木箱記者の韓国事件簿 第46回 李博士と遊んだ日
韓国には「ポンチャック」という音楽のジャンルがある。長距離バスやトラックのドライバーが眠気覚ましに聞くような音楽で、一般的にあまり上品な音楽とは認識されていない。韓国人に「ポンチャックが大好きだ」などと言えば顔をしかめられることもある。このジャンルで有名な歌手が李博士(イ・パクサ)で、日本では90年代に人気グループがコラボしたり、金鳥のCMに登場したりしたこともありマニア層に人気があった。韓国では逆に日本での活躍を契機に知られるようになり、2000年代初めに韓国でも瞬間的に話題になったことがある。微妙なポジションながらそれなりに認知されてはいるようだ。
その李博士と遊んだことがある。2008年7月のこと。日本から知人が遊びに来たのだが、その知人は李博士と親交があり、日本の李博士ファンクラブの会長を務めている。韓国旅行に来るたびに李博士に連絡しているのだが、毎回半ば強引に自宅に泊めさせられ三日三晩にわたって営業先を含めあちこち連れ回されるというものすごい歓待を受けているという。そこで私も一部同行させてもらうことにした。知人と飲みながらその場で李博士に連絡を取ると、翌日朝に自宅まで来るようにとのことで、その日は早々にお開きにして翌朝知人と合流し、李博士自宅最寄り駅の1号線石渓駅に向かった。
駅で李博士に電話をかけると迎えに来てくれるという。5分ほどして現われた李博士は金髪に派手なアロハシャツ姿で、道行く人も思わず振り返る出で立ちだった。近所では知られた顔らしく、あちこちから「博士!」と声がかかるほどだった。招かれた自宅は豪邸ではなく、ごく普通の一般住宅で、当時私が住んでいた多世帯住宅よりも狭い家だった。リビングに日本のテレビ番組に出演したときの賞状を額に入れて飾ってあったのが印象的だった。自宅には一緒に演奏活動をしているというハーモニカ奏者の男性がいて、李博士がキーボードを弾き、知人が持参のギターを弾いて即興のセッションで盛り上がった。私は楽器はなにもできないので手持ちぶさただったのだが。
ひとしきり演奏したところで李博士が「おなかが空いたからごはんでも食べに行こう」と言い出した。てっきり近所の食堂にでも行くのかと思ったら、車に乗り牛耳洞まで連れて行かれた。渓谷沿いの店で鍋をつつきながらひとしきり歓談し、渓谷で水遊びなどしていたら、KBSなどのテレビ番組でレポーターをやっているというキム・ジョンジャなる女性が合流した。場所を変えようということになりまた車に乗って今度は水落山にやってきた。やはり渓谷沿いの店で、ここでも鍋をつつきつつ、ギターとハーモニカを演奏しながら適当に盛り上がった。李博士とキム・ジョンジャという芸能人2人が同席したこともあり、行く先々で周りの客からも注目を集めた。
李博士という人は非常に落ち着きがなくせっかちな性格で、電話で話す際も極めて早口なので聞き取りにくかった覚えがある。せっかちな性格は行動にも表れており、本当は自宅に遊びに行ったら適当に食事でもして帰ろうと思っていたのだが、こちらの都合は一切聞かず、あれよあれよという間にあちこち連れ回される結果となった。知人が日本から来ていることもあり、彼なりのもてなしなのだと好意的に受け止めておこう。結局、昼前に遊びに行き、別れたのは夜7時過ぎと思わぬ長期戦となってしまったが、いい経験をさせてもらった。芸能人とはいえトップスターではなく、それゆえに庶民的な付き合いができたのだろう。記念にサイン入りのCDももらい、一緒に記念撮影もさせてもらった。「芸能人の自宅に行った」などというとうらやましがられるものだが、李博士の自宅に行った話をしてもあまりうらやましがられないのは残念なところだ。
初出:The Daily Korea News 2017年6月26日号 note掲載に当たり加筆・修正しました。