ハートが帰らない
日曜日のこの時間はなんだか遠くの水平線を眺めてるような気分になる。浜辺に体育座りして。
くるりのトランスファーの「薄紅の東京の空は悲しい」と言う歌詞が好き。さよならストレンジャーは夏が始まる前の空気によく合う。くるりの、優しいメロディーに心の奥深く柔らかい所を抉るような言葉をのせてくる所がとても好きだ。私の住んでる都内の実家は住宅地だからか一軒家が密集する様に建っており、自室から見える東京の空は隣の家の屋根に遮られて、とてもとても、狭い。
たまに仕事を休んでしまう時、平日のラジオを聞いたり少し外に出てみて、平日の街がきちんと動いている事を知ると何故だかとても安心する。基本的に朝会社に入ったら退勤まで外に出る事が出来ず昼も社食で食べるため、「働く街」を見る機会がないから。職場はすこし、漂流教室みたい。
最近はくるりかスピッツばかり聴いている。季節の変わり目にはスピッツが聴きたくなる事が多い、とくに夏から秋になる時は一番それが顕著で。昨日は8823を練習中のギターで弾き語りしてみた。本当にギター初心者なので弾き語りと言ってもコードをじゃーんと弾いて歌に乗せるような事しか出来ないけれど、歌詞が書かれたタブ譜を見ながら好きな曲を弾くと、改めて気がつくことが多い。君を自由にも、不幸にもできるのは宇宙でただ1人だけ。私を自由にしてくれる人の存在を考えていたら、Gコードすらうまく押さえられなかった。
実際の私を一切知らない人に自分がどう見られるのか気になったのと、誰も知らないところでなら自由にやれるかなと思って始めたTwitterだったけれどやはりそこでの自分の見られ方が気になってしまい、自分を不幸にできるのも自由に出来るのも、今は宇宙で私しかいないんだと思った。
このnoteの存在を持て余していて、文章を他人に公開する意味についても考えこんでしまっていたけれど好きなように書いてみようかな。日記でもなんでも。