はクローズアップされる印象である。また、目を閉じれば視覚が失われた時の感覚を想起できるし、耳栓やイヤホンをすれば"外部の音が聞こえない"という事象の疑似体験をすることが出来る。
だが嗅覚は、よっぽど鼻がつまらないと鈍くならない。意識的に"匂いを遮断"したことがある人は極わずかなのでは無いか。
だからこそ、五感の中で嗅覚はいわゆる"サブキャラ"みたいな感覚でいた。
だがここ最近、新型コロナウイルスの症状として「味覚・嗅覚障害」が出てくるようになり、嗅覚が無くなった世界を知る人が増えてきた。
実際私はコロナにかかっていないため、"匂いのない世界"は未知の世界だが、コロナにかかった友人は"鼻がバグり初めた時は本当にしんどかった"と言う。
私たちが思っている以上に"匂いの無い世界"は辛い世界なのかもしれない。
2.
少し視点は変わるが「匂いは1番記憶に残る」「1度匂った香りは二度と忘れない」という考えがある。私はこの考えに賛同している。
元彼がつけていた香水の匂いがふと街で香ると、その人との記憶が想起される。
実家の柔軟材の匂いはどこかほっとするし、晩御飯の匂いには懐かしさを感じる。
匂いと記憶は繋がっているのだ。
記憶まで引っ張って来れなくても「この匂い知ってる」という感覚に陥る時もある。
そう思うと嗅覚は、絶大なる記憶力を持っているなと思う。
脳や心で思い出せない記憶を、嗅覚だけは最後まで覚えているのではないか。
昨日の晩御飯すら覚えていられない"忘れていく"私たち人間だから、この嗅覚の記憶力はめちゃくちゃ頼りにしたい。
忘れたくない思い出がある時は匂いと紐づければいいし、私のことを忘れて欲しくない人には、香りをひとつ教えればいい。
3.
春の匂い、雨の匂い、冬のニオイが好きだ。
季節に匂いなんてないという人もいると思うし、雨の時のあの独特の匂いは「ぺトリコール」と言って、ある植物から発生した油が乾燥した土や石に付着していて、その油が雨に当たった時に空中に舞い上がることで発生する現象だと科学的に証明されている。
道理はわかるが、ロマンはない。
春の匂いは、春の植物や日光の匂いと、そしてこれから始まる新生活に向けたワクワクや少しの不安、全てが混ざった匂いだと思いたいし、冬のあの切ない匂いは、雪と冷たい空気とイルミネーションの電気の匂いと、そして寒さに寂しさを覚えている人達の少し切なくて儚い気持ちが混じった匂いだと信じたい。
雨の匂いは、日々頑張りすぎている気持ちを慰める匂いだと思いたい。
ここまで思う私は、ロマンチスト過ぎるのだろうか。
4.
嗅覚があって、ほんとうに良かった。
匂いが思い出になるし、記憶になるし、出し切れなかった気持ちたちが匂いに溶け込んで消化されてゆく。
サブキャラとか思って、ごめんよ、嗅覚。
私の思い出達の記憶と記録を、頼んだ、嗅覚。
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