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レコーディングと現場の仕切り
レコーディング現場を仕切る仕事について、とりとめない話をしよう。
たとえば歌手の声を録音していて「ちょっと音程が悪いけど、後で修正できるから、まあいいか……」と思った時は、後回しにするよりも、その場で「すみません、こっちのミスで上手く録れなかったんで、もう一回歌ってもらえますか?」と録り直す方がいい。
写真と同じだ。撮ったものが微妙に気に入らない時「ま、後からパソコンでどうにかなるか……」と妥協すると、後からはどうにもならなかったりする。修整するのにむちゃくちゃ時間がかかる。その場でもう1枚撮り直す方が断然、早い。
ちなみに、録り直す時「こちらのミスで」とか言うのは、一つの「お約束」だ。「あなたの音程が悪いから」なんて本当のことは言わない。「このマイク、なんだかピッチ低めに録れちゃうみたいで。次はちょっと意識して高めに歌ってもらえますか?」なんて機材のせいにしたりして。
会議や交渉でも同じだが「あなたは間違っている」「あなたが悪い」と指摘されたら、仮にそれが本当でも人間、いい気持ちはしない。そこで、誰も悪くないけど「状況」が悪いから、一緒にこの「状況」を変えましょう……という理路で「敵」を外部に作ってしまうと、プライドの高い相手も妥協してくれたりする。
歌手も演奏家も、あるいはモデルさんなどもそうだと思うが、言われれば仕事をこなす「機械」ではない。「気持ち」を持った人間なので、盛り上げればどんどんパフォーマンスが良くなる。けなされれば萎縮してノドもプレイも固くなる。そんな「生き物」の性質を利用して最高のプレイを引き出すのは、仕切る側の責任だ。
「気持ち」といえば、プレイヤーとしては演奏を録られた後、何のコメントもなくシーンとしたまま、録音ブースに放っておかれるのも、なかなか不安なものだ。「で、今のプレイ……アリ?ナシ?」みたいな、宙ぶらりんの心境。
もちろん、録音ブースから離れたコントロール・ルームでは、今の演奏はどうだったか、もう一回録るべきか、これ以上やったら逆に悪くなるんじゃないか……などと、スタッフが真剣に話し合っている時間だったりするのだが。
そういう時、プレイヤーへのトークバック・マイクを使って「今ちょっと技術的な問題を話し合ってるんで、ちょっと待っててくださいねー!」とかなんとか、とりあえず一声かけておくのは、テンションをキープし続けるために大事なことだ。
レコーディングに限らず舞台制作でもイベントでも、大勢で何かプロジェクトを実行している時、現場を仕切る人間が忘れてならないのは、何かトラブった時すみやかに「今は”何待ち”か?」「どのぐらい待つのか?」を全員に知らせることだ。
理由が明確で、所用時間の見当がついていれば、何時間待たされても「仕方ないね」と納得できる。待つのも仕事のうちだから。しかし、なぜ待たされるか、どのぐらい待たされるか、といった「情報」がない状態での待機は、たとえ仕事でも精神衛生上、よろしくない。
だめなディレクターや舞台監督は、トラブルが発生するとその解決に自ら集中してしまい、この「情報共有」を怠ってしまう。「トラブルの解決」は2番目の仕事で、「全体のマネジメント」こそが1番目だということを、忘れてはならない。
いずれも「仕切られる側」の立場なら誰もが思うことだが、いざ「仕切る側」に回ると、案外できなかったりする。 ── 自戒、自戒。
(2020.6.22)
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