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『貴方の色はなんですか?』第4話

『おはよう諸君。半月が経った』
 自室で目を覚ました頃に、唐突に主催者の声は脳内と、シーカーのログとして現れた。
『ここでゲームを盛り上げるために、今回はとっておきの情報を公開しよう。全色の持つ能力の開示。例外なく、それは全てだ』
 シーカーを通して、僕の目の前に一覧が描画される。
 それは九つの色、全ての能力の紹介だった。

【基礎】色は紫色。能力は、生活スキル取得によるポイントの消費を半減する。
【栄光】色は橙色。能力は、自身への暗殺発動の無効化。
【勝利】色は緑色。能力は、対象へ拒否権のない強制決闘の行使。
【美】 色は黄色。能力は、色なし殺害時のペナルティを無効化。
【峻厳】色は赤色。能力は、自身への攻撃スキルの無効化。
【慈悲】色は青色。能力は、毎日追加されるポイントにプラス一増やす。
【理解】色は黒色。能力は、対象へ物理的接触による色鑑定。
【知恵】色は灰色。能力は、攻撃スキル取得によるポイントの消費を半減する。
【王冠】色は白色。能力は、対象へ物理的接触による色の強奪。

 ――さまざまだ。
 全ての能力を見ていくなかで、直感的に感じる有利不利の違いから、目が惹かれるほど率直に強いと思えるほどの能力がある。
 ペナルティを犯した場合、能力が判明することはあったけれど、今回はそれが全てだ。だからこそ余計に、樋笠練の持つ灰色の能力が九つの色のなかでどれほど優秀なものだったか、そして詩織さんの持つ赤色は、どれほど有利なものなのかを思う。
 そして、僕はたった一つ、白色のその能力に、一つの救いのようなものを考える。
『現時点で生き残っている参加者の数は三十六名だ。以上で通達を終える』
 ……思ったよりも人数が減っている。
 消えた主催者の声に、しばし呆然とベッドの上で俯いた。

 ◆

 一日、一日。
 ポイントは、徐々にその数字を減らしている。
 節制しても、物足りない。時間が経つほど、早く動いた人のほうが有利に事が進んでいく。
 街に下りると人通りは当初ほどなく、行き交う人の数々も雑多ではなくなっていた。
 悲しいほどに疎らになっていた。
 目を逸らしても流れるペナルティの報告。いままで見ないようにしていたが、ここ最近はますます件数が多い。毎日人が減っている。
 きっとみんな、追い詰められているのだろう。
 主催者は現状にご満悦なのだろうか。考えるほど、気が病んでくるみたいだった。
 そして、未だに僕はこの世界での答えを見つけられずにいる。
「……山代さん」
「奇遇だな。お前、まだ生きていたのか」
 ふと見覚えのある人影に、きっと彼は望んでいないはずなのに、僕はついつい声を掛けた。
 驚いたような彼は足を止めると僕の表情をまじまじ見ながら、握手を求めてくる。大人しく従う。
 彼は思い詰めた顔で手を繋ぎ、ふっと短く息を吐くと、とたんに友好的な態度に変貌した。
「少し、話を聞いてもらってもいいですか」
「あー……俺も改めてお前に話したいことがあったんだ。立ち止まってると目立つから、安全な場所に移動したいが」
「よければ僕の家にきますか?」
「よし、それじゃあ案内してくれ。歩きながらでも少し話そう」
 山代さんは初日とあまり変わらないままだった。ただ少しだけ、まとう雰囲気が一味変わっているようにも思え、時折別人のようにも錯覚してしまう。
 二人で歩く。初日の面影が脳裏に掠め、この半月での状況の変わりようには目眩がする。
「調子はどうだ?」
「それなりに。郊外のほうでゲームが終わるまで、と思っていたんですが、最近は不安で……」
「まあ、見境ないやつも出てきてるからな」
 人を殺せば一〇ポイントの加算。現状、どんどん人口が減っており、かつ手持ちのポイントすら半分を切った人が多いなか、さまざまな人の焦りが殺し合いを傍観するつもりだった色なしたちをもターゲットに見定めていく。
 色の能力すら全開示がなされたのだ。誰が所持しているかまでは分からなくても、随分と動きやすい状況になったのは否めない。
 少なくとも、ペナルティをペナルティのように思う人は確実に減ってきていた。
「じゃあ、剣崎はまだ変わってないんだな」
「山代さんは……?」
「……………」
「……仕方ない、ですよね」
 咎めることは誰にも出来ない。
 本意でやっている人もいない。
 だから僕は、それ以上山代さんに掛けられる言葉を持ち合わせてはいなかった。
「話したいことって?」
「ああ、その……例えばなんですけど」
 少し躊躇いがあった。山代さんに話す内容ではないかもしれないと思ったけど、でも、詩織さんには伝えられないことで、彼くらいにしか打ち明けられる人も僕の周りにはいなかった。
「例えば自分が色を持っているとして、そのなかにはきっと、蘇生も望んでなく、戦いたくもないっていう方がもちろんいるとは思うんです」
「まあな?」
「命を奪い合わず取引出来る、譲渡があればと考えて、本日公開された白の能力はそれが可能になるものなんじゃないかと……」
「……いったい何が言いたいんだ?」
「蘇生したい人だけが奪い合いに参加するべきなんです。巻き込ませたくはない」
 きっとそれは、焦燥でもある。
 半月が経ち、人の数が減り、殺伐とした空気が漂い、傍観者でも居続けられないこの世界に対して、詩織さんのような方が、争いから抜け出せる方法があればいいな、と。
 これは、勝手なお節介ですが。
「……………お前には関係なくないか?」
「……え?」
 小首を傾げ、ぼそりと呟くような山代さんに僕は思わず聞き返すと、彼はすぐに「なんでもない」と口が滑ったみたいにする。続いて柄にもなくハハハと笑いながら僕の肩に手を回して、妙に触れてくる山代さんに、なにか、妙な違和感を覚えてしまいながら。
「まあ、その……剣崎は、この世界の本質が見えていないんだな」
「……なかなか言いますね」
「痛いところを突かれたように思うなら、お前は理想を見過ぎだよ。本当に」
「すみません……」
「だってそうだろう? お前の言う、白の持ち主が話の通じる相手だとは限らない。それに、色持ち同士がそのやり取りを静観するとも限らないしな。白が一人勝ちするとしたら、今度は白の奪い合いになる。漁夫の利だって掠め取ろうとするやつが、出てくるかもしれないんだ」
「……そう、ですね……。ごもっともです」
「別に謝ることじゃないが……。甘すぎるぞ」
 山代さんは蘇生を望んでいる。そしてたぶんきっと、彼は色を持っている。
 だから少し、この理想論は軽率すぎたかなとも思うけれど、ハッキリと僕の気の迷いを打ち晴らしてくれる山代さんに、少なくとも話してみてよかったなとは感じている。
「実はな……」
 と、次は山代さんの話を聞かせてもらえることになった。
「俺は、改めてお前に協力してくれないかと相談しようと思っていたんだ」
「そうなんですか?」
「連合というのが出来ていてな。樋笠練ってのがいるだろう、広場の。あいつはやばい。全員がそう思っている。だから水面下で、利害関係の一致から色持ちも色なしも問わず結託することにしたんだ。一時的に」
「そんなことが起きていたんですね……」
「実際、やつが一番ゲームクリアに近い量の色を持っているんじゃないかと言われている。だから俺たち連合は、いずれ崩壊するものだとは理解しながらやつを落とすためだけに協力しているんだ」
「……なんと言いますか」
「お前が言いたいことも分かる」
 一位を蹴落とすために協力する。敵同士であるはずなのに、抜け駆けは許さんとばかりに。
 それが正しいわけがなく、残酷なほどにフェアではなく、これが生存競争であることを実感して……僕は苦い顔をする。
「俺が剣崎を誘おうと思っていたのは、その、一番信頼出来るからだ」
「………」
「気が変わったかもと思っていたが、今日話した感じ、そんな様子もないと思ってな」
「気ですか?」
「ああ、その……言ってはなんだが、生き返りたいやつとは協力出来ないだろ?」
 その言葉は、あまり嬉しくは思わなかった。でも山代さんの持つロジカルには沿っている気がして、だからこそ言葉にしてくれたみたいに、信頼されているのはありがたい気持ちもあった。
「なにも殺し合いに参加はしなくていい。お前には参謀役というか、俺のサポートをお願いしたい。連合は協力関係だが、お互いの牽制も激しくてな。俺の背中を預けられるやつが……お前だと、俺は思っている」
 その言葉は、きっと本心なのだろう。
 彼に隠しごとがあるのは分かる。先ほどから感じる違和感も、きっと山代さんが何かしているんだろうなとは思う。
 でも、それは彼が生き返りたいからでもある。
「まあ、答えは急がなくていい」
「ありがとうございます……」
 すぐには答えられずに押し黙る僕を、そう気遣って言ってくれる山代さんに素直に保留であることを述べる。
 僕は一つ深呼吸した。
「――そうだ、今日、全部の色が公開されただろう」
 山代さんは、話題に困ったようにして、ふとそんなふうに切り出した。
「赤色がほしい」
「……え……?」
 僕は大きく目を見開く。
「あれがあれば、樋笠練を楽に殺せる」
 ――樋笠練の持つ灰色と、詩織さんが持つ赤色は。
 あまりにも、相性が良すぎていた。

 ◆

 街から僕の家まではそう遠くない。郊外であり、木々の狭間から見える湖面をよそに桟橋を渡って一本道。いつもの川辺には寄らず、真っ直ぐ僕の家まで向かう。
 会話は止まっていた。お互いの話したいことは済んでもいたけれど、ゆっくり考えてみたいことと、……本当に山代さんへ協力することになるのなら、もう少しお互いの理解は深めておきたいとも思っていた。
 山代さんは辺りを興味深げに見渡しながら僕の背に付いてくる。この辺りは目新しいようだ。
 僕は自分の家まで行くと――玄関前にいる人影に気付く。
 直感的に、間が悪いと思ってしまった。
「……お前この世界で彼女でも作ったのか?」
「やめてください。違います。彼女は……釣り仲間ですよ」
「なんだそれ」
 なんで彼女が? そんな予定はなかったはずですが……。
 そもそも一度だって家に呼んだことはないはずなのに、思いがけない彼女の姿に僕は足を止める。戸惑いを隠せないまま、後ろ手に商店街で買ったような食材を紙袋に入れて家主が出てくるのを待ち侘びる詩織さんに、その後ろから近付いていく。
「詩織さん」
 僕が声を掛けると、彼女はビクッと驚いたあとにパッと振り返り笑顔になって、そして僕の隣にいる山代さんにぎょっとしたような表情を浮かべると、人見知りなので、わたわたと慌てた。
 短い間でコロコロと変化する彼女の様子にくすりと笑ってしまいながら、宥めるように声を再度掛ける。
「こんにちは。どうしたんですか? 詩織さん」
「いえ、あの……ちょっと面白いかなーって思って……お、お忙しかったですね!」
 隣でニヤニヤとしている山代さんが、面白がるように肘で突いてくるのが嫌だ。
「すみません、この方は山代さんと言って、初日に少しお世話になっていたんです。今日は久々に出会ったので、少しお話をしようかと思っていて」
「初めまして、俺は山代賢一という」
「そうだったんですね。あっ……私は、深月詩織と言います。あ、握手ですか? は、はい」
 ……――少しだけ、握手をしようとする二人の間に割って入るべきかと警戒心を持つ自分がいた。
 きっと先ほどの山代さんの話があったせいなのだろうけど、二人が会話している様子を見るのは僕の精神衛生上、非常によろしくない状況にある。
 握手をさせていいのだろうか。
 させてはいけない理由がない。
 慣れない人との会話に緊張し切ったような姿の彼女と、山代さんが時折見せる思案げな顔が対照的で、僕はそのやり取りを静かに見守っていた。
「……小さい手だな」
「なななナンパですか!?」
「はっは、ほざけ」
 軽快に話ながらもどこか長いような握手に、詩織さんは戸惑うように僕の顔をチラチラと見る。山代さんの、にこやかだけれど瞳の笑っていない表情が、僕も少しだけ怖いと感じる。
 僕は助け船を出すように、意を決して間に割り込む。
「山代さん何してるんですか?」
「いや……? 何もしていないが?」
 やっと握手は離された。
 ……僕は、山代さんのペナルティログをいままで一度も見たことがない。なのに山代さんは、ハッキリと明言したわけじゃないものの、きっと、すでに誰かを殺めている。
 だとすれば彼が色を持っているのは明白で、じゃあ、彼は何を狙っている?
「じゃ、じゃあ私は、今日はどろんしておきますね! ごめんなさい! ごゆっくり!」
「は、はい。今日の埋め合わせは必ずします。ありがとうございます、詩織さん」
「いえいえいえいえ……私も急にきてすみませんでした。またのちほど!」
「はい。また」
 手を振って彼女と別れる。
 僕は、山代さんを家に招く。

 ◆

 山代さんを家になかにあげると、彼はすぐにダイニングテーブルの椅子に腰を下ろして深く眉間に皺を刻みながら押し黙っていた。
 その姿を僕は訝しみながら、平静を装って話しかける。
「……お茶でいいですか?」
「あ、ああ、ありがとう」
 彼は何を考えているのだろうか。先ほどからどうやら様子がおかしい。
 と、思うのだけれど、山代さんに聞いても答えてはくれないだろう。
 リビングルーム。西洋建築の建物は土足のほうが適しているみたいだけれど、生前の慣れのせいでどうしても玄関先に靴を置いて行ってしまう。山代さんにもそうしてもらい、初めての来客ではあったが、ゲスト用の備え付けの食器があるのでもてなしに困ることはなかった。
 僕は慣れない準備をする。
「というかお前、お茶を買っているのか?」
「商店街にはよく行くので。安物ですがなかなかいい茶葉ですよ」
「剣崎は自炊もするのか……」
「してないんですか?」
「もったいないとは俺も思っているが、それよりも時間が惜しいからな」
 食器の類をはじめ、ポッドや電化製品的なものはどの住宅でも備え付きにされていたはずだ。
 自炊をするとした場合、商店街で買うのは食材のみで出費がかなり抑えられるのだが、山代さんのような人のほうが多いのは事実だ。
 会話が止まり、お茶を差し出す。
 僕も対面に座り、やっと息をつくことが出来た。
 山代さんは一口お茶を頂くと、少し迷ったようにしたあと、僕に質問をする。
「……あの女の子とは仲がいいのか?」
「まあ、はい……言った通り、釣り仲間です」
「お前、もしかしてこの半月ずっと釣りでもしていたのか?」
「なかなかなスローライフでした」
「はっ、いいなそれ……。……なるほど」
 また、会話が止まる。
 少しして、再び山代さんは問うてくる。
「じゃあ、あの子も色を持っていないのかね?」
「……そうなんじゃないんですか? 毎日、よくあそこの川で釣りをしているだけでしたから」
「ほぉ……」
 嘘をついた。心臓が妙にうるさい。
「お前みたいに、蘇生願望がないのか」
「かもしれないですね」
「お似合いだな」
 壁に掛けた時計の針が、普段よりも大きな音を立てて一秒一秒を数えている。
 お茶を啜る。
 喉が張り付きそうだ。
「そうなると色を持っていないといいな」
「そうですね」
「持っていたら、巻き込まれちゃうもんな」
「……そうですね」
 ――はぁああ。と、山代さんはここで深く深く息を吐いた。
 その姿が、妙に印象的だった。
「そうそう、さっきの話なんだが。お前は赤色の持ち主に心当たりあるか?」
「……いえ、ないですよ」
 そして、僕は嘘をついた。


↓第5話(最終話)

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