曲から連想させた物語

Silent Moon/ジャー・パンファン を聴きながら作りました

煌々と輝く月
あの日を思い出す。満月は嫌いだ。明すぎて綺麗で私には眩しすぎる。
全てを見透かされそうで、闇を浮き上がらせてくる。見たくもないことまで思い出させようとしてくる。
忘れたい過去はたくさんある。
でも忘れてしまったら私の中の根幹というか『核』はなくなる。私ではなくなってしまうのだろうか、それほどまでにその過去は大切なモノになるのか。
消し去りたいというのに皮肉なものだ。


蓮の花が咲いている。
水面には天の鏡。冴え冴えとした光は天日のそれとは異なる。
温かさがなく、ただただ冷たい。天日の光で輝いているというのに。
傍にはカラスぐらいの大きさの一羽の鳥。彫像のように動かず佇んでいる。
図鑑でも見たことのない極彩色の鳥はどこか浮世離れしていて現実味がない。
誰が焚いたのか白檀の甘く、けれど厳かな匂いは自然と背筋が伸びる。同時に安らぎを感じ気が抜ける。
この匂いは麻薬のようだ。嗅げば嗅ぐほど、その匂いを吸いこめば吸いこむほど、胸の奥にある固く冷たいモノが溶けてゆく。血液に混ざり全身へ伝い温かさを教えてくれるような気がした。煙は風に遊び蛇のように体を這い上がる。


ゆっくりと遠くから舟が近づいてくる。川の流れで自然とやってきた舟は、蓮の間へと入り止まった。櫓も櫂も付いていない。行きたいと思った場所に連れて行ってくれるのか、それとも最初から行き先は決まっているのか。
たぶん後者であろう。これが三途の川の渡し舟なのか。だとしたらあれがいる生憎、渡し賃は持っていない。それでも乗れるというのか。
恐る恐る舟の方へと進む。次第に景色から温かさが消えてゆく。まだ少なからず残っている、だが消えてゆくにつれて冷たさだけが広がる。それは吹雪の中ひとり、不安を伴う寒さにも似ている。
怖いと感じた。野生本能というべきものが反応しているのか、早く戻れと叫んでいる。無情にも体はいうことを聞かず舟へと近づいてゆく。
別になにも思い残したことはない。これは自分が選んだことなのに今更ながら怖いと感じるのか。この恐怖は形容し難い。


視界の端に何かが見えた。
闇に負けず劣らずの紫黒のそれ。風切羽は蘇芳、尾羽は月白、黄梔子に薄桜や紺碧。あの鳥が行く手を阻むように現れる。風切羽が炎に見えた。傍にいたとき見た色とは異なる、これが本来の色なのだろうか。体の大きさも自動車ほどだ。目は星空のような色をしていた。むしろ星空がそのまま入ったかのように綺麗で神々しく美しかった。
名も無き鳥は服の袖を掴むと舟とは逆方向へ進んでゆく。いつしか空は白み始めている、澄んだ空気を吸い込むと鼻の奥が熱くなった。太陽が昇る。それと同時に体は空へと浮かぶ。蓮の花が光を受けて柔らかに咲き、そっと撫でるように風が吹いたかと思えば花たちはいっせいに散っていった。舞い上がる花びらに包まれる。自然と涙が零れ落ちる。止めどなく次から次へと溢れてゆく。
海が見えてきた。鳥はいつしか袖をはなし私のまわりをぐるっと飛ぶ、確認しているように思えた。すると正面で止まり大きな羽で体を包み込んだ。微笑んでいるようにも見えた星空は太陽へと向かい力強い羽ばたきで飛んでゆく。
生きろと言っているように感じた。絶望さえも乗り越えて力強く生きろと。


目が覚め見えたのは雲ひとつない綺麗な夜空だった。

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