おばちゃんの知恵袋
夜の訪れを知らせんと、空の端から桃色に染まりはじめます。すると、時間に追われた大人のように、子供たちはそそくさと帰り支度をすまし、伸びた影を引き連れて姿を消していきました。
「まだ帰らないのかい?」
「あ、おばちゃん。こんにちは。まだね、お母さんがまだなの」
「はい、こんにちは。お母さんを待ってるのね?一人じゃ危ないから、おばちゃんと遊ぼうか」
「いいよ」
子供はすんなりと承諾すると、地面を向いてじっと眺めます。おばちゃんは知恵袋をもってしても何をしているのかがわからず、一緒にどう遊んだものかと悩んでしまいました。
「何をしているんだい?」
「何があったか、考えてるの」
意を決して話しかけたものの、具体的な返事はありませんでした。おばちゃんは、なぞなぞを出されているような気になりました。しかし、その子はとても優しい子だったので、嘘や意地悪をするようには思えません。もっと、話を聞かなければいけないのだとおばちゃんは決めました。
「今見ているのはなにかな?」
「足が一緒で、ぴょんぴょんしてるの」
その子は指差しておばちゃんに教えてあげます。地面には、足が並んで点々としているのに、そこには跳ねたときのような跡はありませんでした。それは、判をおしたように気味の悪い足跡が出来上がっていました。
これは確かに面白いかもしれない。おばちゃんがそう思うと、自分が見ている世界はほんとうにささいなものなのかもしれない、そんな気になります。
子供の調査を進めるため、おばちゃんは一緒になって足跡を見はじめます。
しかし、それは知恵袋をもってすれば、すぐにわかりました。おばちゃんは、何かを引きずったような二本の線を足跡の両脇に見つけます。
「ぴょーん。ぴょーん」
「ぴょんぴょん。ぴょんぴょん」
子供を抱いて、少し進んでは下ろしてあげる遊びを思い出しました。おばちゃんも昔、子供にやってあげたことがあります。あまりない浮遊感に子供がたいそう喜んでくれたことを思い出しました。
答えがわかると、すぐに教えてやりたくなることが人のサガというものです。しかし、おばちゃんは決して答えを口にすることはありませんでした。
いつかその子に家族ができて、同じ遊びをしてあげたとき、ふと、この時の疑問が解けるのではないか。生きていくうえで、記憶が今とつながることの楽しみをわざわざ取り上げてはいけないと考えたのです。
「ねえ、おばちゃん。わかった?」
「いんや、おばちゃんにはわからないや。けどさ、いつかはわかると思う。おばちゃん、そんな気がしているんだ」
「なんとか袋?」
「そうだな、知恵袋だ」
「ふうん」
興味のなさそうな返事をすると、子供はふたたび地面をじっと眺めはじめました。その夢中になっている様子を、おばちゃんは優しく見守っていました。