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小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(63)想像の世界で
Chapter63
高位の存在「エマ・テナー」がレナの身を操りながら、ダンの記憶を奪い取る過程で、その行動が探知されるリスクを予測していた。しかし、彼女はトムたちの記憶を取り戻すことが事態の収束に繋がると判断し、そのリスクを承知の上で行動を進めていた。
一方で、子供の自分の姿を統合したトムは、並行世界での自身の記憶を受け取り、目の前に対峙する巨悪の様子に危機感を深めていた。その時、ダンは虚な視点を元に戻し、トムに焦点を合わせて驚いた声で言った。
『⋯⋯時空を超えた存在⋯⋯お前は「シャドー」か?』
トムを見つめるダンの眼差しは、これまでとは明らかに異なっていた。彼の目にはかつての険しい表情が消え、まるで憧れのヒーローを見るような輝きが宿っている。この変化が、レナの未知な力による浄化の影響であるのかどうかも判断がつかず、ダンの変貌と彼の謎めいた問いかけにトムは理解が追いつかなかった。
『そうか⋯⋯。この俺の「鏡の能力」をまともに受けていながら、それでもなお平然と楯突くヤツが存在するなど⋯⋯あり得ん話だと思っていた。お前はかつての俺の組織⋯⋯禁忌の集団の一員「シャドー・トム」だったのか⋯⋯!』
「な⋯⋯何を言ってるんだ? 僕がお前の組織の一員だって?」
『エマの仕業で俺の記憶から、お前の存在がスッポリと抜け落ちてしまっていた。そうだ、シャドー⋯⋯お前の力があれば、俺の「理想の世界」は確固たるものとなる。お前がいれば、俺は無敵だ⋯⋯』
それまで凶悪な威圧感を放っていたダンが、無垢な表情でトムに語りかけた。そのあまりの変貌ぶりに、トムの臨戦態勢は解かれ思考はストップした。さらに、ダンの手にある「憎悪の斧」も瘴気を失い、本来の金色の輝きを少しずつ取り戻していたことから、トムの戦意は完全に薄れてしまった。
「ダメよ、トム!! その男はただ自分の野望のために、「現実世界」の人間を「絵本世界」に⋯⋯私たちが絵本に襲われた時と同じような手口で、無理やり引き入れているのよ!! 「理想の世界」だか何だか知らないけど、人々に勝手な役を演じさせて意のままに操っている、ただの稚拙な絵本作家よ!!」
戸惑うトムに対し、レナが即座に警告した。綺麗な装丁の「絵本世界」とは、ダンの執念が生み出し、自己の欲望を投影した王国だった。「現実世界」の各地で絵本をばら撒き、それらはやがて彼のオウンストーリーとして動き始めたという事実を、「エマ」を介し彼女はそれを知り得ていた。
──キャスティング⋯⋯ダンは自分の国にその配役を引き込み選別し、不要と判断された人たちは皆、無限の彼方へと飛ばされていった──
エマの意識がトムに響いた。統合前の彼の子供姿の記憶に、鏡が立ち並ぶ漆黒の空間で、無数の犠牲者が鏡に吸い込まれていく様子を鮮明に思い出した。
「狭間の世界」とは、その彼方への通過点だったことを悟り、レナの助言も踏まえてダンの悪事を改めて確認したトムは、再び戦いの構えを取った。
「世にいう『神隠し』とは、そういうことだったのか? ダンの身勝手な振る舞いのせいで、僕らだけではなく⋯⋯無関係な人々を巻き込んで⋯⋯気を許した僕がバカだった!」
この空間「想像の世界」はトムが生み出したフィールドであり、柔和なダンへの疑念によって著しく不安定なものとなっていた。その隙を見逃さずにダンが叫んだ。
『シャドーよ! お前の「本来の力」は、この俺の為にあるのだ!!』
瞬時にダンの表情は悪魔の形相へと戻り、「憎悪の斧」が再び振り下ろされる。身構えていたトムは、その軌道上にマント(レッド・ケープ)を両手で広げた。
記憶が戻ったダンの思惑を察したかのように、獰猛な斧からは先ほどとは比べ物にならない衝撃波が繰り出された。トムの赤いマントはその力に耐えきれず、布でありながらガラスのような亀裂が走り、ひび割れ始めた。
『エマよ! 俺の前に、再びその姿を現すということが何を意味するか⋯⋯身をもって知るがいい!』
ダンの脚力がトムとの距離を一瞬で詰めると、彼はそのマントのひび割れに両手の指をかけた。そして、重い扉を開くように強引にそれをこじ開け、力任せに引き裂いてしまった。そこから覗く光の空間は、明らかに別の次元へと通じていた。
「トムっ!! ダンは⋯⋯「鏡の世界」へ侵入するつもりだわ!! 私の⋯⋯光のローブも破けてっ!?」
破かれたマントから手を離し、トムはレナの方へと振り返った。その瞬間、時間が凍りつくかのように遅くなった。背中を突き抜ける冷たい衝撃と共に、絶望的な痛みが彼の全身を圧迫した。呼吸が止まり、視界がぼやけ始める中で、トムは何か重大な事態が起こっていることを悟った。
「きゃあああーーーー!!!!」
トムは両膝をつき、前のめりに静かに崩れ落ちた。その背中に深く打ち込まれた「忌むべき斧」の姿がレナの心にも突き刺さり、無情にも奈落の底へと彼女を引きずり下ろした。
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