
しあわせな夜を
雪を見て男は安心した。自分の手先が赤く痛むことも、息が白いことも喜んだ。
光り輝いた粒が空を舞う。祝福するように、祈るように。しかし、男はそれを喜ばなかった。恨み言をぷらぷらさげ、ひとり寂しく祝福された道を進む。
「ねえ、綺麗なものを綺麗って言えた方がいいよ」
通りすがりの男の言葉に、彼女は我慢がならず咎める。背筋をびくりと震わせ、男はおそるおそる後ろを振り返った。
「異常に見えるんだ。飾り付けて、幸せそうに。しあわせはもっと違うと思うんだ」
「しあわせってそれぞれでしょう?」
「それぞれ?ああそうかもしれないな。だか、ここまで飾り付ける必要もないだろう。見てくればかり栄えてるように見えて嫌になるんだ」
かわいそうな寂しい男。彼女は責めるよりも同情した。鼻を鳴らして肩で風を切り、そうやってしか生きていけない人々。そうして男の孤独を彼女はそうしてのみこみ、眉をひそめた。
「なんだ、言うことがないならお前もそうなんだろう」
「ねえ、この通りはうるさすぎるわ。あなたはここから反対の方に行ったほうがいい」
聞く耳を持とうとしなかった。男は背を向け、人々の荒波に自ら身を投じる。しかし、男の姿が見えなくなることはなかった。
人混みにもみくちゃにされ、男は道から外れ、後からやってきた彼女に捕まった。
「ほら、こっち」
「やめろ。触るな。不快だ」
「見てよ」
人の寄り付かない道は、オレンジ色の街灯に照らされる。シトシトと音が鳴る。雪が髪やコートに落ちた時の音だった。
道を進めばチカチカと寿命を迎えん街灯がやってきた。雪の幕が垂らされて、古い映画のような景色があった。
「どう?」
彼女は目を細めて言葉をかけた。男は顔を背け、黙ったままなにも言わなかった。
「あなたは、異常の人たちと変わらないのね」
「いや、違う。ただ、もう少しだけ時間がほしい」
「あら、可愛らしいこと言うのね。仕方ない。もう少しだけ一緒に歩いてあげるから。言葉を準備しておいて」
彼女は男の肩を叩くと、男は口をきゅっと結んだ。