#9 ひつじの自己憐憫
「ラクダのこぶを持っていたなら、あるいは頭上の雲は、わたしに同情するように日陰を作らなかったのでしょうか」
みずからの身を厳しい日差しにさらし、ひつじは進んで苦しもうとしていた。それは先日に少女のものがたりを守ることができなかったことがはじまりだった。
長く伸びた羊毛が汗を吸って体に張り付き、体温を逃がす邪魔をした。少女がものがたりを失ってしまった痛みに比べれば、そんな考えがひつじを引き下がらせなかった。そうして、喉の渇きが、ぼんやりとする意識が許されているような心地を与えてくれた。
「しかし、ものがたりのためにも、わたしはここで終わる選択をしてはいけないのかもしれません。せめて、わたしのかわりになってくれる方が現れるまでは」
ひつじは体を無理に起こし、おぼつかない足取りで立ちあがる。決まりかねている腹を抑え込み、言い訳がましく帰路についた。
窓がたたかれる。ずいぶん古い窓枠が、がしゃがしゃと音を立てた。
「おい、いるなら開けろ」
器用に窓を開けてハトが姿を見せる。感傷にひたり、返事もしないひつじの頭に飛び乗ると、ハトはくちばしでひつじの頭をつつきはじめた。
「このままわたしを食べてしまってもかまいませんよ」
「何捨て鉢なことを言ってやがる。こっちは仕事だ。そんな願いはお断りだね。そうなりたいならひとりで勝手にやりやがれ」
ハトの心に応えてか、奥でやかんの笛がなる。物怖じもせず、ハトはもう一度ひつじをつつく。
「その、痛いです」
「うるさいな。食ってほしいのか、やめてほしいのかはっきりしろよ。お前は半端な覚悟をいつもふりかざしているってのか。何があったかなんて知ったこっちゃないが、自分で完結しろ。ものがたりを完結させてやるために生きているんだろ。なら、自分のことくらい自分で済ませろ。こっちを巻き込むな」
罵るハトを大げさに振り払って息を整えると、ひつじは急に恥ずかしくなった。自分のことを憐れみたちどまっている間、どれだけのものがたりがさみしく相手を待っていることだろうか。
ふと、彼女のことが思い浮かんだ。ひつじは、彼女がどうしてあそこまでものがたりを受け入れていたのか、少し理解できた気がした。
ご清覧ありがとうございます。
こちらは前回のお話です。
ひつじとものがたりのお話はこちらにまとめてあります。