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自分を異常と思っておくことによるレバレッジ
長年特定のものを見ていると、一定のことが定期的に起きます。
はじめは1人に過ぎないと思います。
やがて友達ができてきて、同じ嗜好の友達ができます。
深く入っていくほど、自分は特別でありたくなります。
実際には1人であるわけです。
でも何か特別なものを得たい。
初めはお金を払ってサービスを得ようとします。
大衆に対するサービスであれば、それは公平なものでなければなりません。
だからそれらはお金で得られる権利である程度規定されます。
それに対して友達から「うまい使い方」だけではなく「抜け道」が見つかったりします。それが共有されます。
友達集団の基準で考えて、当たり前の範囲が変わっていきます。
でも、それは世間から見ると当たり前ではない。
時にルールを逸脱していても、気付かないことがあります。
もしくはそれらの自分が得た基準をルールとして捉えることもあります。
そうなると、逸脱が常識化します。
そうして先鋭化していくわけです。
それを避けるには、レバレッジのようなものをおいて、バイアスを修正していくしかないのか、と思うことがあります。
それが「自分は異常であり、異常であること自体は良しとする」ことではないかな、と思っています