こうして英語に出会った③
在英時、
唯一の習い事は
ピアノだった。
一瞬、近所の教会
でやっていたバレエ
教室にも通ったが、
バレエの先生による
あからさまな有色人種
差別がとても苦痛で
すぐに辞めてしまった。
(生活の中では、数々の
差別体験や怖い経験が
あったけれど、その一方で
日本人として受け入れられ、
優しくしてもらったことの方が
遥かに多かったと思うので、
ここでは悲しい&辛い思い出
などは書かないことにする)。
ピアノの先生は、
初老のイギリス人女性だった。
自ら運転して我が家に教えに
来てくれるスタイルで、
私と兄は何年もお世話になった。
兄はピアノが好きで、
妹ながら上達しているなぁと
感じていた。私はピアノが好き
というよりも、その先生が
好きだったように思う。
その先生の生徒でいるのが
好きだった。
淡々としていて、いつも穏やか。
声をあげることなど一度もなく、
それでいて強い信念をもって
指導してくれた。
わかりやすい英語で、
目をまっすぐに見つめて
語りかけてくれた。
とにかく、基礎練習。
音階の練習が、何週も
何ヵ月も続いた。
いつになったら曲が弾ける
のだろうかとやきもきしたけれど、
その練習のおかげで、
耳から入ったメロディは
楽譜がなくてもなんとなく
ピアノで弾けるようになった。
日本に帰ってからも、
しばらく手紙やカードを
家族で送り合っていた。
独り暮らしを貫かれ、
90代になられたころ、
カードの返信が途切れた。
その先生が、まっすぐに
見つめて教えてくれたこと。
私を一人の人として、
人種を問わず大切にして
くれたこと。
英語講師になった自分が、
あのときの先生みたいに
子どもたちに接しているかな?
とたまに思う。
人と人の出会いは
必然だということも、
その先生を想うときに
感じることである。
つづく。
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