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香りの特攻隊

 リーデルのグラスで有名どころの生産者を撮る。そのために私たちはリーデル社からソムリエ・シリーズ一式、ボルドー・グラン・クリュ、ブルゴーニュ・グラン・クリュ、ティント・レゼルバ、マチュア・ボルドー、ラインガウ、ロゼ、エルミタージュ、モンラッシェ、リースリング・グラン・クリュ、ロワール、ソーテルヌ、アルザス、ヴィンテージ・シャンパーニュ、グリュナー・フェルトリナー、シャンパーニュ、シェリー、ヴィンテージ・ポート、コニャックXO、コニャックV.S.O.P.を提供された。ただ、使用グラスを各生産者に選ばせるという前提のせいで、実際に使用したグラスはかなり限られた。みな、概して大型のグラスを使いたがったのだ。
 そもそも何故、ボルドー・グラン・クリュとブルゴーニュ・グラン・クリュだけが馬鹿でかいのだろう。一種の至上主義なのか。他のグラスももっと大きければ、みながもっと使うのでは…。そんな思いと共に旅を重ねるも、私たちが行き着いたのは全く別の答えだった。実は、旅の最中のある出来事で、私たちの中のリーデル神話が崩壊し出したのだ。
 スペインからの帰り道だった。初めてムンターダの名を耳にした時から、ずっと行ってみたかったドメン ゴビーを訪れた時だ。その日、当主のジェラールはティント・レゼルヴァ(スペインの品種テンプラニーニョ等用)を選んだ。ただ、どうせなら飲み比べようと、エルミタージュ(グレナッシュやムルヴェードゥル、シラー等用)にも同じようにワインを注いでいだ。そして、しばらくおしゃべりに興じた後のことだ。突然、ジェラールが、
「おい、見ろよ、これ。」
と、ティント・レゼルヴァを片手に、奇声を上げた。そのグラスの中を覗くと、あらら。ものの見事に小蠅たちが漂っている。まるで、大海原に散った特攻隊のようだ。相性の良いグラスが醸し出す芳香に魅せられて、陶酔状態での突撃か…。一方、もう一つのグラス、エルミタージュの方はどうか。本来ならこちらに小蝿が落ちているべきなのに、一匹もいない。へぇー、これは凄い。何がって、ジェラールのドンピシャの選択が。どうして彼はティント・レゼルヴァがピッタシなのを見抜けたのか。単なる感だろうか。己のワインを知り尽くした匠の技か。いずれにせよ、見せかけの知識では、到底及びもつかない。そのことを教えてくれた小蝿たちにも感謝だ。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。香りの特攻隊に乾杯!」

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