夜を駆ける
帰りの最寄り駅で、バス停に行くために必ず渡らないといけない横断歩道がある。
昨日そこで信号待ちをしているとき、いつものように音楽で耳を塞いで足元を見ながら、点字ブロックにある真っ黒な染みの正体について考えていた。
吐瀉物にしては範囲の広すぎるそれは、雨が降っても東京に初雪が積もっても薄れることはなく、ぶち撒けられたみたいに黒々と広がっている。ふと、それはもしかしたら血のあとなんじゃないかと怖いことを思いついた。
そこでなにかがあって、未だ消えない血のあと。
今日は血のあとをどうしても見たくなかった。
だから残業して疲れきった木曜日の身体を引き摺って、寒さに手を悴ませながら、いつもは通らない遠回りなルートをめちゃくちゃに歩いて帰った。
私は冬が得意でない。冬が寒くって本当によかったなんて思った事もあの歌に共感出来る経験も人生で一度もない。
だけれど冬の散歩は嫌いじゃない。
凍てつくような寒さが思考を麻痺させてくれる気がするから。
時短営業で居酒屋の明かりが消えた路地裏、ほとんど自転車のない駐輪場、ドンキホーテのうらの薄汚れたドンペン。
最近なにかにつけて、元恋人に大学生のときに軽い調子で言われた「あなたはちょっと贅沢すぎるよね」という言葉を思い出す。贅沢というのは物質的な意味ではなく精神的な意味で。
自分に自信を持てなくて、「ここ」というラインを決めて満足できなくて、上ばかり見て無いものねだりをしていた私にかけられた言葉だった。
今になって骨身に染みる。冬の寒さのように。
文章を書くことは好きだけれど相変わらず日記というものが苦手。
私の日常に起きたことを書き残しておくことにあまり価値が見いだせない。
でも動いた自分の気持ちやその時見た情景だけは無かったことにしたく無いから、たまにこうやって書き残す。
相変わらずなにかを終わらす事も苦手だ。
だからこの日記の終わらせ方も分からない。
気づいたら29歳になっていて、年が明けていて、私はまた一歩次の季節に近づく。