小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(46)手を引かれて
Chapter46
「お姉ちゃんは、どこから来たの?」
私はぼんやりと光を放つ、彼の小さな手に引かれながら考えた。池で出会った釣り竿の男性が、トムだったかもしれないという疑念が頭をもたげる。彼はあの「独裁者ダン」の目を欺くために、高度なAI技術を使って自分の外見を変えていたのではないかと、私はふと思った。それとも⋯⋯。
「ねえ、お姉ちゃんのそれ、セーラー服⋯⋯ここには学校もないし、先生だっていないよ?」
彼の目はこの暗闇でも見えているようで、私の着ている制服を正確に言い当てた。
「え? ああ、ゴメンね。ええと⋯⋯私もよくわからないの。それより、君はトムで──」
「しーっ! ちょっと待って。コレを持ってて、離さないでね?」
その手触りから、布切れと思われるものを彼から受け取った。先ほどより目が慣れてきたとはいえ、まだ周りは暗闇で、彼のかすかな光の輪郭だけが頼りだ。
「それを目に当てて、見られないようにして。あっ、自分から見てもダメだよ? ゆっくり歩いてね」
「え? 一体何のこと? 目に当ててって言われても⋯⋯」
彼の言葉に少し戸惑いながらもそれを信じることに決めた私は、渡された布を目に当てた。柔らかい布を手探りで位置を調整し、顔にフィットするようにしながら頭の後ろで結んで固定した。闇の中でなぜ目隠しをするのかその意味がわからず、不安感が増すばかりだった。
「お姉ちゃん、大丈夫? 足元に気をつけてね。ここは変わった場所だから」
彼の声が不思議と落ち着いて聞こえ、それが唯一の安心材料となっていた。彼に手を引かれながら進むにつれ、周囲は少しずつ明るくなってきたように感じる。それでも足元の地面は一定ではなく、一歩ごとに感触が異なった。時に柔らかい土の感触が感じられ、次の瞬間には硬い石畳のように変わっていた。それを具体的に判断するのは難しく、不安定な地面が私の不安を煽った。
「ここは、『鏡の入り口』なんだ。見つかったら、飛ばされちゃう。僕は何人も見たことがあるよ」
彼はさらっと、でも重大なことを私に言った。あのダンが何度も言及していた「鏡の世界」とはこのことだったのか? 池に飛び込んだ時、単に「現実世界」に戻るためだと思っていたが、実は全く逆に、その深淵へと一直線に進んでいたのかもしれないと思うと、私はぞっとした。
「もう大丈夫だよ、お姉ちゃん。目隠しをとって、後ろを見て」
歩いてきた道を振り返り、布の結び目を解いてゆっくりと目を開けた私の目の前には、無限に伸びる長い通路が広がっていた。その両側に並んだ無数の鏡は、まるで異なる世界への窓のように感じられた。この場所は、幻想的な恐怖を感じさせる一方で、どこか「元の世界」へも通じているのではないかという期待が混ざった、奇妙な安心感をもたらしていた。