見出し画像

夜藤と夏のはじまり、夜道とテールランプ

山からの帰路。
日のすっかり落ちたとある日。
住宅街から数本離れた中途半端な車道で、ヴォルは見事に渋滞に引っ掛かっていた。
(んあー、帰省時間帯は避けたのにぃ…)
右の手指でトントンと軽くハンドルをつつきながら内心思う。
チラ、と時計を見ると夕飯時になっていた。
(今日は作り置きしてないんだよなぁ~…ちょっとおなかすいた。)
この調子だと部屋に着く頃には疲れて夕飯を作る気力は無さそうだ。

制作や作業、荷ほどきで缶詰だったこの数日の空気を吹き飛ばすべく、初夏の空気を吸いに近場のハイキング場…と言うほどではないが、ちょっとした山歩きスポットへ車を走らせていたのだ。

更新したての免許証を携えて、連休中に終わらせておきたい手続きを終えたままの足で、2度目のドライブ。

ドライブ…
悟られないように瞳だけ助手席に向けると、そこには安心しきって眠る彼の姿。
(まったく…よくこんなチキンドライバーの運転してる車で眠れるよな…怖くねぇのかよ…)
昼間の無邪気にはしゃぐ姿といい、無防備にすよすよと立てる寝息に。
子どものようだな、とヴォルは肩をすくめる。
渋滞はまだ流れそうもない。
疲れただろうな。……寝かせといてやるか。
ちょっかいを出すのは今はやめて、手持ちの炭酸飲料を軽くあおりながらその寝顔を眺める。

______________________
木漏れ日の間にカメラを向けては、後ろを振り向いて笑う。
僕が先を歩けば「ヴォルー!」恥ずかしげもない満面の笑みで、振り向いた僕へとシャッターを切る。

丸太をぶった切ったものを横倒しにしたような簡易なベンチとも呼べないベンチで、道中で買った柏餅を食べる。
方向違いの山道は日当たりが良く人も多いらしいが、僕らのいる藤棚はこの時間は日が当たらないせいか、時々遠くに人が見える程度。
僕は静かで人の少ない場所が好きだ。
自然と調和する時間が好きだ。一人でよく来ては時間を忘れて入り浸るのがお気に入り。
……今回は撮った写真を確認してえへへと笑う謎の存在がくっついてきているけれど。
カシャ。
あ。
また撮られた。
普段から人を読み、流れを汲み、先手を打ちながら、慎重と大胆を使い分けて。一歩も踏み間違えないように。
油断したら生き抜けない。
…なのに、こいつだけは読めない。
何考えてるんだ。
本来は足跡になることも危惧して、証明写真や集合写真以外で…いや、どんな場合であっても写真に写り込むことをヴォルは嫌っている。
自分にとってのメリットもなければ、美貌の持ち主でもない。
そもそも撮る理由も撮られる理由も、写る理由もないのだ。
ツンとした顔のままだが、ヴォルの頭の中にはクエスチョンマーク。
「なぁ、なんで俺のこと撮るん、なんか面白いん?」
「えー、わかんない。撮りたいから撮る!ヴォルって画になるよね~。」
わからない…そう思いながら目線を林に戻すと、カシャリとその瞬間も見事に。
「なんかね、こういう何気ない瞬間を切り抜くのが好きなんだー、たぶん。」
「…多分かよ。お前ってやっぱ変わってるよな~。」
遠くで鶯の鳴き声が反響する。
長閑。実に平和。
ヒトのいない空間で自然と触れあ…いるんだよ、ヒト。
でも不思議と邪魔じゃない。


先々月、まだ藤の花が咲く前。木々の葉が芽吹く前。
一緒にこの山へ来た。
「死んでいる季節が好きだ。死んでいく季節も好き。少しずつ静かになって、自分ひとりの世界になっていくのを肌で感じるのが好きなんだ。」
そんなことをぼやきながら、ヘロヘロになっている都会っ子を連れて来た。
最低限の用事以外のことで遠方まで車を走らせたのは何年ぶりだっただろうか。
大きく山道から外れて、廃れた道路から下山したその冬の終わりに気付いた。
「あれ?ドライブ…ってやつか。これ。ドライブデート……?」
「…あ。ドライブだにぇ。えへへ。」
「山行きたいから付き合えって連れまわしちまったけど、どう考えてもイマドキの10代を連れてくるデートコースじゃねぇや、ごめんな、疲れたろ?」
学業に配信活動、バイトから体調管理、ダラケていたら叱咤激励。
干渉しすぎず干渉させず、どこからも一歩引いて様子を見る性格だったのだが。
時々口を挟むようになったのはいつからだか。
意見を交わしたり、美学や哲学感について話すことも少し増えた。
年明け頃とは違い、言葉を交わさない時間すら心地いい。
自然体でいられるのだ、コイツといるときは。
…となると普段のほうが少々不自然ということか。
小難しいことを考えていると
「ヴォル、今日ありがとね!好きな人とのんびり過ごすのってこんなに楽しいんだねー!」
そんなことを言いながら大きく伸びをして、また笑う。
「お前、初デートこれでいいのかよ…そんなこと言ってるとまた連れてくるぞ。初夏になると藤の花が近くで見られるんだ。…まぁそこまで生きてればな。」


…結局なんだかんだ僕は生き延びてて。
すっかり藤の花の見頃になっていた。
今年は少し長めな大型連休、ヴォルの育ちの地はちょっとした賑わいを見せていた。
(この時期に来たの、いつぶりだったっけな…人込みとか連休とかは全部避けてたから…)
実はヴォルも活動と呼ぶには違和感があるものの、配信をしている。
冬に彼…すろうがリベンジして果敢に挑んだイベントを、ヴォルは勝手に『バトン』として引き継ぎ、ソロで走り始め、家主と並走し、ラストランをすろうと共に走り終えた翌日が今日だ。
(2ヵ月前はこんな未来想像してなかったな…)
ぼんやりと空を見上げて一呼吸。
よし。
「歩くか。まだ長いぞ。今日は前引き返したとこより奥のほうまで歩くから。」
「うにゃ。いくかー!」
昨晩の賑わいと切り離されたようで延長線上の今。
1週間と3日間声を届けた端末で、山の風景を切り取る。
(毛嫌いしていた大型連休、人の動きが変わって面倒だとしか思えなかったのに、こんなに足も心も軽い。)
夢心地ではなく頭も身体も地に脚つけながら、心地よい音を立てる林道に沿って歩みを進める。

(最初はコイツの見識の狭さと、肌で触れることの重要さと…自然に触れる機会も無いだろうからって連れて来ようと思っただけだったけど…)
「ヴォルの見てるものってほんとに素敵だよねー!」
歩きなれてない歩調で、それでも楽し気にちょこまかと動きながら。
下手に気を遣わなくていいというか、気を遣うそれ自体が野暮というか。
世話がかかるようでほったらかしておくほうがお互い『らしく』過ごせる。
なんとも言えない関係。形容しがたいし、しなくてもいいのだろう。

それにしても自然の空気のなんと美味いことか。
そよ風の音を聞きながら、肌と肺、全身で透き通った緑を感じる。
眼を閉じても心地よい日差しで程よく明るい。
前回引き返したポイント。
「この前はここでもどったね~、このさきいってみゆ?」
「せっかくだし行こーぜ、今日くらいのんびりしたっていいだろ。」
「そだねぇ~♪」
なぜにそんなに上機嫌?まぁいいか。
骨休め、羽休め。時間を忘れて頭を空にして。
手放しで何も考えず楽しむ。こんなマイペースもたまにはいいだろう。

懐かしの教習所を発見したり、夕日を山越しに見送って、人の波が落ち着いた頃合いを見て日の落ちた満開の夜藤を眺めたり。
心行くまで満喫したあと、心地よい汗を夜風で飛ばしながら、人気スポットから少し離れたところへ停めておいた車まで戻って。
「はー、すっかり元の日常だな。戻ったらどうする?」
「ふにゃー、んー、どしよっか~。」
(訊いたのはこっちだっつーの。)
内心で軽くツッコミを入れながらアクセルを踏んだのであった。
______________________
…さて。
「おーい、帰りどっか飯屋寄る?それともストレートに戻る?」
「んー、…おはよ。…まって、めっちゃ寝てた!?」
「ん。めっちゃ寝てたな。マジでよく寝れんなこんな状況で。」
「えへへー、ぼるの運転心地よくてなんか安心するぅ」
「なに、まだ寝ボケてんの? んなこと言ってる間にこのまま部屋着くけど、だいじょぶそ?」
「えへ~、だいじょぶそ。かえろっか~。」
(お前の実家、他県だろーが。)
内心でぼやくけど、横でへにゃと笑う、安心しきった柔らかい声が。
ナチュラルに『帰る場所』だと思ってくれている。
素っ気ない素振りを見せてはいるものの、僕はその言葉にちょっぴり和んで。
安堵しながら、再び動き出した車列に合わせて、愛車を動かし始めたのだった。
その日のテールランプは美しく視界にどこまでも広がっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?