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私らしくしなやかに人生を歩む女性インタビュー 水藤麻美さん

womanプロティアンの代表を務め、メンバーも憧れる水藤麻美さん。
これまでどんなキャリアを歩んでこられたのかお話しをうかがいました。

「鉄の女・氷の女」と呼ばれ…仕事への熱き思いが空回り

私は3社働いた経験があります。1社目は、マーケティング会社での社内スーパーバイザー兼社内社外教育担当。2社目は、関係先からヘッドハンティングを受け総合人材サービス会社へ。そして、3社目は今、オフィスサミとして働きやすい風土創りを目指し組織開発・キャリア開発に携わっています。2社目では、営業チームの教育マネージャーになりました。「営業」という自分にとって新しい領域のキャリア形成に、熱き思いで前向きに目の前のことに取り組んでいましたが、思いに反して苦戦の日々。気づけば、チームメンバーの個性を活かしたキャリアの「支援」ではなく、雁字搦めの「管理」をしていました。行動、モチベーション、数字を徹底管理。成績が上がらないメンバーには「詰め会」といって、どうやったら上がるかをとことん詰める。

そんなある日、チームメンバーから「水藤さんは数字しか興味ないですよね。私という個人に向き合ってください!」と言われ、ハッとしました。ただ...すでにその頃にはチームは崩壊に向かい、私は嫌われ、陰で「鉄の女・氷の女(共に心がなく冷酷だという意味)」と私が比喩されていたとを後に知りました。


私の手帳にびっしりと書かれた「水藤のココが嫌」

womanプロティアン戦略広報メンバー (Instagramの投稿)

 私のチームメンバーへの関り方が問題でチームが崩壊に向かっているということで、チーム全体会議を急遽開催することに。その名も「水藤会議」。簡単に言えば、「水藤のどのような関り方が嫌なのか」をメンバーから直接本人である私が聴くという、今思えばなんとも酷であり、かつ、ダイレクトな気づきを頂ける会議。この会議の開催は、その時の私の上司に「今回のことは、今後の水藤さんのキャリアに大きく影響するだろから、直接自分で向き合いなさい。」とのアドバイスからでした。

会議では、多くの「水藤の関わり方で嫌いなところ」が出てきました。私は、メンバーからの全ての率直な言葉を少し震えながらも丁寧に私の手帳に私自身で綴っていきました。私ってこのような人だったのか…と。


激闘200日!とことん私が私に向き合い得た気づきとは?

結論、私はチームメンバーに対してムキになって支援していたつもりが、全く出来ていませんでした。同時に、マネージャーとしての私のキャリアもまったく築けていなかったということ。だからチームの成績は低迷していき…気づけば全国最下位の常連チームになっていました。そこで、とことん自分と向き合いました。そうしたら、気づいたのです。

≪キャリア支援とは何? 実はキャリア支援とは関係構築から始まる?≫

そこから200日、私が私と闘う日々が始まりました。はっきり言って、簡単な道のりではなかったです。正直、ここで腐っていられないという意地はありました。かつ、チームメンバーがこれだけ直に話してくれたのだから、ここで変わらなかったら私はどこに行っても同じだなとも悟りました。
本当に長く厳しい200日でした。でもね、自分が変わると周りも変わりはじめるのです。

名誉のために語らせていただくと、そこから200日後、全国最優秀チーム賞を獲るチームへと変貌を遂げます。さらには、連続で獲り続ける連勝チームとなります。関係性が変わると、こんなにも個人のキャリアも結果も変わることを、実感しました。

心の支えは サードプレイス(3つ目の居場所)

そんな200日を振り返り思うのは「サードプレイス」の存在の大きさです。
私は決して強い人間ではないし、変化することはそんなに簡単ではない。だって200日ですよ!へこたれそうになるし、辞めたくなったこともありました。なんで私がこんなことまで...とも思いました。
でも、そんな中、味方になってくれたのは当時の上司でした。もがいている私を静かに見守り、必要な時にアドバイスをくれました。
それから、サードプレイスの存在も大きかったです。昔ホームステイしていた先のホストファミリーとの手紙のやりとりや、習い事の仲間たち。まさにサードプレイスの存在は支えとなっていました。


「ミライは変えられるし、過去も変えられる!!」

私が経験したような苦しい過去に蓋をして触れなかったら、それは「最悪な過去」のままで終わりです。ただ、私は、ここから何を学んで、過去から未来に何に活かせるのか・活かすのか、これが大切だと思うのです。逃げたかった・苦しかった・辛かった、このような経験をミライに活かすのは自分であり、そうすれば最悪な過去も意味のある過去や未来を創る財産に早変わりです。
せっかくならまるごと水藤麻美という私のキャリアを大切にしたい、と思っています。


子育ては私のキャリアを苦しめるのか?あらたなキャリアを創るのか?

その後、結婚出産育休を経て、またキャリア形成の苦戦と向き合うこととなります。
育休前の自分の働き方を理想としたのですが、時間に制限はあるし出張はできないし急な休みも時々あるし…など、育休前の自分のスタイルを求めるのは無理でした。ただ、過去から学んだ私が私と向き合う術で、子育てから得た経験を活かそうと考えました。「受容する」「丁寧に話を聴く・説明する」「根気よく待つ」「時にあきらめる・割り切る」「目の前を楽しむ」など、子育てスキルを仕事で活かすことを考えました。まさに、
≪仕事を育児の、育児を仕事の、役に立たせる≫
この戦法です。この子育て経験が未来に活きると気づいたのです。
ちょうどそんなとき、偶然プロティアンの本に出会って、これはキャリア理論にあてはまる間違いないものだと確信しました。私は間違ってないな、と。

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womanプロティアンが誕生 秘話

✓私のように仕事と育児の狭間で悩んでいる人がいるのでは?
✓職場でも家庭でもなく、役割から解放されて「らしく居られる場所=サードプレイス」があったらキャリアがもっと充実するのでは?

私自身の経験から、上述のことを考えwomanプロティアンを2021年1月にスタートさせました。
今、約1年が経ちました。もともとは居心地のいい居場所を目指していましたが、今はそれを超え、womanプロティアンの参加メンバーは自分らしい居場所にしつつ、さらにはお互いに繋がり・学びを深め・自身の未来を創造する場として活用しているように思います。

私らしいキャリアを歩むために…   
                                                        - womanプロティアン 代表 水藤麻美 -

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