おけのうらぞこ
「ここに潜っちゃいけないわ。ばっちいのと、あっちの方に行ってしまうもの」
母の言いつけを守っていたら。そんな昔のことを思い出しても、もう後戻りなんてできなかった。
どこに行っても湯殿に囲まれた温泉街。木造建から伸びた煙突は、もくもくと蒸気を吐き出しつづけている。
迷い込んでしまったのか、侵入者として迎え入れられたのか。どちらにせよ、息をするのもこわかった。
通りの窓は風が吹いたらガタガタと鳴る。こちらへ何かが押し寄せんとしていることを教えるように、順を守ってやってきていた。
「そんなときは耳抜きするのよ。そしてよよを飲み込みなさい。いいね、きっとよ」
母は知っていたのだろうか。もしかしたら、ここで見つけられるのだろうか。立ちすくんでいると、特有のあのにおいが抜けていった。
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