寡黙なバナナジュース
「タピオカの次はバナナジュースが来る」
そういう文言を見かけるたび、父方の祖父が作ってくれたバナナジュースのことを思い出す。
ほとんどの出来事の記憶がもうおぼろげになってしまっているくらい昔のことだけれど、このバナナジュースを飲んだ時の記憶は、15年近く経った今でもはっきりと思い出すことができる。
それは私がまだ幼稚園生で幼かった頃のこと。半年に1、2度くらいの頻度で父親と母親の実家、いわゆるおじいちゃんおばあちゃんちに帰っていた。自分の住んでいる場所から母親の実家までは高速道路を使って3時間くらい、父親の実家までの方が少し近く2時間弱で到着する。高速を降りて下道(したみち)を走っていく途中の一本の電柱に、ピカチュウのらくがきがされているものがあった。運よくその付近の信号で止まることができると見ることができる。そのなんとも言えない奇妙な雰囲気を持つピカチュウを見るのが道中の楽しみのひとつだった。
祖母と祖父は私が遊びに来ると、いつもとても喜んで迎え入れてくれた。声のボリュームが大きいところが父親にそっくりな祖母と。寡黙だけど優しい微笑みを絶やさない祖父。元気な祖母に押されてかあまり口を開くことのない祖父は、自分の中でどこか謎めいていた。
そんな祖父が突然、「バナナジュースを作ってやる」と言い出した。前触れもなく本当に突然のことだったので、私も両親もとても驚いた。当時の私は幼いくせにジュースなどをあまり好んで飲まなかった。甘いものを口にした時の後味が苦手だったのだ。しかしみかんジュースなどの果物に近い飲み物はとても好きだった。大好きなバナナ、手作りの特別さ、まだ口にしたことのないそのバナナジュースという響き、いつもとは違う非日常感に私は胸を弾ませた。
それは飛び上がるほどに美味しかった。自分でも驚くくらいごくごくと勢いよく飲み、あっという間に飲み干してしまった。電気のスイッチ紐の奥で、祖父がいつもと変わらない表情の中にも小さく嬉しそうにしているのが見えた。それからすっかり祖父の作るバナナジュースの虜になった私は、帰るたびにバナナジュースをせがんだ。
中学1年生の秋頃に祖父は息を引き取った。両親に連れられてお見舞いに行った時に、薄暗く静かな地方の病院で小さくなっている祖父の姿を見て当時の私はなんだか怖くなってしまい、ちゃんと話すことができなかったことを今でも悔やんでいる。もう1度話すことができるのなら、なぜあの時私にバナナジュースを作ってくれたのかを尋ねてみたいな、と思う。
[祖父のバナナジュース]
●材料
・バナナ 1本
・牛乳 目分量
・はちみつ 大さじ1程度
●作り方
バナナは皮を剥いてちょうどいい大きさに切る。あとは全ての材料をミキサーにかけて完成。
(「1番美味しかったものの思い出」というテーマのショートエッセイを書け、という大学での課題で4年前に書いたものです)