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『ファンレター』を観劇して

はじめに

9月12日に日本版『ファンレター』を観てきたので感想とも呼べぬ感想を書いていきたいと思います。
これはただの舞台オタクが舞台を観て考えたことを述べただけのものであり、『ファンレター』という作品において重要である歴史的背景や文学については一切触れていません。
初めて『ファンレター』という作品を拝見して率直に感じたことを、セフンという人物を中心につらつらと綴っていきたいと思います。
知識は何もないので的外れなことを言っていたらごめんなさい。
*ネタバレ含みます

あらすじ

さよなら。私の光、私の悪夢。

1930年代・京城。セフンはカフェで驚くべき話を耳にする。亡くなった小説家ヘジンと恋人の“ヒカル”が共作した小説が出版される、しかも謎に包まれたヒカルの正体まで明らかになるという。セフンはヘジンの友人でもある小説家イ・ユンを訪ね、とある理由から出版を止めるように頼む。だがイ・ユンは頼みに応じないどころか、ヘジンがヒカルに最後に宛てた手紙を持っていると嘯き、セフンにヒカルの謎を明かすよう迫ってくる。なんとしても手紙を手に入れたいセフンは、隠してきた秘密を語り始める—。

東京に留学していたセフンは、自身が日本で使っていたペンネーム「ヒカル」の名前で尊敬する小説家・ヘジンに“ファンレター”を送っていた。手紙のやり取りを通して2人は親しくなっていく。
その後、京城に戻り新聞社で手伝いを始めたセフンは、文学会「七人会」に参加したヘジンと出会う。だが、肺結核を患っているうえにヒカルを女性だと思って夢中になっているヘジンに対して、ヒカルの正体を明かすことは出来なかった。これまでどおり手紙を書き続け、完璧なヒカルであろうと決心をしたセフン。ヒカルはどんどん生きた人物になっていく。
そんな中、セフンが書きヘジンに送っていた小説がヒカルの名前で新聞に掲載され、ヒカルは天才女流作家として名を知られ始める。ヒカルの正体が明らかになることを恐れたセフンは―。

https://www.tohostage.com/fanletter/

あらすじをさらに要約すると、
「セフンは尊敬する小説家のへジンにヒカルというペンネームでファンレターを送っていたが、ヘジンはヒカルを女性だと思い込み恋に堕ちる。セフンは本当のことを言い出せず、ヒカルという女性になりきって手紙を送り続けるが…」
みたいな感じです。

セフンとヘジンという関係

セフンがヘジンに抱いている感情はなんというか、とても大きなものです。
最初はヘジンの書く美しい文章に惚れたのでしょう。
でもその感情はいつしかへジンの文学だけでなく、へジン自身にも向けられていきます。
手紙の返事が来た時からでしょうか。
明確な表現こそないものの、セフンのへジンに対する感情は尊敬という域を超え、一種の恋心のようにも見えるのです。

セフン役である海宝さんをオペラグラスで覗いた時の衝撃を忘れられません。
見てはいけないものを見てしまった、とすら思えました。
へジンを見る目が本当にキラキラとしていました。
憧れの先生が自分のすぐ近くにいる、というのはとても魅力的なことでしょうが、憧れだけではない、もっと繊細で複雑な感情をその瞳に宿していました。

日に当たるへジンの横顔を見る時のセフンの柔らかな眼差し、へジンの手に触れてみようとするセフンの熱を帯びた指。
胸が痛いくらいにヒシヒシと愛が伝わってきました。
純愛だと思いました。
そうです、セフンのへジンに対する感情はとても純粋なものだったのです。

セフンが紙で指を切ってしまい、へジンに手当てしてもらうシーンがあります。
あのシーンの背徳感と言ったらもう、、、恍惚の境地です。
オペラで覗いているのがなんだか申し訳ないくらいにふたりの世界でした。
尊敬してやまない先生に跪いて手当てをしてもらう、なんてこんなシチュエーションオタクだったら誰もが喜びますよ(主語がでかい)

セフンとヒカルとへジン

ヒカルはこの作品においてとても重要な存在です。
へジンの恋人であり、セフン自身でもあります。
とてもややこしいですが、ヒカルはセフンでセフンはヒカルなのです。

表現が正しいかはわかりませんが、セフンとヒカルとへジンの関係性は究極の三角関係のように思えました。
へジンはヒカルを愛し、セフンはへジンを愛し、またヒカルはへジンの文学を狂愛しています。
へジンは文通という手段のみでヒカルの存在を確信し、愛するようになります。
セフンはどれほど悩んだことでしょう。
へジンはヒカルを愛しているのです。
ヒカルは自分自身なのです。
自分自身でありながら自分とは正反対のような、そんな存在なのです。

セフンは自分で生み出したヒカルという存在に苦しめられます。
最初は、ヒカルとはセフンのペンネームであってそれ以上でも以下でもありませんでした。
それが、へジンにヒカルは女性だと誤解されていると知った日から、すなわちヒカルという女性になりきって手紙を書き続けようと心に決めた日から、ヒカルは一人歩きをするようになっていきます。

ヒカルという人物をどう解釈すればいいのか悩みましたが
①潜在意識を具現化した存在
②文章を書く心
の両方であると解釈するとしっくりきました。
①→物語が進むにつれヒカルは狂気を帯びていきますが、それはセフンも心の奥底で狂気に似た何かを抱いていたということです。
無意識のうちに生まれたへジンへの果てしなく大きな感情は、ヒカルを通して観客に伝わっていきます。
②→ヒカルとはもともとセフンのペンネームですので、セフンが文章を書くときは常に「ヒカルとして」書いていたということになります。
ヒカルはセフンの文章力そのものであるし、文を書く際に同じ時を過ごした大切な心の一部なのではないかと思いました。

舞台後半、ヒカルを見るセフンの目は、何かに怯えた子どものような目をしていました。
自分の中で生まれたヒカル(=狂愛)をコントロールできない自分の無力さに怯えているのかもしれないと思いました。
自分でありながら自分で制することはできない、ヒカルはそれほど大きなパワーを持っていたのです。
つまりセフンは、それほどへジンの文学に陶酔していたということでしょう。

ヒカルはただの狂った存在ではないのです。
へジンの文学を愛すあまり生まれた狂気的な部分なのです。
セフンは体の弱っているへジンに書くことをやめさせたいと薬を勧めますが、ヒカルはそれを許しません。
これは「これ以上書き続けたら先生が死んでしまう」という恐怖と「死をもってまでも書き続けてほしい」という欲望が己の中で葛藤しているのでしょう。先生自身を愛しているセフンの部分と先生の文学を愛しているヒカルの部分が戦っています。
ここで大切なのは、薬を飲まずに書き続ける選択をしているのはへジン自身だということ。
ヒカルと一緒に作品を書き上げたいという強い意思を感じます。
へジンもまた、ヒカルの愛に溺れ、縋っているのです。

結局セフンは、ヒカルを殺します(自分の利き手をペンで刺します)。

大好きなへジン先生はヒカルを愛していた
ヒカルは自分自身であった
ヒカルは自分の才能であった
それでもセフンはヒカルを殺さなければならなかった
ヒカルを殺さなければ先生がヒカルに殺されるから

切なすぎますよね。

ヒカルを殺したということは自分の心の一部を殺したということであって、その一部とはつまり「文章を書く心」であって、だからヒカルを殺してへジンも亡くなったあと、セフンは何も書けなくなってしまったのでしょう。
それでも七人会に戻ってきたのは、へジンの最後の手紙を読んだから。
ヒカル宛ではなく、セフン宛の手紙。
最初で最後の、へジン先生から贈られるセフンだけの手紙。
その手紙でヒカルではなくセフン自身の愛が認められ、文章を書く心を取り戻したのかなと思いました。

そしてへジンは、実は悟っていたのです。
ヒカルとセフンはどこか似ている。
セフンにはヒカルとはまた違う優しさがある。
手紙の主が誰であろうと愛さずにはいられない。

全体を通して

この作品は静けさと沸々と湧き上がるような熱が特徴的な作品だと思いました。
好き嫌いは分かれそうな感じもしますが、私にとってはとても好みの作品だったので語らずにはいられませんでした。
やっぱり舞台はいいですね。
時代背景や台詞に織り込まれた文学作品なんかを理解できたらもっと作品が深まると思います。
私にはその技量がなかったのでこんな感想に留まってしまいますが。

セフン役の海宝さんは心配になる程たくさん泣いていました。
心からセフンになっているのだと、心打たれました。
海宝さんの目の演技は素晴らしいです。
様々な感情が伝わってきます。

ヒカル役の晴香さんは本当に歌がお上手ですね。
久しぶりに拝見しましたが、やっぱり私好みの声質です。
そして可愛い。激かわ。
今回はどちらかというと妖艶なお役でしたが、とても似合っていました。

へジン役の浦井さん。
退廃的なのにどこか温かく、文学に全てを捧げているという説得力があります。
大人の男性。かと思いきや冗談を言ったり子供っぽい一面もある。
俗にいう沼男。

今回話には出さなかったイユン役の木内さん。
めちゃくちゃ重要人物なのにへジンとセフンについて長く書きすぎて一回も登場させられませんでした。
心底へジンのことが大好きなイユン。
ブロマンスって最高ですよね…。
へジンと同時に咳き込んで笑い合うシーンは胸が熱くなりました。

そして斎藤さん、常川さん、畑中さんもそれぞれ個性的に人間味溢れるお芝居で魅了させてくださいました。

おわりに

やっとやっと終わりました。長かったーーーーー!!!
でも、溢れ出てくる感情をこうやって文字にすることができてとてもスッキリしました。
最後まで見てくださった方はここまでお付き合いしていただきありがとうございます🙇🏻‍♀️

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