下剋上のために
戦国時代というのは、武将たちのトーナメント戦みたいなものでした。テニスのトーナメント戦と同じく、そこには様々な特徴、武器、資本を持った選手が集まり頂点を決めます。テニストーナメントと同じく、全員が平等ではなくシード選手のような武将もいました。戦いの強さから見れば第1シードが武田信玄、第2シードは上杉謙信、第3シードは今川義元、第4シードは毛利元就といったような感じです。結局この戦国トーナメントを勝ち抜いたのは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康です。ただこの3人は明かにシード選手はおろか、予選からの選手でした。
夏季の試合がほぼ終わり、それぞれに結果が出ました。コーチとしても冬から取り組んできたことが、何にどうつながったのかなどの振り返りが必要で、いろいろとまとめたり検証していました。テニスコーチですからオンコートで行った戦術、技術的な部分については「今後の課題」として2項目グループLINEに流しました。
その内容は生徒の保護者も入るグループLINEですから、それなりの根拠と過去の事例からの内容をもとに作成しましたが、まだまだわからないこともたくさんあり、無知な分野、現在行っている実験、仮説などをここに書いておこうと思いました。
複数の大会を実際に観にいったのですが、気になったのはシード選手に大敗した子たちについてです。シード選手の技術力、練習時間などから考えても実力負けなのは明らかでしたが、自分の持っている力をより発揮できたのかという疑問がありました。本来は余裕勝ちしたシード選手の方が、体力的な疲れは少ないような内容であったにも関わらず、負けた選手の方が体力的な疲れが見えなかったのです。わかりやすくいうと負けた選手をみて「本気で全力で試合したのかな?」と思ったのです。一方で勝ったシード選手はかなり体力的な消耗が見られたにも関わらず、次のラウンドでは、より身体が動いていました。そして、試合をみた後に気になった私の率直な感想、主観から、運動強度という観点で4つの疑問にまとめました。
疑問1:普段の練習の運動強度が足りていないのではないか
疑問2:シード選手は試合中どの程度の運動強度でプレーしているのか
疑問3:ウォーミングアップ(試合前)はどの程度の運動強度で行うべきか
疑問4:運動強度がどの程度まであがると、パフォーマンスが下がるのか
運動強度というもの自体が、それぞれにいろんな数値があるのですが、現状で最も簡単に短時間で計測可能な「心拍数」に着目して調べてみました。
心拍数とは、1分間に心臓が拍動する回数で、体調を測る指標として昔から使われている数値です。主に平常時、変動比、最大とありますが「心拍変動」については重要そうですが知識がまだ全然ないので無視しています。単純な平常心拍数と最大心拍数のみを数値化した簡単な数値把握だと考えてください。
とりあえず、ざっと「心拍数」「運動強度」「テニス」「試合」などで検索した論文を読みました。余談になりますが、学生時代にお世話になった梅林先生の論文がたくさん出てきて、学生時代に「心拍」「乳酸値」「深部体温」など様々な環境でのデータ収集のサンプルとして何度か計測したことを思い出し、もっとちゃんと勉強してたらよかったと少し後悔しています。
論文をいくつか読んだ後に仮説を立てました。
仮説1:普段の練習、およびウォーミングアップなどで最大心拍数の約70%、またはそれ以上の負荷をかける強度になっていないのではないか。
仮説2:最大心拍数の約70%(テニスの試合中平均)とされるくらいの強度でパフォーマンスが発揮できていないのではないか。
まずは8月6日の火曜日に、メニュー別の心拍を計測してみました。計測方法は自分のアップルウォッチを次男(14歳)に装着させてメニューを実行しました。
*最大心拍数 220ー14(年齢)=206(次男)
①練習開始前 100前後 最大心拍数の48%
②静的ストレッチ 120前後 最大心拍数の58% 時間5分
③動的ストレッチ 130前後 最大心拍数の63% 時間3分
④3分間走(ジョグ)150前後 最大心拍数の74% 時間3分
⑤5方向(切り返しダッシュ)170前後 最大心拍数の82% 回数3回
⑦メディシンボール投げ 160前後 最大心拍数の77% 6球6セット
⑧アップラリー 130前後 最大心拍数の63% 15分
⑨ボール出しドリル 150前後 最大心拍数の74% 8球12セット
普段のレッスンや練習では、④から⑦のメニューはほぼ行いません。どれくらい心心拍が上がるのかテストしてみたかったので行ってみたメニューです。この普段行わないメニューが、通常メニューよりも明かに心拍が上がっていることからすると仮説1の通りであったと考えられます。
続いて8月8日ラリーや試合といった実践に近い形での心拍について計測しました。計測方法は同じくアップルウォッチで、練習相手のTくんに装着してもらいました。
*最大心拍数 220ー14(年齢)=206(Tくん)
①練習開始前 100前後 最大心拍数の48%
②動的ストレッチ 110前後 最大心拍数の53% 時間3分
③5方向(切り返しダッシュ)150前後 最大心拍数の74% 回数3回
④ラリー(スローテンポ) 130前後 最大心拍数の63% 時間5分
⑤ラリー(スローテンポ指導)150前後 最大心拍数の74% 時間40分
⑥ラリー(ミドル、ハイ)150前後 最大心拍数の74% 時間20分
⑦ポイント前負荷ありマッチ 170前後 最大心拍数の83% 3ゲームづつ
このメニュー内容は少し説明を入れます。④から⑥のラリー練習は、ストップウォッチを使っての15秒ラリーをさせました。まずは15秒の中で打つ数を7から8回にするように指示を出したのが④になります。実践的にこのスローテンポラリーは15歳以下というカテゴリに上がる二人の課題として、テンポはスローだが、ボールの質と動きまで一緒に落とさないようにするように指導をしました。バウンド後に後ろの壁までノーバウンドになるような強いスピンと、スローテンポのときの方が準備が遅れやすいことを指導して行ったのが⑤になります。主にクロスラリーで発生するのでデュースコート、アドバンテージコートと20分づつ計40分行いました。
⑥はテンポがミドルとハイそれぞれ10分づつ行いました。ミドルは15秒の間に打つ数を10から11回にするよう指示し、ハイは15回以上を目標にと指示しました。
そして、最後⑦のポイント前負荷ありマッチについてです。これは一方の選手に毎ポイント前に、縄跳び二重跳び5回をしてからプレーするルールを設けました。これを最初の3ゲームはTくんに、次の3ゲームは次男にさせました。
私は終始スマホで、装着者の心拍をみながらプレーを見ていました。⑦の最後の方で次男がボールの質、コースともにいつもより良いサーブを打ったので「この負荷でよくがんばったね」「この負荷ではもっとパフォーマンスが下がると思ってた」と伝えました。すると次男がぼそっと「縄跳びの負荷がかかってるときの方がゲームがとれた」と言ったのです。スマホの心拍と動きばかりみていた私は、ゲームの流れを確認すると、最初の3ゲーム(Tくんが縄跳びの負荷)は2−1でTくん、その後3ゲーム(次男が縄跳びの負荷)では3−0で次男がゲームを取得していました。お互いに3ゲームづつの実験で、まだ一度しか試してないことなので何とも言えませんが仮説2とは少し違ったような気がしました。Tくんも次男も⑦においては心拍数が170前後まで上がっていたにも関わらず、思ったよりパフォーマンスが高く、体の動きがいいような気がすると感じたようです。この結果については、もう少し掘り下げたり、別の要因がある可能性が高いですが、もう一つ予想を覆したことがありました。
練習は2時間で終了予定でしたが、練習場所であるビーンズドームで行っているラボキッズのコーチから「一緒に練習しませんか」と誘われ、その後にラボキッズの中学生たちと練習することができました。20分ほど一緒に練習した後に、マッチを行いました。次男もTくんも、同カテゴリのランキング上位選手と試合をさせてもらえたのですが、次男は勝利して、Tくんも普段なら圧倒されるような相手と競る試合内容でした。二人の動きは日頃からよく知っているのですが、いつもと違うハードコート、実験のためにあえていつもより負荷をかけた練習をしていたにも関わらずパフォーマンスが高かったことに驚き、この結果についてもう少し詳しく調べてみようと思いました。
心拍数という一つの数値だけでは、複合的な要因を完全に見つけ出すことは難しいのですが、主観的な「本気」や「全力」というものを、コーチと生徒の共通言語として話し合うのに心拍数は おもしろいことが今後も発見できそうです。
ざっと調べただけでも心拍数はコンディションチェックに多く利用されています。
今回のパフォーマンスの高さは、私が考えている最大心拍数からみる運動強度とは違い、たまたまコンディションがよかった可能性もあります。
また、緊張や集中力といったメンタル的な要素にも心拍数は深い関わりがあるようです。その他に有酸素、無酸素運動によっても変わりますし、強度や負荷はスタミナや怪我とも深い関わりがあるようです。
ただ、最初に出た疑問1から4については「これが正解」といった答えのようなものはないようです。数値根拠のようなものが入ると、一人一人違う、あまりにも複雑で膨大な変数がありすぎるようです。私の次男だけみても、この半年ほどで毎月身長が1cmづつくらい伸びている時期です。PHVの真っ只中の子と、PHV前、PHV後の子では全く違うでしょう。よって実際の現場で、具体的に何をどれだけというようなことの疑問に対する答えは、完璧な正解というよりは、ある正解に近い付近でトライ&エラーをしながら、生徒とコミュニケーションを取りながら進めて行くことが大切であると改めて感じました。
まだジュニアテニスでは、田舎大名でもないテニスコーチと、テニスを中学からはじめた発育速度も晩成の亀さんテニス選手の物語はつづきます。